第3話 街の地下には・・・ その1
ソフィアは寮の裏手である内庭に立ち途方に暮れていた、目の前には寮内から叩き出した大量のゴミがある、感情の赴くままに出来たゴミの山であるがさてどうやって始末してやるかと腕組みをして眺めていた、
「ソフィ、こっちにいたの」
ユーリが寮の勝手口からひょっこりと顔を出す、ちょうど正午を迎える時間帯であった、
「御機嫌用ユーリ、昨日はありがとう・・・授業無いの?」
「今日のコマは終ったわ、それと昨日”も”でしょ、まぁこちらこそだわ」
「どしたの?」
「ケイスの件やらの報告がてら、後これコンロ」
ユーリは食器トレーより幾分か大きな平らな石板を両手で掲げて見せる、ソフィアは歓声を上げてユーリに駆け寄った、
「ありがとう、使っていいの?」
「どうぞ、我が研究室謹製の試作品だからね、使用感とか改善点とか後から聞き取りするけど、好きに使ってみてよ」
「良かった、これで料理の幅が広がるわ、油で揚げる料理、ユーリ好きでしょ?、かまどだとどうしても炎が安定しなくて上手くいかなかったのよね」
「えっ、あれ出来る?んじゃ愉しみにしよう、使い方説明するね、どこに置く?」
ユーリが持参したものは魔法石と簡単な魔法陣が記入された石板である、過去にタロウの発案で原型をソフィアが作成し、それを見たユーリが学園の研究室で普及型として開発を継続している画期的な調理器具であった、タロウは魔法コンロと呼称しており、その名称はそのまま引き継がれている。
早速魔法コンロは調理台の一隅に据え置かれソフィアはウキウキとユーリは慎重に操作する、
「私の試作品は叔母さんにあげちゃったし、どうにかなるかと思ったけど、やっぱり一度便利な物に触れると駄目ね、新しく作るにも魔法石をどうしようかと思って」
ソフィアは饒舌であるそして酷く御機嫌であった、
「はいはい、魔法石もいくつか失敬してきたわ、何か発案とかある?研究室のネタになるようなものがあると嬉しいんだけど」
ユーリはテーブルに置かれた革袋をアゴで指す、
「わ、結構あるわね、うん、これだけあればいろいろ挑戦してみたいわ、うんうん、早速新しい習慣に挑戦してみる?魔法石関係ないけど」
「新しい習慣?」
「そう、タロウさん曰く正午頃に食事をするのも活力が持続して良いらしいのよ、で、田舎にいた時はそうしてたのね、確かに腹持ちが良いし、充実している感じがするのよ」
「なにそれ迷信?」
「まぁそう言わずに、一度試してみて、3日継続すれば癖になるわよ」
ソフィアはニコニコと食事の準備を始めた、単に魔法コンロを使いたいだけなのではとユーリは勘ぐるが、まぁ、楽しそうであるから下手に水を差す必要もないと厨房の椅子に腰を落ち着けた、
「それでね、ケイスさんの件、報告しておくわ」
ユーリは学園での顛末を要約して語った、朝一でケイスと共に学園長へ報告しに行き、学長曰くなによりもケイスが無事であった事が嬉しいと言われた事、本件に対して大きな処罰を受ける者は無くケイスの身の安全を保護する義務を負っていたもの全員が口頭による叱責で済んだ事(担任講師、学部長、事務員)、ケイス本人はイグレシア学部長の研究室に強制参加の上空間魔法の開発に尽力する事、等々。
「つまり、まぁ良かったって事?」
ソフィアは手元を忙しくしながらそう言った、
「私からはまぁ、そうね、丁度いいところなんじゃないの?ケイスさんが無事なのが一番だし、学園長もそう言ってたし」
そうね、そうよねとソフィアは頷く、
「ソフィ、ただいまぁ、わぁ、ユーリおば・・・ユーリお姉ちゃん?、だ」
突然勝手口が勢い良く開き買い物かごを抱えたミナとレインが駆け込んできた、ユーリはこんにちはと愛想よく挨拶する。
「はい、お帰りなさい、荷物はそこに置いてね、何か安くなってた?」
「葉物が安かったぞ、それと獣肉じゃな、新鮮じゃったから買ってきた」
「ありがとう、昼食作ってるからちょっと待ってね、そうね手洗いしてきなさい」
はーいと元気な返事と共に2人は裏庭の井戸へ走っていく、
「?それもタロウさんの習慣?」
「なにがぁ?」
「手洗い?」
そうねぇとソフィアは首を傾げつつ、
「村ではそんな習慣なかったわね、確かに、タロウさんと暮らしてからかしら、やたら綺麗好きになった感じがするわ」
うんうんとソフィアは一人納得し、
「ユーリも洗ってきたら?それだけでも気持いいわよ」
にこやかに振り返る、
「そうね、試してみようかしら」
ユーリは素直に従った、ソフィアとタロウ一家というよりもタロウの奇行は同じ冒険者パーティーを組んでいた頃から目に付いた、しかしその奇行もよくよく聞いてみれば理に敵った物でありパーティーは随分助けられていたような気がする、あのタロウが良いといっている習慣であるなら、それなりの理由があっての事であるからとユーリは素直に従うのであった。
内庭の井戸へ向かうとミナとレインが井戸水を汲むのに難儀していた、ユーリの手伝おうかの一言にミナは即時に反発し小さい身体の全てを使って汲み上げる、井戸に落ちはしないかとユーリは注視するが、側にいるレインが上手いこと補助しているらしい、レインはユーリに向かってミナに気付かれないよう目くばせする、いよいよレインの所作は子供のそれとはかけ離れておりユーリは朧げな疑問を持つのであった。
3人が厨房に戻ると厨房内のテーブルに4人分のオムレツとコップ、それと数種のパンが並んでいる、
「さっそくコンロを使ってオムレツにしてみました、使いやすくて良い感じよこのコンロ」
ソフィアは御機嫌である、
「さ、頂きましょう」
着座した4人は両手を組んで祈りを捧げるとソフィアの言を持って食事を始める、ユーリは早速と熱々のオムレツを頬張った、
「相変わらず、美味しいわね、何が違うのか分からないけど・・・」
「ユーリも数をこなせば美味しくなるわよ・・・たぶん」
「そう?私も魔法コンロ失敬してこようかしら」
「ミナ、このお野菜好きぃ」
「良かった、レインは好きくない?」
「うるさいわい、ちゃんと食べるわ」
そこでふとユーリは疑問を思い出し言葉にしようとして飲み込んだ。
食事を終え皆で皿を洗った後ミナとレインはお昼寝といって寮母宿舎に移動し、ユーリとソフィアは白湯を片手に一服している、
「レインって何者なの?」
ユーリは単刀直入に質問する、ソフィアは特に動じる事は無く、
「ユーリならそう感じるよね」
と静かに答えた、
「意味深ね、どういう事?」
「うーん、私が説明してもいいけど、レインから直接聞いた方が良いわ、理解しやすいし、それに人を選んでいるからあの娘、でも違和感に気付いたのであればそのうちあの娘から話があるんじゃないかしら」
「はぐらかす気?」
「いいえ・・・そうね、レインについては私に回答する権限が無いってことかしら、私が言える事はレインは立派な一個人であって、見た目通りの子供では無いって事、それを理解しておけば無用な衝突は無いし、普通に接していれば普通の子よ」
「・・・貴女がそう言うなら、分かったって事にしておくわ」
ユーリは眉根に力を入れたまま不承不承ながら納得したふりをする、
「ありがとう、で、相談なんだけど鍛冶屋さん知らない?」
「鍛冶屋ねぇ・・・」
「それと、毛皮と布製品全般扱える古着屋さん」
「うーん、鍛冶屋なら、うちの研究室で発注している店が良いかしら、うちの卒業生なのよ工学科の、それと古着屋ねぇ、顔の利く所は無いかなぁ、私もこっち来て2年も経ってないしねぇ」
「なら、鍛冶屋さんだけ紹介して、鉄屑の買取もしてくれるわよね、そこ」
「鍛冶屋なら当然だろうね、もしかしてあのゴミの始末?鍛冶屋にやらせるの?」
「買取お願いしたいのよ、学生が戻ったら分別してしまおうかと思ってて、何気に宝の山かもよあれ、整理して分別して金物は外して、毛皮と毛布類もまぎれているから冬用に確保しておかないとね」
「なるほど・・・、貴族様も何人かいたらしいしねこの寮、エレインさんは勿論だけど、そうなると金目の物もあるかもね」
でしょう?とソフィアはニヤリと笑う、
「でも、作業が大変そうね」
「そうね、人海戦術でなんとかかな」
2人が悪巧みにも似た打合せを進めていると正午過ぎの鐘が鳴った、この町では朝方の公務の始まりと昼過ぎの公務終了の時間に鐘が鳴る、1日に2度の鐘で市民は緩やかな生活を送っている、
「ん、そろそろ生徒も戻るわね、作業準備にかかりましょう」
「鍛冶屋に声掛けてみるわ、もしかしたら解体する前の方が価値あるかもしれないしね」
2人はそれぞれに腰を上げた。
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