第2話 幻のもう一人 その4

灯りが届く範囲に入るとその痩せこけた上に病的な白さの肌が浮かび上がり、何とも痛々しい様子が露わになる、表情は暗く何かを抑え込むように口元に力が入っていた。


「さっ、座って、お腹空いてる?何か持ってくるから待ってて」


ソフィアが思い出した様に立ち上がりケイスを無理矢理座らせて厨房にパタパタと走り込んだ、一同の視線を一身に浴びるケイスはいよいよ持って小さくなっている。


「えっと、ケイスさん、取り合えず自己紹介かしら、私以外は初対面よね?」


エレインが自己紹介を促すと、


「ケイス・クリップスです、神聖魔法学科3年です・・・、えと、御迷惑というかお騒がせしてすいません・・・」


おずおずと、すまなそうに小声でそう言って居心地が悪そうに座り直した、


「エレインさん、ケイスさん本人で間違いないのね」


ユーリがエレインに再確認する、この場でケイスの顔を知るのはエレインだけであったからであるが、


「間違いないと思います、少々痩せられました?顔色もあまり宜しく無いようですが」


エレインは優しくケイスに問い掛ける、


「・・・はい、大丈夫です、あの、すいません」


覗き込むようなエレインの視線にケイスはより身を竦めてしまう、


「どうぞ」


オリビアが茶を出すとケイスは小さく礼を言って両手でカップを手にして舐める様に口にする、


「・・・温かい、美味しい」


溜息と共にそう言った。


「よかった、食欲も有る?はい、熱いから気を付けて」


ソフィアがトレイに乗せた夕飯を差し出した、干し肉と大量の野菜と茸の入った小麦粥と黒パンである、


「はい、どうぞ、小麦粥が少し味が薄いかもってソフィが言ってたよ、ミナは丁度良かったけど」


ミナが甲斐甲斐しく塩の壺と酢の壺を手渡す、おずおずと受け取るケイスに満面の笑みを見せた、


「うん、じゃ、ケイスさんが落ち着くまで片付けでもしましょうか、ケイスさんゆっくり食べてね、それからお話しましょう」


ソフィアは一同を見渡した、同意の声と共にそれぞれがトレーを持って立ち上がる、ソフィアが洗い物を済ませて食堂に戻る頃にはケイスは食事を終え、新しい茶が用意されていた、


「ソフィアの料理美味しかったでしょ、ソフィアは料理上手なの、でもいつもはソフィって呼んでるの、それからね」


ミナはいよいよ饒舌になってケイスに話し掛けているがその内容は面白いものになっていた、その様子をにこやかに眺める面々とただ静かに受け止めるケイス、レインがもう良かろうかのぅとミナを壁際の長椅子へ連れて行った、ミナは眠気を通り越して寝ぼけていたのである。


「それでは、改めて、新しい寮母のソフィアと言います、で、寝ちゃった・・・かな・・・のがミナ、側にいるのがレインね、娘共々宜しくお願いしますね」


ソフィアは気さくに語り掛ける、では次は私ねとユーリが自己紹介し、初対面の2人が続いて挨拶を済ませる、ケイスは一人一人に小さな礼と軽い会釈を繰り返した、


「では、事情を説明して貰えると大変嬉しいんだけれど、どうかしら?」


ユーリはそう切り出した、


「はい、どこから話せば良いか・・・要領をえなかったらすいません」


そう前置きしてケイスは訥々と語り始めた、空間魔法に適正があった事、寮内の状態に我慢ならなかった事、空間魔法で居住空間を良くしようと考えた事、その際に魔法が暴走しあの状態になった事、あの状態は自分では解除できなかった事、食事は厨房に忍び込んでいた事、学校へはちゃんと出席していた事、等々。


「つまり、さっきまでの状態って、透明化?すごいわね、そんな魔法初めて聞いたわ」


ユーリは素直な感想を口にする、


「はい、たぶん、そうかと思います、私と私が身に着けている物、持っている物が対象となっていて、他者からは見えなかったようです、しかし、声はというか音は伝わったようです、お陰で出席確認は取れたのですが」


そう言って薄く笑みする、


「思い出した、もしかして幽霊騒ぎって貴女が原因?」


急にエレインが大声を出す、


「・・・たぶん、そうです、助けてくれるように様々な人に語り掛けたのですが、まるで相手にされなくて」


「何それ?」


ジャネットは面白そうにエレインに問う、


「そうね、貴女が来る前に幽霊がでるって寮内と学校で噂になったの、寮生が怖がって夜寝れなくなったり逃げ出したり、しょうがないってんで、神官に悪魔祓いを頼んだあたりで治まったからそれが効いたものとばかり思っていたけど・・・」


「はい、騒ぎが大きくなりすぎて、助けを求めるのを止めたのです」


ケイスはすまなそうに告白し、


「あの、私、今、とても嬉しいです、また誰かにちゃんと相手して貰えるなんて思っていなくて、それは耐えれたんですけど、卒業できるのかなとか実家に帰れないなとか、将来どうしようかと考え始めたら・・・」


そこまで言って言葉を詰まらせる、肩を震わせ大粒の涙が零れ落ちた、ソフィアは慌てて清潔な手拭きをその手に握らせその肩を優しく抱き締める、ケイスはより大きな声で嗚咽し、ありがとうございますと何度も何度も繰り返すのであった。


暫く一同はケイスの姿に視線を奪われる、ジャネットはその姿に感化されたのか一緒に涙ぐみ鼻を啜り、エレインやオリビアも目頭を熱くしていた、ある程度ケイスが落ち着いた頃を見計らってユーリは立ち上がると、


「とりあえず、貴女が無事で良かったわ、これが事件とかだともっと問題になっていただろうし、保身に走るつもりは無いけど学園の評判にも傷が付いたしって、睨まないで、学園関係者としては大事な点よ、そこで・・・ケイスさん、貴女の件は学長に報告の上、イグレシア学部長の指導を受けてもらう必要があると考えます、その上でそうね、うん、分野がやや違うかもしれないけど空間魔法のスペシャリストを目指すのもいいんじゃない?ルオン先生とも相談したいし、貴女の目標とする事もあるでしょうから簡単には何ともかんともだけど」


ケイスは真っ赤に腫らした目でユーリを見上げる、ユーリは大上段に構えるとケイスを指差し、


「良く聞きなさい、貴女が貴重な人材である事はある意味この一件で証明されたのよ、1年間?それ以上効果の続く上に前代未聞の魔法、孤独に耐えられる胆力、なかなか出来る事ではないわ、いい?貴女はとんでも無く凄いわよ」


「ユーリ、前から思ってたけど慰め方が下手よね」


ソフィアが柔らかく笑って言った、ユーリの突然の講釈に驚き気味の一同はソフィアの言葉で合点がいったのか、口々にユーリを攻める、


「先生、なんかもうちょっと言い方ってものがあるんじゃないの?」


「凄いのは以前から知れ渡ってましたわ、影が薄かっただけで」


「どうしてそう男らしいのでしょう?」


「えぇーい、うるさいわ、取り合えず諸々は私に任せろ、悪い様にはしないわ」


ユーリはそう啖呵を切って腕を組むとドカリと席に着く、ケイスはその姿にやっと笑顔を取り戻した、そしてお願い致しますと小さく答えるのであった。

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