第2話 幻のもう一人 その3

「はい、食後のデザート、みんなの分あるよ」


ミナはにこやかに手にした紙の包みから色とりどりの小さな焼き菓子を食卓に広げた、


「あら、いいの?せっかくミナが頂いたのに、皆で分けちゃう?」


「うん、ソフィもはい、美味しいよ」


清掃作業を切り上げ昨日とは違った手の込んだ、夕餉と呼ぶに相応しく晩餐と呼ぶには慎ましい食事が終わる頃、ミナは食卓を囲む面々に昼間の焼き菓子を配り歩いた、


「どうしたのです?高級そうなお菓子ですね」


オリビアは両手で恭しく受け取るとにこやかに問い掛ける、


「えっと、学園ちょー先生?に貰ったの、凄く美味しいのよ」


ミナは楽し気に答え自席に着くと確保した自分の分を嬉々として口にする、


「ありがとう、ミナさん、では、お茶を入れましょう、オリビア、食後に良いお茶がありましたかしら?」


はい、お嬢様とオリビアはスッと立ち上がり専用ティーセットに向かう、


「お湯あるわよ、ちょっと待ってね」


ソフィアも立ち上がり厨房に消え、オリビアも礼を言いつつその後を追った。


「でも、いいのよ、ミナが貰ったものなのだから、ミナの好きにして」


ユーリはミナの頭を軽く撫でる、


「うん、でも、美味しいものはみんなで食べた方が美味しいって、タロウがいってたよ、ミナもそう思う」


にこやかにユーリを見上げるミナ、


「うわ、天使がいるよ、先生、どうしよう、15年生きて初めて天使に会えたよ、神様ありがとう」


ジャネットはミナの言葉に感激し大袈裟に祈りを捧げた、


「ジャネット、あなた、聖母子教徒でしたっけ?」


エレインの冷ややか視線に違うよとジャネットはあっさり言い放ち、お茶まだかなぁーねぇーとミナに微笑む、


「ふん、ミナめ良い子になりおって」


レインは手にした菓子を見詰めつつ毒づいた、


「レインも貰ったでしょ」


「それは明日のおやつじゃ、2人で楽しむのじゃ」


「エーッ、みんなで食べた方がぁー」


「それはいいわよ、2人で頂きなさいな、はい、足りない人はこちらもどうぞ」


ソフィアは厨房から戻ると干し果物を盛った皿をテーブルの中央に置き、オリビアは音も立てずに茶を立て始めた、さっそくジャネットは干し果物に手を伸ばし、うん美味いと微笑む、


「高いんじゃない?ここの予算だけで大丈夫?」


「これはほら村で貰ったものよ、あるだけ、宿屋の奥さんのお手製」


「そういう事・・・、みんなこの干し果物は私とソフィアの故郷の味よ、心して頂きなさい」


一同ははぁーいと気の無い返事をして手を伸ばす、皆が茶の香りと焼き菓子それに干し果物の甘味と心地良い酸味に包まれる頃、


「何となく分かりましたわ、ケイスさんの居場所」


エレインはボソリと呟いた、ミナとレインを覗いた面々が一様にエッと驚きの声を上げる、


「・・・何処ですか?彼女の身は安全なの?」


ユーリはエレインを睨みつつ問い掛ける、


「うーん、どうしましょう、わたくしの予想が正しければ力づくの解決方法と平和的な解決方法があるのですが・・・」


エレインはもったいぶって眉間の辺りを右手人差し指でグリグリ揉んだ、


「平和的なのがいいんじゃないの?」


ジャネットは関心無さげである、


「まだ予想なのでしょう?取り合えずそこに行ってみたらどうです?」


ソフィアは現実的な案を出す、


「そうですわね、恐らくですが、平和的な解決手法のうちの半分程度はクリアしている筈なのですよ、私の予想が正しければ」


「埒が明かないわ、まずその予想を説明してよ」


ユーリは他人から見てもあからさまに苛ついている、


「・・・いいですわ、まず、今ある情報を羅列致します細かく分類すれば5つかしら、宜しくて?」


視線で皆の同意を得ると茶を一口啜る、


「一つ目、ケイスさんは入学したての頃は姿を表していた、これは私が毎日では無くても良くお見かけしておりましたので確実です、恐らくですが1年程度前から姿を見ていないように思います、これは確実な期日ではないです」


補足させて頂ければとオリビアが軽く手を上げる、


「私は1年前の春入学・・・入寮ですか、その頃からケイスさんという方との面識はありません」


「なるほど、では1年前には姿が確認できない状態であったのが確定ですわね」


一息吐くと、


「時系列で追って行けば、二つ目としてその状態で誰も問題にしていなかった・・・何故か?」


チラリとユーリに視線を送るエレイン、ユーリはポンと手を叩く、


「出席もされていて、試験も通っていた、学園に通っている事になっているのであるから、姿は見えなくても問題視されなかった・・・」


「はい、わたくしの記憶の中のケイスさんは影の薄い方でした、お友達も少ないようでしたし、まぁこの点は大した問題ではないですが、彼女を気にする人がいなかったというのも理由の一つではあるでしょうが・・・」


「でも、それでは前の寮母さんとかはどうしていたのです?」


ソフィアが問い掛けると、生徒はお互いの顔を困ったように見詰めて、ジャネットが言い難そうに、


「うーん、前の寮母さんって厨房から出てこなかったよ、朝食と夕食は配膳のそこから出して、洗濯物は出したものは取り合えず洗ってくれてた程度だったかな」


エレインに同意を求めると、そうですわねと簡潔に肯定された、


「だから、まぁ、まだ2日経ってないけどソフィアさん・・・現寮母さんはすごいなと、夕飯美味しかったし、朝食も美味しかったし・・・、掃除はまぁ、うん、なんだ・・・、それに一緒に食事するし、ミナもレインも可愛いし」


ジャネットは突然話題に入れない子供2人に話題を振った、神妙な会話の続く中眠そうにしていたミナはビクリとジャネットを見上げる、優しく好意的な視線を向けるジャネットにミナは反射的にだらしない笑顔を返した、レインは大きくあくびをする、


「なるほど、それは学園としても問題ですね、寮の管理者としての仕事を全うしていないという事ですから、それを考えれば共用部分の悲惨な状態もむべなるかなと言った所かしら・・・、他の寮はどうなってるのかしら、ダナに確認致しましょう」


ユーリは神妙に俯く、


「「こんなもんよっ」て常にあの惨状を容認していたのは何処の先生様でしたかしらね」


ソフィアは青筋を浮かべてユーリに微笑む、あら何の事かしらととぼけるユーリ、


「次ですが、本日ケイスさんの部屋に入って二つ分かった事があります」


エレインは天井を見上げる、その視線の先はケイスの部屋がある辺りであろうか、


「一つはあの部屋が使用されている事、なぜなら、机の上の書き物は10日前の御実家からの手紙でした、定期的な文である事はあの量から判断が出来るかと思います、また、収納内の着衣も寝台も使用されているものであると思われます」


「そんな事見ただけでわかる?」


ジャネットは素直な疑問を口にする、


「えぇ、あの部屋は埃が積もっていないのです、普通に使用されているだけでは端々に汚れが集まるものですがそれもありません、また、着衣も寝台も大変綺麗に整頓されておりました、こちらも使用していなければ埃が積るものでしょう、それが無かったのです・・・、つまり大変綺麗に使用されていると結論できます」


エレインは茶を啜ると喉を潤す、


「・・・もう一つは?」


その様を見つめつつジャネットもエレインの語りぶりに引き込まれたたのか、自然に先を促していた、


「もう一つは、綺麗すぎるという事ですわ、あの部屋はまるで引っ越ししたての部屋のようです、さらに一つ目にも話した通り、清潔に使用されております、これは恥かしながらわたくしの部屋では有り得ない事であります」


エレインはやや言葉が強くなる、


「お嬢様、何もそんな恥辱を自ら口になさらなくても」


オリビアは大袈裟に手で顔を覆った、


「オリビア良いのです、この点についてはあなたの部屋も大概ですからね」


エレインの言葉は強いままで、その圧のままオリビアに突き刺さる、オリビアはそんなぁと驚いた顔でエレインを見つめた、


「つまり、彼女は綺麗好きであった」


ソフィアはエレインの語を継いだ、


「・・・はい、それもより病的な、変質的と言っても良い綺麗好きであったのではないかと考えます」


エレインは皆の様子を見る、それなりに納得している顔、悩んでいる顔、眠そうな顔である、


「そして最後の5つ目ですが、これはわたくしだけが知っている情報かと思います、ルオン先生がケイスさんをどう評価しているかは不明ですが、わたくしが見ますに、彼女は優秀です、天才と言って良いですわ」


「えぇ、それについてはルオン先生もおっしゃっていました、ゆえにいつの間にか禁忌な扱いになってしまったとボソッと言ってましたね、誰も彼女に敵わないゆえに干渉できなくなってしまった・・・のかしら、うん、教育者としては失格ね、私も気を付けなければ」


ユーリが納得したように呟く、


「天才も様々だけど、どんな天才?」


ソフィアの疑問である、


「はい、彼女は空間魔法の扱いについての天才ですね、そう噂されていました、彼女の学部では特に力を入れている分野では無いですが、空間魔法って使いこなせば恐ろしいほど有益でありましょう?さらに言えば人物適正が厳しすぎてあの魔法そのものを使える人は少ないと聞いてますわ」


空間魔法とは空間に干渉する魔法体系である、転移・収納・空間創造等々その内容は広く深い、しかし使用できる人物が極端に少ない為研究者も少なく活用方法は未だ未知数の分野であった。


「確かに、空間魔法って私も今一つだわ・・・タロウさんよく使ってたわね」


ユーリが懐かし気に言って、そうねぇとソフィアは相槌を打つ、


「難しいんですか?あれ?そう言えば実習でもさわりしかやらなかったような?」


ジャネットは素直にユーリに聞く、


「エレインさんの言う通り、人物適正が厳しいんです、使える人は使える、駄目な人は駄目、はっきりしているんですね、さらに使える人でも発動した途端にぶっ倒れる人とかも居て・・・、つまり扱いが難しいというのが講師陣の共通見解です、授業ではそれを鑑みてさわりのみ、知識は持っておいて損は無いですから、使えた人には別途個人講習ですね、先生の中ではイグレシア部長先生が指導できるかしら、私には無理ね」


ユーリの説明にヘェーと納得するジャネット、


「話を続けますと、その扱い方が群を抜いていたと聞いてます、勿論、噂で、且つ実際に目にする事は無かったですが」


エレインは一度視線を1階ホール内を巡らせる、


「以上を合わせて考えますと、導かれる答えがありそうな気がしますが如何でしょう?」


エレインはそう締め括った、一同はエレインの提示した情報をそれぞれに分析している様子であったが、ミナはいよいよ眠そうにしていて、レインは腕を組み目を瞑っている。

オリビアが茶を立て直そうと立ち上がるも、わたくしは沢山ですわとエレインが声を掛けそれに賛同する声が幾つか上がり、オリビアは座り直す事となった、


「なるほど、それで力づくの解決方法と平和的な解決方法ね、力づくってどうやるつもりなの?」


ユーリは納得したようにエレインに問う、


「うーん、先生がいらっしゃるので何とか出来るんじゃないかなと思ったのですが・・・如何でしょう」


「何、そこは人任せだったの?」


「えぇ、対処方法を御存知かと思いまして」


「・・・私とエレインさんの見解が一致しているとすればだけど、対処方法は想像でき無いかしら、ソフィはどう?」


「え、何が?」


ソフィアは今一つ状況を理解していなかったようだ、


「わかった、わしがやってやる、もう捕まえたしの」


静かにしていたレインが突然声を上げた、一同の視線がレインに集まる、


「力づくなら儂が一番の適任じゃと思うが、どうするソフィ?」


「ちょっと待って、平和的な解決の方はどうなの」


ソフィアは慌てたようにレインを押し止めつつエレインに問うた、


「はい、平和的な解決とは、「ほっとく事」ですわ、その内現れるでしょう、環境が良くなりましたし、恐らくそれは維持されるでしょうし・・・、でもレインさん、捕まえたのですか?もう?既に?」


「うむ、捕まえたぞ、恐らくこやつじゃ」


レインはにまりと笑顔になる、


「なら、早期解決がよいかと思いますが」


「うむ、ほいさ」


レインは暖炉前のテーブルに向かって右手を上げた、そこは皆のテーブルから距離がある為蝋燭の灯りも届かない闇の中であった、レインの手からマナの固まりが飛ぶ、魔法にはなっていない単純なエネルギーの波であった、波は何かに当たった、パンッという弾ける音が響き、皆が気付くとそこには少女が一人立っていた、


「・・・すごい、レインさん、貴女何者なのです?」


「あちゃぁー」


ソフィアは困ったように顔を隠した、


「ふふん」


と鼻で笑ったレインは胸を張っている、どうだまいったかと言わんばかりである、そんなレインと現れた少女に一同は無遠慮な視線を投げかける、その視線には好奇と恐れと驚きが含まれいた。


「ま、まぁ、まずは、紹介致しますわ、ケイスさんです」


エレインは沈黙と驚きに包まれた場を何とか治めようとやや上擦った声を上げる、


「さ、さぁ、こちらにいらして、オリビア、ケイスさんにお茶を」


ケイスを手招きしつつオリビアを伺う、あっけに取られていたオリビアはエレインの指示にはっと我に帰ると、いそいそと立ち上がりケイスの為に席を作った、


「こちらへ」


と簡潔にケイスに声を掛けるとティーセットへ向かう、ケイスはそろそろと一同に歩み寄った。

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