第2話 幻のもう一人 その2

「それで結局学園では会えなかったんですの?」


食堂兼ホールにてユーリとエレインがテーブルを囲んでいる、


「えぇ、でも出席扱いにはなっているのよね、代返ってやつ?しかし、それにしてもねぇ」


「神聖魔法科のルオン先生ってそんなに抜けた人でしたかしら?」


「「抜けた人」は良い表現ではないですよ、お嬢様」


お茶セットを手にしたオリビアがエレインの隣りに立つ、あらそれは失礼と心無い返事をするエレイン、


「エレインさん、あなた私よりこの学園は長いでしょう?」


「確かに長いですけどそれが何か?」


「何か裏的なもの、噂的なもの・・・知らない?」


「そんな胡乱な質問ありますの?」


2人の会話はだんだんと小声になっていく、それを横目にオリビアは流麗な手捌きで茶を点てると2人の前に茶を提供する、一度2人に礼をしてから自分の分の茶を立てて席に着いた、


「随分、慇懃ね」


ユーリはオリビアの所作に首を傾げながら茶を啜る、


「はい、メイドですから」


何食わぬ顔でそう言うオリビア、


「メイドなのに同席してお茶を頂くの?」


ユーリは再び不思議そうに問いかける、


「はい、私はライダー子爵家のハウスメイド見習いですので」


「わたくしがそうするように言ってますの」


エレインが助け舟を出す、


「この寮や学校では一生徒として貴も賤も無いですわ、ゆえに」


茶を啜るエレイン、


「茶の支度はメイドの仕事であり修行、その作業はしっかりと徹底して熟しべき、しかし、茶を愉しむのは生徒としての権利、特にこの場・この立場に於いては交流という大事な職務とさえ言える行為でありましょう?ゆえに茶を立てるのは修行、茶を愉しむのは生徒として学友として愉しむべき、そうでありましょう」


ユーリは一瞬ポカンとすると、一転して満面の笑みを浮かべて、


「エレインさん、貴女偉いわね、淑女として素晴らしいわ」


と褒めると、


「当然です、私のお仕えする方ですもの、」


サラリとそう言ったオリビアが胸を張り、貴族もかくやといったドヤ顔を見せる、その仕草にユーリは声を出して楽しそうに笑い、エレインは照れたようにそっぽを向いた、


「そうね、さらに言えば自分の立てた茶や、様々な茶の味をしっかりと覚えるのも大事だと思いますの、ベテランメイドでも茶の味を知らない人って割と多いのですわ、それは何か変だなと思いますし」


エレインはメイド教育に一家言あるらしい、堰を切ったように流麗な言説が流れ出る、それはちょっとした照れ隠しも含まれていたようだが彼女独特の貴族哲学はユーリを感心させるに充分であった。


「お話し盛り上がってる?行けるなら、行きますか、2階の4号室ね」


ソフィアがエプロンで手を拭いながら姿を見せる、厨房で夕飯の支度をしていたらしい、ソフィアと共に良い香りが漂って来た。


「お疲れ様、これだけ飲ませて」


ユーリはそう言って腰を上げかけた生徒2人に落ち着くように目配せする、どうぞぅとソフィアは言ってエプロンを外すと厨房の配膳口に掛け、やや離れた椅子に腰掛けた、


「なによ、なんかよそよそしいわ」


「なによもないわよ、そちらの席についたらオリビアさんの仕事が増えた上に根を張っちゃいそうですもの」


ソフィアは気楽に笑って見せた、


「ありゃ、お茶会ですか?げっセンセがいる」


さらにかしましい娘が加わった、ジャネットである。


「げっとは何ですか?」


ユーリがそれらしく注意するも怒りの表情を浮かべているわけではなかった、ジャネットはすいませーんと気の無い謝罪をすると茶会の空いた席に座り、


「オリビー私にも、頂けますの?」


エレインの貴族訛りを真似て茶を所望した、勿論ですと表情を変えずスッと立ち上がるオリビア、


「わたくしを真似るなら貴族教育を受けたら如何ですか?ジャネット嬢、はしたなくてあらせられるわよ」


エレインはジャネットを横目で睨み付けつつ、チクリと言い放つ。


「はしたなくあららせられれる?舌噛みそう、微妙に間違った使いまわしじゃない?お嬢様」


「そうね、でも、貴女には丁度いいわ」


茶を含みながら仲が悪いのかななどとユーリは観察するが、女性同士だとこんなものだろうとも思う、変にベタベタ仲が良い方がどうかしている。


「ガキンチョ共は?」


不意にジャネットはソフィアに話題を振る、すぐにお勉強中ですよぅとソフィアは答えた、・・・それは偉い・・・、ジャネットはぼそりとそう言って身を竦めるて茶に手を伸ばす、


「わたくしは済みましたわ、先生は如何です?」


「そうね、美味しいお茶でした、エレイン様、オリビアさん、御馳走様でした」


ユーリは恭しく頭を下げる、エレインは優雅にオリビアは畏まって返礼した。




「では、学園を代表して私が、寮母と寮長の同行の上ケイスさんの私室である2階の4号室を調査致します」


いざっと気合を入れて立ち上がるとソフィアとエレインがそれに続いた、勢いを保ったまま2階へ上がった途端足を止める、


「えーと、ソフィアさん、取り合えず今日は勘弁して欲しいかしら」


ユーリはゆっくりとソフィアを見る、2階の様子を一目見たソフィアは押し黙ったまま口の端をひくつかせ、目がどんよりと曇っていく、


「そうよね、昨日は一階だけしか見てなかったけど、そりゃ2階も3階も状態は変わらないわよね」


と怒りと呆れを飲み込みながら呟いた、エレインはしまったと口を押さえる。

2階の共用ホールも昨日の1階ホールと同様の惨状であった、辛うじて暖炉前と通路らしい所には空間が出来ているがおよそゴミが落ちていない場所が無く、またそれらは積み重なって独特の存在感を放っている。

悪夢は続いていたのである、ゴミ屋敷、ゴミ貯め、廃棄物処理場、ソフィアの思考は怒りと怖気と羞恥心に取り付かれた。


ソフィアは走りだし目に付く木戸を全て開け換気をすると、


「仕事が増えましたね皆さん」


と一人ゆっくりと階下へ降りた、恐らく作業員と道具の確保の為である、


「しょうがない、エレインさん、参りましょう」

ユーリはソフィアの背を見送ると、今日の目的を果たそうとエレインを見詰める、エレインは同意して神妙に頷くと大きく溜息を吐いた。


2階には個人部屋が6室あり、4号室は南側西奥の部屋になる、各部屋の壁は薄いが収納空間を挟んでいる為騒音等の問題は少なかった、それ故に昨日のジャネットの言い分のように隣りの部屋の物音は余程のものでない限り聞こえにくいのである、それは集団生活をする上では快適さの現れであった。


2人は散乱する何かを慣れたステップで躱しつつ廊下を進み、最奥の4号室に辿り着くとその扉を大きく叩いた、暫く反応を伺う、室内で動く気配は無い、ユーリはエレインに目配せする、


「入りますわよ」


エレインは声を掛けつつ扉を開いた、見える範囲の室内は特に不穏な物は無かった、整えられた寝台に清潔なシーツ、備え付けの机には書物が数冊立てられており手紙であろうか羊皮紙や紡績繊維紙の束が置かれている、収納庫の中は伺い知れなかった。


「・・・えーと、ケイスさん出てらっしゃい、いらっしゃらないのであれば、いないとおしゃってぇ」


抑え目の声量でエレインはややふざけた事を言ってみる、


「・・・エレインさん、それは無理よ」


「わかってますわよ、貴族ジョークですわ」


「貴族ジョークの語感の方が面白いですよ、舌噛みそう」


いつの間にか背後に立っていたソフィアが背伸びをしつつ室内を伺っている、ソフィアの突然の発言にユーリとエレインは背を粟立たせ、つんのめって室内に踏み込んだ、


「なによソフィアびっくりするじゃない」


「心臓に悪いですわ」


2人はそれぞれにソフィアを非難するが、ソフィアは2人には目もくれず、


「・・・綺麗な部屋ですね」


と呟く、2人は鼻息を荒くしつつも室内に視線を戻した、


「そうですね、後はここだけ」


ユーリは収納庫の扉を開け放つがそこには数着の衣服が整然と吊るされ、据付の箪笥があるばかりである、


「これはいよいよもって私達の手に負えないのでは無くて?」


エレインは首を傾げつつ机の上面に指を這わせた、指先に目立った埃が着かない、それから紙束の幾つかを捲りサッと目を通して元通りに重ねた、


「それで、内庭に叩き出していいんでしょ、昨日の分と一緒にしちゃうよぅ」


廊下からうんざりとしたジャネットの声が響く、


「はいはい、明日にでも纏めて処理しますから、3階もやってしまいますよ」


ソフィアはパタパタと清掃作業に戻る、


「・・・これは逃げられなさそうですわ」


エレインは溜息交りに俯いて、先生逃がしませんわとニヤリと笑う、


「・・・そうね、筋肉痛まだ治ってないのだけれど」


ユーリも俯いて溜息を吐く、


「取り合えず、ケイスさんの件は明日にでも学園長と相談しましょう」


「そうですわね・・・」


ユーリの言葉にエレインは部屋の四隅に視線を送りつつ腕まくりをして戦場に向かった。

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