第2話 幻のもう一人 その1
打合せ室をダナと共に退出したソフィアは窓口の側に佇み、手にした羊皮紙に目を落していた、
「あぁ、ソフィお疲れなさい、打合せは終わり?」
高い靴音を響かせてユーリが事務室に入って来ると、ソフィアを見付けヒラヒラとその手を振った、
「御機嫌用ユーリ、昨日はお疲れ様」
にこやかに微笑みつつ書類を手提げに押し込んだ、
「まったくよ、酷い目見たわ、早速筋肉痛よ、腰も痛いし」
わざとらしく腰を叩くユーリ、
「なによ、掃除くらいで四の五の言わないの、それに翌日の筋肉痛は若さの証よ」
ニヤニヤとソフィアは笑う、
「四の五のって言っても、女子寮なんてあんなもんよぅ、どうせすぐに汚れるわ」
「ふーん、女子寮ってゴミ溜めなの?それとも廃棄物処理場かなんか?」
「酷い言いぐさね、まぁいいわ、アウグスタ学長に会って行く?お茶する時間はあるでしょ?」
「アウグスタ学長って?そんな偉い人・・・」
「パウロせんせ」
「へっ?」
ソフィアは怪訝そうな顔をする、
「パウロ・アウグスタ学長先生、昔世話になったでしょ、挨拶しておいて損は無いわ」
「もしかして、あのパウロ先生?村で読み書き教えてくれた」
「そう、あの先生、出世していまやこの学園の学長様なのよ」
「へぇー知らなかった、でも私の事覚えているかしら」
「それは大丈夫だと思うよ、私の事も顔見ただけで分かったし」
「そう、じゃ挨拶だけね」
ソフィアは自席に座るダナに軽く挨拶して事務室を後にする。
「ミナはお留守番?」
「来てるわよ、レインと一緒に校庭かしら?」
「じゃついでに連れて行きましょう、子供がいると場が和むから良いわよねぇ」
「ちょっと、ミナをいいように使わないでよ」
「あら、学長室には高級御菓子が常備されてるものなのよ、それを引き出すにはどうするか」
「・・・そういうことなら・・・」
2人は目配せしつつ校庭へ、ミナとレインを見つけると学長室へ向かった。
「確か、確かそうだ思い出す、うん、思い出すからちょっと待ってな」
学長室にて4人は学長に温かく迎え入れられた、ユーリが紹介しようとする前にアウグスタ学長は額をペタペタと叩きながら目を瞑ってウロウロと歩き回り、ピタッと止まるとソフィアを指差し、
「ソフィアだ、ソフィア・カシュパル」
「正解です、先生、お久しぶりです」
ソフィアは微笑んで会釈する、
「おぉ、そうだそうだ大きくなったな、いや、ユーリと同じ村だったな、いや、懐かしい、そうかそうか」
学長はソフィアに軽くハグをする、
「先生もお元気そうで、びっくりしました、学長先生なんて」
「いやいや、お飾りよ、まぁ座れ座れ」
応接セットを指差すと秘書を呼び出し茶と菓子を用意させた、ユーリは軽く拳を握る。
「それでこの娘たちは?」
「私の養女です、ミナとレイン、ミナ挨拶を」
「ミナはミナ・カシュパルです、えーと学長先生?、宜しくお願い致します」
「レインじゃ、ミナ共々宜しくの」
「パウロ・アウグスタじゃ、この学校の学長である、2人とも宜しくな」
柔和な人懐っこい笑顔を浮かべ学長は丁寧に頭を下げる、つられてミナとレインも頭を下げた、
「うむ、で、急にどうしたんだ、旅行か何かか?」
「学長、以前話しましたよ、ユーフォルビア第2女子寮の新しい寮母さんです」
「あぁーあぁー、そうだった、今日からか、そうかそうか」
「はい、本日から寮母として勤務致します、浅学の身ですが御指導頂ければ幸いです」
「うんうん、そうするとシェルビー卿の下になるのか」
「シェルビー卿?ですか」
ソフィアは耳慣れない名前に不思議そうな顔をする、
「ゲイル事務長の事です、ゲイル・イル・シェルビー卿」
「であれば、先ほど御挨拶致しました、とても素敵な紳士ですね」
「おうそうじゃな、正に紳士じゃよ彼は」
パウロはホッホッホッと裏表の無い温かい笑い声を上げた、丁度その時菓子が並べられる、ちいさな栗程度の大きさの色とりどりの焼き菓子である、二つの大皿に山盛りで提供された。
「ほれ、食してみよ、美味いぞ」
自ら率先して菓子の一つを口に放り込む、ミナは一度ソフィアを窺ってから菓子に手を伸ばし、レインもミナに続くように手を伸ばした、
「すぎょい、おいしいよ、ソフィ」
ミナは嬉しそうにやや大きな塊を口一杯に頬張っている、無理しないのとソフィアが窘めると、レイン迄もが口を一杯にして、
「これは、美味じゃぞ、ソフィこれを家でも作るのじゃ」
無理に飲み込んでソフィアに嘆願する、ユーリは何故か誇らしげに2人の感想に胸を張りつつモゴモゴやっている。
「じゃろう、うんうん、菓子は愉しんで食すものじゃ」
小さな客の反応をにこやかに見つめ乍ら茶をすするパウロ、
「すいません、何とも、ミナ、せめて静かに綺麗に頂きなさい」
ソフィアは恐縮しつつハンカチでミナの口を軽く拭う、
「良い良い、子供はこれくらいでないと、して、寮母であったか、昨日の件事務員に聞いたぞ」
大人3人は楽し気に世間話を始めた、子供の頃の昔話と村の重鎮達の近況等々、当たり障りの無い会話が続き、やがて菓子の皿が一つ空になる頃、
「そう言えば、寮で1名、確認が取れない生徒がおりまして」
ポツリとユーリが口にする、
「それは、聞いてないのぉ、どういう事かな?」
ユーリは至極真面目に昨日の状況を説明する、
「なるほど、で、事務の方は?」
「はい、在籍しております、各試験結果も記録されておりました、出席も皆勤と言ってよい出席状況のようです、授業態度等はすいません、学部が違いまして私は馴染みがありませんで・・・」
「なら、問題は無い・・・、しかし、うん、あまり良くない状態のようじゃな」
「はい、本人が確認できなければ問題が発生している場合もありますので、早急に本人確認が必要かと」
「では寮に戻りましたら、部屋の方を伺ってみましょう、そうですね、授業が終わって寮生が戻る頃にでも、そうなると、ユーリも居た方が良さそうね」
ソフィアは物怖じせずにそう提案する、
「ええ、ではそのように、医学部の担当講師にも状況を聞き取りしておきますね、ん、あぁ、授業中なのでそこで会えればそれで良いですし、それが一番手っ取り早いわね、もし会えたら寮でも挨拶するように言っておくわ」
ソフィアとユーリはではそのようにと相槌を打ち合う、
「うむ、諸々頼む、何かあればすぐに連絡してくれ、儂はほれこの学園に寝泊りしておるからの」
パウロは奥の部屋を指差す、そこが彼の寝床になっているのであろう。2人は揃って了承し、それではと学長室を後にした、ミナとレインには菓子の残りが土産として渡され、そのおかげか2人は楽し気で足取りが軽い。
「では、私達は買い出ししつつ寮に戻るわね、不明生徒についてはユーリが来たら行動開始という事で」
「うん、授業が終ってからだから、昨日と同じくらいの時間帯かな」
「なら、夕食の準備もしとくわね、ちゃんとした食事用意するわ」
ソフィアはにこやかに微笑む、
「・・・昨日は酷かったからね、期待しておくよ」
ユーリはやや引きつった笑いを浮かべ、ではなとそこで踵を返した。
「またね、ユーリおばちゃん」
ミナはにこやかにユーリの背に手を振る、瞬間ユーリは振り返りミナの両肩をガシリと掴むと、
「待って、それはキツイわ、そうね・・・、ユーリお姉さん、いい?、ユーリお姉さん、言ってみて」
目を白黒させつつミナはユーリお姉さんと繰り返す、
「うん、ミナはいい子ね、これからはユーリお姉さんよ、お姉さん、良いわね?」
うんうんとユーリの剣幕に圧倒されたミナは涙目になりながら頷いて見せた、
「ユーリ、やり過ぎよ、ミナをいじめないで」
「そうじゃぞ、何をそこまで真剣になっているのやら」
ソフィアとレインは呆れたようにユーリを見つめ、未だ不服そうなユーリの手から逃れたミナは素早くソフィアの影に隠れた、
「はーい、怖かったわね、さぁ、市場に行きましょう、怖ーいユーリおばちゃんは置いてって」
ソフィアは意地悪く笑いながらミナを抱き上げる、
「ではの、ユーリおばちゃん」
駄目押しとばかりにレインもそう言ってカラカラと笑った、不服を通り超して眉間に皺を寄せるユーリを尻目に3人は学園を後にした。
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