第118話 断る?受ける?

 面会室。透明な強化アクリルが間にある面会室。ここは現実。向かい合うのは、スーツの女性と、ジャージのような作業服の女性。

 スーツの女性は40歳手前?

 作業服の女性は未成年、17歳だ。

 罪状は「殺人未遂」。しかし、検察は傷害罪として起訴する可能性が高い。しかし、この向かい合う女性弁護士、無罪、不起訴を狙っている。

「そうなの?!いいな。私も[世界]に行きたいな。」

 雑談をしている。というより、この女性弁護士雑談が9割だ。

「若者しか行けないんだっけ?!」

 よく笑う。相手の未成年も遠慮がちに笑う。

「美咲ちゃん、そのリーダーの子、名前なんだっけ、ピーポ君?」

「えっ?私、名前まだ思い出せないです。」

 [世界]の記憶は、現実だと曖昧になる。特に固有名詞が思い出せない。

 話しているうちに思い出す人は多い。サイトで他人の情報を見ている時に思い出したりもする。

 でも、美咲には、話す相手もサイトの情報もほとんど無い、そんな環境にいる。

「ピーポ君は、入口にあったポスターだ!やだ私ったら!」

 また笑う女性弁護士ヒカリさん。何となく、大好きだった伯母に似ていて、気軽に話せる。

 ずっと長い間、伯母と暮らしていた。独身だった伯母、実の娘のように可愛がってくれた。

 白血病で他界。実の両親の元に戻された。

 相変わらず、DVを受けていた母親、父親の方は、その日からDV対象が1人増えた。

「それ以上母さんを殴ったら殺す!」

 包丁を持って威嚇した。が、父親は平然と母親を殴り続けた。

 背中を刺した。捕まった。

 何より悲しかったのは、

「母親をかばって娘に刺された」という証言。

 両親とも「同じ」証言をして逮捕された。

 美咲には、体中にアザがあった。父親にやられたと証言したが、

「母親が普段から娘を暴行していて、娘が母親を包丁で狙い、間に入った父親が刺された。」

 父も母も、同じ証言をしているという。

 離れていた間に、すっかり奴隷と化した母親。伯母に何度も「別れなさい」と言われても出来なかった、父親への依存症。夫婦での共依存。

「保釈請求が通りそうなの。受けない?」

 形式上の加害者が被害者宅へは戻らないだろうが、あんな家、帰りたくない。

「うちに来ない?私が身元引受人になるわ。」

 急に言われた。驚いた。でも、

「小さい娘さんがいるって……」

「ええ、私が留守がちだから、一緒にいてくれると助かるわ。」

「……私、殺人犯ですよ。」

 ヒカリさんの目の色が変わった。

「殺人犯っていうのは、人を殺したヒト、貴方と全然違うでしょ!!」

 怒られた。こんなところも少し、大好きだった伯母に似ている。

「料理できるわよね。聞いてるわ。」

 上手い訳ではないが、普通にできる。

「娘に作ってあげて欲しいの。私が全然できないから……」

 小さい娘さん、いくつだろう?[世界]で小6の子3人といるけど、接するのが難しい。もっと小さいと、もっと難しくないのかな?

「私の手料理より、コンビニのおにぎりの方がいいって言うのよ!信じられる?!」

 いつもより、普通に笑えた。

「普通は、コンビニのお弁当と比較しない?!」

 いつもより、元気に笑えた。

 面会時間が終わった。

 最初にヒカリさんに会った時、

「貴方、すごく真っ直ぐ、色んな子を見てきたけど、すごく素直でいい子だわ……きっと、

 育ててくれた人が素敵だったのね。」

 伯母を褒めてくれた。最初で好きになった。

(次、いつ会えるだろう……)

「手続き済めば、一杯話せるわよ。」

 私の心を見透かしたように、ヒカリさんが言った。右手にボールペン、ピーポ君のペンだ。

 ピーポ君?ピーポ、ビーホ?

「……ディーノ君!」

 思い出した、彼の名前。ヒカリさんは驚いて見ている。

「イーノくん?」

「ディーノくんです!チームのリーダーの名前」

「……そう。また聞かせてね。」

 笑顔で去って行った。


 フィールドを、北都へと向かっている。

 魔物出てくれ!と思いながら向かっている僕。

 倒すのは僕じゃないけど、思っている僕。

「次は?次!」

 リクエストが入る。

 子供には際限がない。

 いや、僕もちょっと前までは子供だったけど、ウケたらウケたで、延々と要求され、次のは前以上と思われているので、ハードルがどんどん上がる。もうハードルじゃなくて高跳びだ。

 ……全国の、子育てしている親御さん、尊敬します。

「アメンボ、赤いな……それ、アメンボじゃないんじゃね?」

 ……

 ウケない方が終われる。もう、それでいい。

「何で、アメンボが赤いの?」

 出た。恐怖の「何で」攻撃。

「赤トンボじゃないの?」

「アキアカネだろ。」

 論点ズレてるけど、ハルト君、レン君に救われる。

「……じゃあ、当たり前のことを言ってるけど、凄く聞こえる言葉、」

「何それ?」

「何?何?」

 食いついてきた。ただ、この後が怖い。つまらないと、手加減無用で斬り捨てられる。

「俺は今まで、殺し合いに負けたことは無い!」

「お、なんかカッコいい!」

 ハルト君は一番、子供らしい小学生。

「うん。」

 レン君は優しい。俺より大人だ。

「今のどこが、当たり前の言葉なの?」

 ヒナちゃんは素直。現実的ではあるが、本当に素直な子。

 物心がついた頃からの幼なじみ。[世界]へも同じ日に同じ場所に現れた。現実でも[世界]でもずっと一緒の3人。

「負けたことは無いは、勝ったことが無くても、殺し合ったことが無くても使える。嘘じゃないから堂々と言える言葉ってこと。」

「おお!」

 レン君とヒナちゃんは少し冷めてたけど、ハルト君は大いに気に入ってくれた。

「俺は殺し合いに、負けたことがねぇ!」

 さっそく使うハルト君。やはり彼が、僕の精神年齢と一番近い。

 しかし、ハルト君が、これから頻繁に使い続けるのまでは読めなかった。

「他には?他には?」

 ハルト君が寄ってくる。懐いてくれるのは嬉しいが、一般人はそんなにネタを持っていない。

 早く出てくれ、魔物!

 北都までは、まだちょっとある。

 魔物が出なくても、戦っていなくても、僕の心のMPが消耗していく……


 北都の街に、やっと着いた。

 入ってすぐ、

「あのっ!父ちゃんが病気でっ!」

 NPCの子供が、多分プレイヤーの若者に、お金をねだっていた。

「お恵みイベントだね。」

 サイトの情報だが、得意になって皆に説明。

「仮説だけど、人を見るイベントらしいよ。」

「??」

「どういうこと?」

「繰り返さないと結果がでないイベントで、最初から見返り目的で接する人だと、次が起きないとか、変な展開になったりとかするみたい。でも、運がいいと、超レア装備とか貰えるらしいよ。」

 モラル値でも変わるとか、色々噂されている。

「お姉ちゃん、サイトとか見てる?」

 ヒナちゃんはジェイルさんを「お姉ちゃん」と呼ぶようになった。レン君ハルト君もそうだ。

 ジェイルさんが頼んだ。子供に慣れる練習だそうだ。自分から懐に入ることにしたらしい。

 ヒナちゃんは僕のことも「お兄ちゃん」と呼ぶようになった。

「俺たちも、お兄ちゃんって呼ぶ?」

 と、レン君。

「俺は、目指す人をちゃん付けでは呼ばない!

 リスペットって奴だ。」

「……リスペクトだろ。」

 結局2人は「ディーノさん」のまま。しかし、その理由がすごく嬉しかった。

「お恵みイベント、俺たちもやる?」

 そういえば、良い装備が欲しくて始めた旅だった。

「何回もやるから、同じ街に滞在する人向きなんだ。まずはギルドに寄ってみよう。」

 そして入ったギルド、

「子供は無理だよ。」

 一瞬で追い出された。

 ……

 冒険者ギルド……冒険者に冷たいギルドだ。

「あの……」

 僕と同い年くらいの魔法使いの青年に、声をかけられた。

「依頼をしたいんだけど……」

 たった今、ギルドを追い出される所を見ていたはずの青年だ。

「おお、やった!」

 ハルト君が喜んでいるが……スマン!

「ギルドにまず話を通した方が……」

 後でこじれそうだ。多分これが正解。

「そのギルドに、断られた依頼なんだけど……」

 おっと違った。不正解だった。


 美咲は受けた。

 受けたのはヒカリさんの方だけど、身元引受人の話を受けた。

 ヒカリさんの運転、助手席に座り、彼女の自宅へと向かっている。

 助手席に娘さんの持ち物があった。名前シールに漢字で書いてある。

 保育園ではなく小学生かな?ハルナって読むのかな?友達と同じ字だ。色々考える。

 どのくらい居られるだろうか?上手くやって行けるだろうか?不安だらけだ。

(ハルナちゃん、どんな子だろう?)

 団地の4階だった。帰るなり、

「ヒーちゃーん!帰ったよー!お姉ちゃん来たよー!」

 ヒカリさんが娘を呼ぶ。

(ヒーちゃん?陽菜(はるな)じゃなくて……ひーちゃん?)

 現れたのは、想像より大きい子だった。小学校高学年?

 緊張してる。こっちもだ。

「レン君ママとハルト君ママにお礼言った?」

 夕飯の支度を始めるため、キッチンとリビングの会話。

(えっ?今?えっ?)

「言ったよ、ちゃんと、いつもママのせいで迷惑かけます、って。」

「アハハハハ、その通りだね。」

 ヒカリさんは良く笑う。

「うそ、ちゃんと挨拶したよ。」

「いーこだね、陽菜は。誰に似たかな?」

「パパ。」

「アハハハハ、その通りだね。」

 旦那さん、早くに亡くなったって聞いた。

「そうそう、この前の陽菜の質問の答え、

 ジェイルって、刑務所とかって意味よ。」

「刑務所?」

「同じ刑務所でも、罪の重くない人とか、間違った罪にされそうになった人とかも入る所かな。」

 冷凍食品をお皿に移し、レンジで温める。ヒカリママの一番の得意料理?

「それで、間違われそうな人を助けるのが、ママのお仕事よ。」

「ママ!」

 急に娘が大声を出したので、慌ててキッチンから駆けつける。

「どうした?」

「このお姉ちゃん、泣いてるよ。」

「……何でだ、当ててみな。」

 面会で[世界]のことばかり聞かれた。そうか、そうだったのか……

「ねえ、[世界]のジェイルってひと、どんな人?もう一度ママに教えて?」

「えっ?すごく優しい人だよ?」

「仲いい?」

「うん。すごく仲良し。」

「じゃあきっと、お姉ちゃんとも上手くやれるね。ヒナ。」

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