第101話 茨の道

「確かに人間にかけられた呪いだな。」

 ウルちゃんも、それを人狼族の里で実感した。何か違うぞという空気に徐々になり、闇の空が始まると「人間側のスパイ」だと、常に監視を受けた。

 今、見えない砂嵐を目指して、砂漠を移動中。

「人狼にかけた呪いなら、街中と街外の2種の呪いを複雑にかける必要がある。コイツにそんな手間をかける理由は無いだろう。」

 本人を前にして毒舌のレオン。

「コイツってねぇ!」

 今は喋れるウルちゃん。言い返そうとレオンのエメラルドの瞳を睨み、そして、見とれ、終了。

 アストラルもちょっと残念そう。犬好き少年、モフモフとの旅になるかと思ったら、外では狼になれないと聞かされた。

 魔物が現れた。ハイエナみたいなのが沢山現れた。20はいる。こちらが7人なので、それなりの数が出て来たのかも知れない。

「行くぞ、アストラル!」

「はい!兄様!」

 エルフの兄弟が斬り込んでいく。

 兄は中々の剣さばき、弟もまあ何とか戦っている。

「やるねぇ。」

 トリパーが後方から見学。いや、本当に見学したいのは、ヤマトの剣の方。剣技ではなく、剣自体が見たいようだ。

 魔物の遠吠え。仲間を呼んだ。

 敵が倍に増えた。

 ヤマトが行った。トリパーも続く。

 ヤマトが背中の剣を、剣を……剣を、

 抜けない?!

「ええっ?!」

 驚きつつ、残念がりつつ、未練はあったが、剣の見学を諦めて加勢するトリパー。

 ユアのサポートもあり、敵を殲滅。

 ヤマトは、何も出来なかった……

 がっくりと、うずくまるヤマト。

「そう、落ち込みなさんな。」

 知らない声。

 見上げると、小柄な老人が立っていた。

「エルパド様!」

 ウルちゃんが駆け寄る。

「おお、お姉ちゃん、やはりまた会えたな。」

「誰?」

 ユアが浮いたまま寄って来た。

「精霊のお嬢ちゃんか、珍しいな。」

「剣聖のおじいちゃんだって珍しいわよ。」

 ウルルが言葉を返す。


 見えない砂嵐……砂嵐の結界はエルパドが作ったもの。本人に会えたのだから、中に入るのは簡単だった。

「エルパド様、お噂はかねがね聞いておりました。」

 レオンが恐縮している。

「兄上は元気かね?」

「はい。長老様は毎日うるさいくらいです。」

 剣士の目標でもあり、長老の弟でもある。畏まるのも当然だった。

「あれ?子供たちは?」

 ウルルが気づいた。

 大勢いた子供たちが、今は一人もいない。

「別へ移った。別の者に託した。今頃は都会を楽しんでいるじゃろう。」

 少し寂しそうだが、微笑んでいる。子供たちに心配は無さそうだ。

「そうだ、じいさん!」

 叫んだトリパーを、リムが慌ててたしなめる。

「老師様、ここに凄い剣があると聞いて来たのですが!」

 言い直して尋ねた。

「聖剣かね?その話は少し待っとくれ。」

 そしてレオンと大事な話を、いいや、みんなにも聞こえるように、大事な話を始めた。

「最近、予言の断片を良く見ると思ったら、やはりそうか、兄上が見ていたのか。」

「『最強の魔王』『総力戦』そんな尋常ならぬ言葉を申されておりました。」

「最強の魔王?!最強って大魔王ヴァグディーナじゃないの?!」

 勇者アイによって倒された大魔王だ。

「倒すに難きは、絶対防御の大魔王、

 戦うに難きは、攻撃も耐久も最強の魔王。

 今回の闇の空、人類総攻撃を大魔王が命じた中

 唯一、大魔王の傘下を拒んだ魔王、」

……それが、

「竜魔王[ガイゼルドラグ]じゃ。」

 衝撃!

 そして、尋常ならざる武者震いを感じている1人が、

「そうだ、少年。君も大いなる宿命を背負った1人だ。」

 エルパドに、断言されたヤマト。

『凄いドラゴンと戦う宿命』、凄いドラゴン……

 竜魔王[ガイゼルドラグ]?!

「気負うのはいい、」

 レオンに肩を叩かれた。

「……しかし、気負い過ぎるな。」

「……そうじゃ。1人で背負う訳ではない。」

 『最強の魔王』『総力戦』と予言にあった。

「さて、お待たせしたのぅ。」

 トリパーに向き直るエルパド。

「聖剣だが、」

 目を輝かせるトリパー。

「もう、無いよ。」

 固まるトリパー。

「そ、そんな?!」

 もっと驚くのはレオン。

「長老様の予言が崩れてしまう?!」

 慌てだす。アストラルも同様だ。長老の予言が外れるなど、考えてもいなかった。

「風聖剣があると、兄上は言ったかね?」

「か、風の聖剣の新しい主と……」

「そうだろう。」

 エルパドが剣を取り出した。

 黒い鞘だ。抜き出して、地面に突き立てた。

 緑色に光る、精悍な……黒い剣?!

「この前、この[風魔聖剣]と交換した。」

 あっさりと、とんでもない事を言った。

 簡単にポケ○ン交換のように言っているが、νガン○ムとサザ○ーを交換したようなものだ。

「魔聖剣は悪ではない。

 聖剣が昼なら、

 魔聖剣は夜。

 昼が善で夜が悪とは言い切れまい?

 聖剣は悪を選ばない。

 魔聖剣は善悪を選ばない。

 それだけの違いだ。」

 道理ではある。しかし、不安も残る。ただ、予言通りなら、ここで、

「さあ、そこの聖剣を抜いた者が、次の主だ!」

 そう、そして、

「本当か?!じいさ、老師様?!」

 前に躍り出るトリパー。魔聖剣に手を掛ける。力を込めるがビクともしない。

「無駄ですよ。予言通りなら、兄様が、」

「私では無い、アストラル。」

「えっ?」

 驚いて振り向き、兄の目を見る。

「お前が試すのだ。アストラル。」

 長老の話と違う?動揺するアストラル。長老の話……として聞かされた話と違う?えっ?

 そして、何故自分が同行を命じられたかに気づいた。

 ゆっくりと剣に手を掛け、

 引き抜いた?!

(そんな?!僕が?!)

 剣を上にかざし、兄を見た。エルパドを見た。そして、ヤマトを見た。

「2人はこれから、わしと厳しい修行じゃ。」

 エルパドと、アストラルと、ヤマト。

 宿命を背負う者が、まず2人。師匠の下で修行を受ける。

 2人以外は帰された。

「また、会えるよね?」

 ユアが訊く。

「強くなって……必ず!」

 ヤマトが答えた。


 砂漠を北上している。ちょっと西にズレながら北上している。

 教えられた伝説の剣3つが、全て空振りに終わり落ち込んでいたトリパーだったが、

「魔剣なら、1つ心当たりがあるぞ。」

 レオンの言葉で元気を回復。先頭を進む。

 ただでさえ、長身で歩幅が広いのに、自然と早足になる。気がつけば後ろと差が開いている。

「おいおい、遅いと置いて行くぞ。」

 振り返っては言うトリパー。

 置いていって困るのは自分だ。行き先の詳細を知らない。

「焦らなくても大丈夫だ。持ち主など現れぬ。」

 レオンが言い切る。厄介な魔剣らしい。

 砂漠を抜けて、森に入った。

 大陸の北半分を占める帝国の、西海岸沿いにずっと縦長に連なる大きな森。

 日光の届かぬ大森林地帯もあれば、藪や草むら程度の場所もある。

 今、進んでいるのは、トゲトゲの枝や蔦が群生している茨の道。剣でトゲトゲを斬り払いながら、道を作りつつ進んでいる。

 ……2人目以降は。

「おいおい、遅いと置いて行くぞ。」

 先頭を、トゲトゲを物ともせず突き進む、人化を解いてリザードマン姿に戻ったトリパー。

「痛く無いの?」という問いに、

「リザードマンの皮膚を見くびるなよ。」

 笑って答えてはいるが、

 あちこちに、はっきりとスリ傷、切り傷が見える。血も出ている。

 ただ、本人を見て解る。やせ我慢ではない。

(恐竜?脳が恐竜?!)

 さすがはドラゴンの亜種である。

 茨の蔦が、何重にも重なって、一本の巨木のようになっている場所に出た。

「その中に、魔剣が眠っている。」

 重なる蔦、1か所だけ、中が覗けるほどの隙間があった。

 剣の柄が見えた。手を思い切り伸ばせば届きそうではある。

「ただし、腕を入れれば、蔦が締め付けてきて大怪我をする!そして、手に持とうとすれば、」

「おおっ!抜けたぞ!」

 トリパーが血だらけの右腕で剣を掲げている。

 満足そうな笑顔だ。

「……痛く無いの?」

 一応訊く。

「こんなかすり傷、何ともないわ!」

 血だらけを、かすり傷とは言わない。

 リムが治療する。

「……痛く、無いのか?」

 治療中に、レオンが改めて訊く。

「見た目の出血が派手なだけだ。」

 治療中も、魔剣をしっかりと握っている。刀身が迷彩模様のように派手な剣だ。

「そうではない!みんな、柄を握れずに挫折するのだ。」

 トリパーが剣を持つ右手を開く。

 柄にも硬く鋭いトゲが幾つもあった。

「何と、気づかなかった。」

 笑っているトリパー。

 名を[茨の剣]。別名「諸刃の剣」「所持できぬ剣」。柄の棘が持ち手に突き刺さり、振るたびに激痛を生む剣。

「その辺の蔦を斬って、手が何ともなければ大丈夫だ。」

 試し斬り。平気で振り回している。

「これはいい!格が違う!こりゃ、名刀だ!」

 剣のあった場所に、鞘もあった。十分に堪能してから鞘に収めた。

 手のひらを見せてもらう。

 ガチガチの皮膚の硬い手のひらに、明らかに凹んだ穴ぼこが幾つも出来ていた。

「グリップが滑らず、しっくり来る」と本人談。

 強く握れば握るほど、威力を増す魔剣。

 彼が使いこなせるかは別として、

 彼以外には使いこなせないだろう……

「さあ、出て来い!魔物!」

 トリパーが先頭をワクワクしながら進む。

「出た!!」

 大きめの猪のような魔物が出た。

 茨の剣で一撃で倒す。

「おおっ?!やっぱ凄いぞ?!この剣!!」

 ワクワクしながら、さらに進む。

「出て来い魔物!出て来い魔物!」

 魔物が魔物を探しながら進む。

「おっ!出たか?!」

 草むらが、ガサガサと音を立てた。

「いや……」

 レオンが警戒している。

「囲まれたな……」

「派手にぶちかます?」

 ユアがやる気を見せた。

「いや、属性が不利だ。」

 レオンが剣を収めてしまった。

 そこそこ繁る森の中、現れたのは、

「裏切ったのか?レオン!他種族をこんなに連れて来て?!」

 エルフだ。若いエルフが弓を構えて現れた。

「長老に伝えてくれ。そうすれば解る。」

「信用できんな。」

 囲まれたな、と言った通り、エルフが次々現れた。全員弓を構えている。

『森では亜人には勝てない。』その最たる亜人がエルフ族だ。風属性の魔法も使う。

 投降するしか、無かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る