第102話 裸踊りをしな!

(仲間の誘い、受けておけば良かったかな?)

 思ってはいるが、どのみち間に合わない。

 今は夜。昼間別れた気のいい連中は、もう眠っている時間だ。

 移動手段を探す。夜の一人旅は無謀。昼間でも厳しい。だから昼間、彼らに同行を頼んだ。

「次の街まで行きたいんだけど。」

 理由を聞かずに受けてくれた。

「塔のある町を探しているの。」

「訳あって、ずっと一緒は無理だから、次の街までの仮契約で。」

 全て受け入れてくれた人たち。

「北の帝国にも、塔のある町があるって聞いて、そっちへ向かうつもりなの。」

 言ったら、もう1つ先の町まで同行するよ、と言ってくれた。

 鎧の兜だけ装備してた、変わったリーダーさんだったけど、すごく頼りになる人たちだった。

 町に着いたら夕方だった。

 彼らはじきに眠る。だから別れた。

 そして、夜。

(何てこと?!違った?!北じゃない?!)

 たった今、解った。

 店の横に馬車が止められていた。その酒場に飛び込んだ。

「おいおい、お嬢ちゃん。こんな所に来ていいのか?」

 ギャーッハハハハ!

 下品な連中で溢れていた。

 当然だ。プレイヤーはみんな眠っている最中、現実で起きている最中だ。酒場はゴロツキ、札付きばかりで賑わっている。

「表の馬車で、東の王国へ朝までに着ける?」

 一瞬の間。

 ギャーッハハハハ!

 また勝手に盛り上がるアウトローども。

「テーブルの上に乗って、裸踊りをしな!そうしたら、朝までに連れてってやるよ!」

 ギャーッハハハハ!

「絶対?」

 予期していなかったのか、また間があった。

「おう!絶対だ!……その代わり、全部脱げよ」

 ギャーッハハハハ!

 また笑いの渦が起こる。

「解った!」

 テーブルに飛び乗った私、一枚ずつ、脱ぎ始めた。

 ギャーッハハハハ!

 今日一番の下品な笑い声が、罵声歓声とともに響いていた。


「青二才が、こんな時間まで起きてるのが珍しいな。」

「いつもはおネムの時間なのにな。」

 ワハハハハハ!

 酔っ払う前なのに、先輩たちは上機嫌だ。

 だけど、今日は俺も上機嫌。夜遅くに俺抜きで開いている酒宴に、今日は参加出来るのだ。

「リーダーの奢り、超久しぶりっす。」

 そのリーダーは、今トイレに立っている。

「あの像を見せたの、正解だったろ?最近不機嫌だったのが、超ご機嫌だよ。」

 ワハハハハハ!

 嫌なことがあったばかりだ。みんな憂さ晴らしがしたいのだ。笑いながら、最初の酒を待つ。周りが騒々しいので、気兼ねなく話せるのもいい。

「大ジョッキ4つ、お待たせしました!」

 ビールが運ばれてきた。同時に、リーダーもノソノソ戻ってきた。

 リーダーは一番騒いでいる奥のテーブルを気にしている。

「無礼講だ。小僧から飲んでいいぞ。」

 先輩2人に勧められるまま、俺は一口。

「飲んだな。」

「……飲んじまったな。」

「はい……」

 少し不安になる。が、「お前が払え」と言うほど酷い先輩たちではない。

 リーダーが、体格のいい俺たちのリーダーが、席に着かずに奥のテーブルへと行ってしまった。

「……やっぱりな。」

「俺たちも行きますか。」

 先輩たちも立ち上がった。

(えっ?もうお開き?!)

 思う俺に、

「俺たちの分も飲んでいいぞ。」

 先輩たちも奥のテーブルへと向かった。

 あっと、違ってた。奥は俺たちだ。一番うるさいのは、入口付近のテーブルだった。

 酒のことしか頭に無かった俺、うるさい方を見ると、少女がテーブルの上で、ストリップをしていた。

「いいぞ!いいぞ!」

「どんどん脱いじまえ!」

 少女はもう下着姿だ。

 それでも、躊躇なく脱ごうとする。

 下着に手をかけた時、

 マントのようなモノで、少女が覆われた。

「何だ、てめぇ!」

「ケンカ売ってんのか?!」

 楽しみを奪われたゲスな連中が激怒している。

「あの馬車は、コイツらのじゃない。」

 マントをかけた男、俺たちのリーダーが、少女を正気へと戻した。

「いいや、俺たちのだ。たった今からな!」

 ギャーッハハハハ!

 ボスらしき男の言葉で、また騒がしく笑い出すゲス連中。

「窃盗罪成立だな。」

「あ?」

「ザンブル一家を知らねえのか?」

 親分の横の2人が同時に立った。2人とも、うちの大男のリーダーより、さらにデカい。いや、太い。

「窃盗1件じゃ、今さら賞金額は増えないと思いますよ。」

 助っ人①うちのジェベ先輩。髭のおっさん。

「何だてめぇら、賞金稼ぎか?」

 違います。でもお前らの賞金額なら解る。

「ハズレ。」

 助っ人②スタンプ先輩。太めのおっさん。

 相手が3人になったので、一家が全員立ち上がった。ありゃ?テーブル4つ分、15人もいた?!

「足りそうか?」

 と、うちのリーダー。

 俺は助っ人に行かない。ビールを飲む。「足りそうか?」は、店の修理費を差し引いても賞金が残るか?という意味だ。余裕で残る。余裕で倒せる。だから俺は、助っ人に行かない。

「ギリギリですかねぇ。」

 あれ?いつになく弱気なジェベ先輩。そんなに暴れないとダメっすか?

 でも俺は、ビールを飲む。先輩方が手こずるなら、俺はもっと手こずる。どのみち不要だ。

「ボコボコかズタズタかどっちか選びな!」

 一家がかかって来た。そうなるのはお前らだけどな。と、俺はビールを飲む。先輩の分も飲む。

 ……結果発表。テーブル2つ、椅子7つ、ガラス1枚、瓶、皿、グラス多数、全部弁償でも余裕のはず。ジェベ先輩、シラフなのに計算ミスだ。

「小僧、後始末な。」

「ええっ?!関与してない俺がっすか?!」

「飲んだ奴が留守番だよ。酔っぱらいに馬車は無理だろ。」

 全部飲んでいいってのは、これか!罠か?!

 ……あれ?馬車?!置いていかれるの、俺?!

「お嬢ちゃん、馬車に乗りな。朝までに東の王国だろ?急ぐぞ。」

 あ然としている少女に声をかけた。

 しまった?!馬車で飛ばす諸費用を差し引いてギリギリだったか?!

 そして、ホントに俺、留守番?!

 ……大体俺たち、目立っちゃダメでしょ、懲罰もんですよ?!

「本当に馬車?……私お金が、」

「裸を安売りした訳じゃないだろ?

 だったらさっき、たっぷり貰った。」

 リーダーが少女を荷台へ上げた。

「汚れたもんばかり普段見ているから、真っ直ぐなもんを見ると嬉しいのさ、うちのリーダー。」

 荷台の幌を外しながら、ジェベさんが笑う。

 つい最近も、目の前で命が散った。己の無力を嘆いていた、リーダーも、ジェベさんも……

 その場にいなかった俺でさえ、気持ちが沈んだ事件だった。

「幌が無い方がスピードが出る!ちょっと風が強いが、これで飛ばすぞ!」

 馬車が走り出した。


「東の王国のどの辺だい?」

「ランゾイって町。」

「ランゾイか……検問があるな、」

「街道ですかね?」

「そうだな、行ってくれ!」

 こうして「馬車街道」と呼ばれる道を進むことになった。

 徒歩の者はまずいない。途中に街がない。休める場所がない。時々、街へ繋がる分岐点があり、高速道路の出入口のように、目的地の手前で街道から外れたりはできる。基本、スピードを出せる道。まさに高速道路のよう。魔除けのランタンは必須だが、魔物はほとんど出ない。

 ……しかし、それは昼間の話。夜通ろうとする者はまずいない。そして、大陸横断の約7割に当たる距離を、一気に移動しようと試みる者もいない。

「ゴライアスだ。」

 リーダーが自己紹介。本名ではない。しかし、数ある偽名の1つでもない。

 コードネーム[ゴライアス]。裏では一目置かれる名前。気に入った相手には、この名を教えている。自分からは滅多に言わない名前だ。

「カスミです。カスミンです。」

 少女も名乗った。

 御者をしている太めがスタンプ。荷台に乗るもう1人がジェベ。そう名乗ってから、

「顔も名前も極秘事項だから、ナイショな。」

 言いつつも、みんな堂々と顔出ししている。次に会った時、気づかれないくらいの変装ができるという自負がある。筋骨隆々の大男ゴライアスだが、この世界ならまあまあいる体型だ。

「もうすぐ、魔物が出やすい場所を突っ切る。体を低くしててくれ。寝れたら寝てていい。」

 指示を出したゴライアスが、立ち上がり、万能袋から剣を出した。剣だけは、袋から出す動作が他と違う。まず、出そうとする時、腰の袋に手を伸ばさずに念じる。すると鞘が現れる。この鞘が万能袋の位置と同じなので、同じ動作に見えるのだが、鞘を背負っている場合、明らかに違う動作となる。

 ゴライアスの剣は背中にあった。大男でも腰に挿せない大きな剣、緑がかった黒い大剣、名を、ジュピターソード!

 彼女は知らなかったが、知っている冒険者も多い有名な剣。

『[世界]一重たい剣。切れ味と破壊力が凄く、斬った魔物の破片の切断面が「ジュ!」と焼けて「ピタッ」と岩に付いたことから、ジュピターソードと呼ばれるようになった。』

   民明書房刊―世界の武器百選―より

 サイトの「貴方が選ぶ、出会った中で一番凄い剣」のユーザー投票で1位にもなっている。

 その目撃の多くは、この男!

 魔物が現れた。夜行狼の群れが後ろから迫ってくる。20頭はいる。

「加速しますか?」

 御者が訊いてきた。

「大丈夫だ。」

 答えたのはジェベ。弓矢を取り出し、すでに狙いを付けている。

 次々狙い撃つ。致命傷にならなくても、馬車を追えなくなれば、それでいい。

 数頭逃し、馬車に迫る。

 いや、わざとだ。

 重たい大剣を片手で軽々と操り、飛び掛かってくる全てを一撃で屠った。

 全滅させた後、ジュピターソードを背中でくるりと、時計回りに一回転、鞘に収めた。

 次に出たは蜂の群れ。ナイトホーネットだ。

 カラスより大きなスズメバチ。道横から現れ、あっという間に囲まれた。

「後ろを頼む!」

 スタンプが馬を、ジェベがカスミを護る。

 荷台の果実酒を体にぶち撒けて剣を抜くゴライアス。匂いに誘われ自分に来た魔物を、剣の乱舞で次々斬り払う。何ヶ所かは刺されたが、全て1人で蹴散らした。

「回復薬を、」

 カスミが心配する。

 回復薬は荷台に沢山積まれていた。時々ビンがカチャカチャ音を立てていたので、気づいた。

「リーダーなら放っておけば治る。」

 ジェベがカスミを止めた。

「それは、働いている奴の分だよ。」

 リーダーが言うのと同時に、前から太い腕が伸びてきて、回復薬を2ケース、器用に片手で持っていった。

 その6本入りのビンのケースを、前方の2頭の馬に1ケースずつ投げ与えるスタンプ。

 当たった途端、馬が元気を取り戻した。

「どんな動物でも、全力疾走は続けられない。薬は全部馬用だ。それを使い切らなくては、朝までには着かない。」

 いきなりは用意できない。常に非常事態を想定して動いている人たちだ。

 カスミは確信した。そして、安心して、少し眠った。


 起こされるカスミ。関が見えていた。

「あそこで多分、止められる。」

 そして、その後の指示を貰った。

 もう明け方、しかし関では、まだ明け方。夜は閉められている関、やはり止められた。そしてやはり、奥に呼ばれた。

「小僧が知らせたな。置いてった恨みか?」

 3人で笑う。報告するなと命令しない限り、報告は義務だ。小僧と呼ばれる彼が正しい。

 その間に、馬車に隠れつつ、兵士の死角を通って、カスミが関を抜けた。

 走る!あと町2つを走る!強い魔物が出ないことを願って走る!

 ここからは1人だ。もし、ゴライアスたちの誰か1人でも同行すれば、検問破り、兵隊に追われる。目的にタイムリミットがあるなら、この方が着く可能性が高い。


「お呼びですか?カーネル隊長(仮)」

 奥の部屋で1人ずつ聴取されている。この部屋は、ゴライアスと、モニター越しの上司のみ。

「誰が聞いているかわからんのだ。余計なものは付けるな。」

「わかりました、(仮)」

「余計なものだけ残すな。」

 じらしつつ、受けつつ、互いの腹を探っている感じだ。

「で、何用でしょう?司令。」

「回りくどい時間稼ぎは無意味だぞ。部下たちはお前に強要されたと言ったが、拘束は解かんぞ。あの少女と合流できる者はいない。」

 カスミが抜けたのはバレている。

 でも安心するゴライアス。

「そうですか。」

「プランBが成功したという顔だな。」

「必死に西から連れて来たのを拘束したりする、野暮な司令じゃないでしょう?」

 長い付き合いだ。互いに色々読めている。

「で、何人で尾行させてます?」

「彼女の目的を話したら、経過を教えてやる。」「知りません。聞いてません。」

 嘘が無いのもすぐ解る。

「……またか、またそんな中途半端なことで、目立つ真似と、勝手な大移動をしたのか?!」

「『勇者は冒険者から現れる』当たってる格言だと思いません?

 何故か?彼らには常識外れの行動力がある。縛られるものが少ないから……そう思うんですよ。熱い若者を応援してやりたいじゃないですか!」

 意外と熱いゴライアス。それは、悲しみも多く知っているからだ。

「目的くらい聞いとけば、後が楽だろう!」

「目的聞いたら、一緒に行きたくなっちゃうじゃないですか……規律違反から、法律違反に発展しますよ。」

 冗談だが、本音でもある。

「とりあえず、次の任務まで謹慎だ。」

「へい。」

「それから……彼女は廃塔に向かった。」

「そういうとこ、好きですよ、(仮)!」

 これも本音だ。

「例のゾンビエリアだ。」

 担当外だが、噂は知っていた。顔色が変わる。

「彼女より市民の安全を優先する。お前が連れて来た事が、仇にならなければ良いがな。」

 真顔で黙るゴライアス。そして、

「ちょっとトイレに、」

「その部屋にある。部屋で謹慎は変わらんぞ!」

 さらにモニター越しから厳しい声で、

「次の任務は、もっと大勢の命が関わるかもしれん。彼女は一旦忘れろ。もう彼女は、東の連合国家の管轄だ。」

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