第103話 ゾンビエリア

「お願いします!」

「駄目だ。人がいるという報告はない。」

「では、門の中に入らせて下さい!」

「ダメに決まっているだろう!ゾンビ共が出てきたら、どうなると思っているんだ!」

 刑務所のように高い塀で囲まれた場所。大きな鋼鉄の門を警護する兵士たちに、カスミは何度も頭を下げる。必死になって食い下がる。

 なんたって、裸踊りまでしようとしたのだ。

 粘る。懇願する。しかし、取り付く島もない。


「あかさたな」

「あ さたな」

 ザ・ハンド?

 いえいえ、「立 禁止」では無いです。

 病院のベッドに寝たきりの妹。意識不明。

「貴方がいないと、アカサタナが揃わないのよ」

 以前は5人、一緒だった。年子のお姉ちゃんにいつもくっついて付いて来た妹。

 この[世界]では4人パーティ。友達4人と組んでいるパーティ。そこに仲間として、早くおいでと妹を呼ぶ。

[アカリン][サリー][ターニャン][ナナチィ]……足りないのはカ行。

「[カスミ]、早く貴方も来なさいよ。」

「[カスミン]、ずっと待ってるからね。」

 ちゃんと聞こえていたよ、お姉ちゃん達。

 私にとっては4人とも、お姉ちゃん的存在だ。

 ……私が意識不明になったのは、[世界]よりもずっと前、交通事故でこうなった。本来ならば高校1年、でも、中学2年までの記憶しかない。

 いつ頃だろう?声が聞こえた。それから時々、聞こえるようになった。水中で会話を聞くような感じ、聞きにくいが、慣れると結構理解できた。

 同じ高校に入れたお姉ちゃん達、[世界]でも同じパーティになれたと言う。

 [世界]って何だろう?

 寝てからも遊べているからと、昼間は良く御見舞に来てくれるようになった。私に[世界]での出来事を教えてくれる。楽しそう。

「貴方も沢山寝ているんだから[世界]に来なさい。」誘われている。私も行きたい。

 行けた!!

 来れたよ!お姉ちゃん達!!

 広い、広過ぎるよ[世界]。

 お姉ちゃん達を探しつつ、驚かそうとレベルも上げてる。

 急変した。

「魔物の罠にはめられた……」

「私達も寝たきりになっちゃうかも……」

 どこ?どの辺にいるの?!お姉ちゃん?!

 そして、

「あ さたな」が「  さたな」になった。

「ゴメンね……ゴメンね……アカリン……」

 お姉ちゃんが、私の横に寝ている。

 救援を呼ぶために、塔から出て、ゾンビの海を越え、塀に昇ろうとした。

 お姉ちゃんは武闘家。得意技は[空中殺法]。

 下に群がるゾンビの頭を蹴って、蹴って、ジャンプ、ジャンプ、バカ高い塀まで届いた。

 あとは上まで昇って、乗り越えて救援を頼むだけ……だったのに、手を掛けた塀の出っ張りが崩れ、お姉ちゃんはゾンビの海に落ちた。

 塔から見ていたみんなは絶叫!

「万が一の時に、貸して。」

 渡してあった、炎の魔法球。

 悲しいかな……ゾンビの群がる中で発火した。

「噛まれてゾンビになるなんて、絶対イヤ!」

 お姉ちゃんは言ってたらしい。

 そして……

 罠にかかって何日目だろう?

 明日、「     」になってしまう。

「もう、耐えられない……」

「限界……」

「終わりにしたい……」

 意を決して撃って出ると告げに来た。

「これからも、一緒だよ……」

 泣きながらお姉ちゃんに言っている。

 ここで一緒に入院する気だ。

「……ランゾイの町なんか、行かなきゃ良かった」

 ?!

 聞けた!やっと聞けた!町の名前!!

 助けに行くよ、お姉ちゃん達!

 待ってて!

 5人目の仲間が、きっと行くから!!


 元々高い塀など無かった。急遽囲った。魔法があればこそ、できた工事。

 使われなくなった塔で、何か光った。小さな塀に囲まれた古い塔。入口が何故か開いていた。

 闇の空で、物凄い戦いを見て興奮していた矢先のこと、自分たちも何か輝きたいと思って、敵の罠に誘導されてしまった。

 塔へ昇った直後、下でゾンビが湧き出した。

 すぐに尋常じゃない数に囲まれた。

 助けも呼べず、町ではなんと、高い塀を造ってしまった。あっという間に完成した。

 そして今、

「冒険者だね?」

 隊長クラス?制服の違う人物が現れた。

「カスミンです。」

 優しそうなイケメンに会えて安心するカスミ。

「騎士のロベルドフォンだ。」

 話も聞いてくれそうだ。

 しかし、ダメだった。

「アンデッドの湧き方が異常、そこを解明しないと中へは入れない。助けたいという気持ちは解るが、私も応援の身、指揮権は連合国軍にある。市民を危険にさらす訳にもいかない。」

 丁寧だが、断られた、

「私なら助けられるわ。」

 女性の声だ。

 黒のゴスロリ姿のやや小柄な女性が、従者を1人連れて、現れた。

 たちまち包囲される。

「あら?助ける前に鬼ごっこを始めるの?」

 中々度胸もある。女性相手に厳重包囲、只者では無さそうだ。

「目的は何だ?悪魔!」

 剣を構えながら問う。

「悪魔じゃないわ。ノワールって呼びなさい。」

 ピョンと飛び、従者の肩に乗る。

 身長がそれ程変わらないが、簡単にノワールを担ぐ従者。彼はこの騎士に、見覚えがあった。

(こいつは……俺を助けようとしたイケメン!)

 そして、

(この主は、俺を殺した女!)

 感情と行動が真逆に働くこの従者の剣士、

 俺は[シロー]、黒が嫌いな[シロー]。

 職業は、

 うわぁーーーーん!!なぜだーーーっ!!

 [ゴーレム(アンデッド)]。

「このゾンビの大発生が気になるの。私も調べたいのよ。」

 騎士ロベルドフォンが剣を収めた。

「一時休戦だ、忘れるな。」

「それで結構よ。私が人間を殺さないって証明して見せるわ。」

(俺は殺されたけどな……)

 とりあえず、場は落ち着いた。 

「で、貴方、あの木まで全力ダッシュなさい。」

 カスミを指差すノワール。

「それが、助ける条件?」

「いいから、剣持ったままよ。」

 言われるまま、ダッシュするカスミン。

「あの速さ、覚えたわね。」

「はい。」

 肩にノワールを乗せたまま、戻ってきたカスミを右手に掴むと、大壁の上までジャンプ。

 スーパー超人?(いえいえ、死人です。)

 上からノワールが、爆風魔法玉を投げ入れた。

 ゾンビが飛び散って、地面が見えたところへ、シローが2人連れで着地。カスミを背後にして、剣を抜こうとする、

「鞘ごとがいいわ。」

 肩の上からノワールが指示。

 鞘付きのまま、剣を振り回して道を切り開く。

 成る程、パワーがあれば、斬るよりも道を作れる。ゾンビを跳ね飛ばして進める。

(悔しいが、指示は的確だ。)

 そして悲しいかな、一切反抗できない。言いなりになる。

 塔に到着、カスミはまた掴まれ、ジャンプで一気に3階へ、

 ノワールがガラスを超音波のような魔法で砕くと、破片ではなく粒になって落ちた。

 中へ入るシロー。粒になったガラスは踏んでも刺さらない。気にせず入れた。

 ゾンビが上がってきたかと、怖がる3人の女性がいた。集まって抱き合って、震えて、それがやっとの3人の女性。泣き出している者もいた。本当にギリギリの精神状態だ。

「助けに来たよ!」

「人間……なの?」

「人間は1人よ」

 話をややこしくする黒のゴスロリ。

「?」

 また警戒されるが、

「私、カスミです。カスミンです。」

「……えっ?」

「アカリンの妹です!」

「嘘?」

「えっ?」

「病室で話してくれたお陰で、この町に来れたの!助けに来れたの!」

 3人とも、泣き出した。

「そっちの人達は?」

「人間じゃない……の??」

 カスミは笑顔で自分を指して、

「人間1人と、」

 シローたちを指して、

「恩人2人よ。」

 ホッとする3人。

「その紹介、気に入ったわ。」

 ノワールも笑顔になった。

「さて、脱出方法だけど……面倒だけど、1人ずつかしらね。」

 シローに向かい、

「担いで5往復よ!」

 シローが悪意なく、

「4往復半ですね。」

 ……沈黙のあと、

「主人の間違いを指摘して嬉しいのかしら?」

 折檻が始まった。慣れたように四つん這いになるシローのお尻を、黒い傘で叩くノワール。

 笑っていいのか?止めた方がいいのか?

 少しだけ明るくなる3人。

「でも、」

 窓の外、ゾンビが湧いているらしき箇所を見つめるノワール。

「何か起きるかと思ってたんだけど……」

 起きた!

 その、ゾンビが湧いている場所から、黒いモヤモヤっとした球体が、上空に、カスミたちのいる高さまで上がり、そこから翼、

 蝙蝠のような、悪魔のような翼が伸び、その翼を持つ女性が出現した。

 黒に近い紺色の服、ちょっとメイドっぽい飾りを付けた若い女の悪魔。いや、翼以外は人間と同じ、美人メイドの悪魔?!

「やっぱりね。」

 と黒のゴスロリ、ノワール。

「残念だわ。小者の方が釣れたわ。」

 と紺のメイド。

「小者?」

 ちょっとイラつくノワール。

「裏切り者って言うべきかしら?」

 メイドの方も、かなり睨んでいる。

「裏切った覚えは無いわ、フランシス。それから、貴方に小者呼ばわりされる覚えも無いわ。」

 やはり、顔見知りだ。

「どっちが小者か教えてあげても良くてよ。」「フン!これだけのアンデッド、お前の力で出せる訳ないわよね?」

 対決必須の雰囲気だ。シローが剣を構え、主の横に立つ。

 と、

 フランシスの時とは比べ物にならないほどの、

妖しい黒い球体が出現!

 放電が見える。ドス黒い雷雲の塊のようだ。

 そして、こちらも翼、鋭利な悪魔の翼!

 その翼を持つのは、またしても女!

 宝石を散りばめた黒いドレスの妖婦人、黄金のティアラを着けた高貴なマダム。

「ヴィランゼッタ様?!何故こちらに?!ノワールなど、私で対処いたします?!」

 空中でひれ伏すフランシス。

 慌てている。焦っている。怯えている。

 もう一人、震えながらひれ伏す者、

 ノワールも同様に、顔が強張っていた。

「裏切ってない?本当かしら?」

 氷のように冷たい言葉。

「は、はい!もちろんです!」

 偽りなき瞳を見てもらおうと、顔を上げたノワール。隣りのシローがチラッと見えた。

「えっ?!ぐっ!ウゴぉ?!」

 不自然な形で折れ曲がり、強制的に床に平伏させられたシロー。糸の切れた操り人形のように、床にへばり付く。

 頭が高い!と言いたいのだろう。

「ブランシェをまだ追っているのかしら?」

「当然です。ネクロス様の仇、絶対に始末いたします!」

 ノワールの決意の瞳は本物だ。

「……よろしい。」

 許された。

「つきましてはお願いが……このトラップの消去を、是非……人間どもに私まで警戒されて、動きづらいのです。恩を売り制限なく行動したく…」

 出過ぎた発言に当たるのか、ヴィランゼッタの顔を見ない、見れないノワール。下を向いたまま言葉を続ける。

「良いでしょう。どのみち『アノヒト』が復活すれば、こんな小細工も不要になります。

 貴方に任せましょう、ノワール。」

 氷の瞳がノワールを見下す。

「はい……お任せ下さい。」

 顔は見れぬままだが、失敗は許されないと理解したノワールだった。

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