第104話 貴方は負けるわ!

 無数にいたゾンビが全て消えた!

 高台からの見張りの知らせを受け、囲いの大門が開かれた。

 警戒して中へ入った兵達だったが、本当に全くいない。ゆっくりと歩いてくるノワールたちしか見当たらない。

 補助なく歩けてはいたが、ずっと籠城していた3人は、かなり疲弊していた。

 実は[世界]では、飲食しなくても行動はできる。空腹感を感じるが、体力的な支障はない。

 MPの消耗、こちらが重要だ。気力に影響し、ゼロに近づくと動けなくなる。思考も鈍る。

 ゾンビが発生した時点で、街中ながら、MPの回復しないダンジョン扱いとなった塔周辺。

 ギリギリの救出だったと言えよう。

 そして、ノワールは免罪符を得た。監視付きだが、国内の自由行動を許された。

「魔王の娘[ブランシェ]を討つ!」

 その言葉を100%信じた訳ではないが、連合国家から行動許可は降りた。

「私たちも連れて行って下さい!」

 助かった3人とカスミ、恩人に懇願した。

「足手まといだわ。」

 一蹴された。

 が、3歩進んで振り返り、

「美味しいお店、解る?」

 サリー、ターニャン、ナナチィに、笑顔が浮かんだ。どちらかと言うとエンジョイ組、得意な仕事が舞い込んで来た。


「この、残念な下僕がね、全然お店を知らないのよ。」

 テーブルを囲み、ケーキを食べつつ、ノワールが愚痴る。

 知らなくて当然だろ!という目で、後ろからにらんでいる、立ったままのシロー。

 俺より不幸な奴なんて、いるのか?

 そういう目で見ている。

 初日に殺されたのだ、知らなくて当然だ。

 下僕とは同席しないゴスロリ令嬢だが、知人は別らしい。女性5人で丸テーブルを囲む。

 シローが見える側に座っている2人、ちょっと気まずい。

 早く人間になりたい!と、思っているように見えてしまう。

 テーブルの中央の大皿に、まだケーキが残っている。そこへ手を伸ばしたのはノワール。おかわりを取ろうとして、

 ……

 手が止まった。

「来たわ。」

 視線はケーキより遥か先、遠くから近づく人物を睨んでいる。

 たった今、馬車から降りた令嬢。

 白いドレスの令嬢。従者を2人連れた令嬢。

 主の感情の変化を感じ取れるシロー。ゆっくりと立ち上がって前へ進んだノワールの後を歩みつつ、テーブルの4人に下がるように合図した。

 そのあとノワールの横に立ったシロー、剣を抜いて、急加速で走り出した!

 白の令嬢に一撃!

 それを令嬢の従者が、剣を抜いて阻んだ!

 シローを止めたのは、大柄の中年執事では無い方、普通の剣士に見える若者の方。

「待ってた甲斐があったわ。」

 睨みつけるノワール。横にシローが戻った。

 ゾンビの大量発生を耳にし、自分も確かめに来た。ブランシェもきっと来る。読みは当たった。

 互いに不死の(既死の?)ゴーレムを持つ、白の令嬢[ブランシェ]と黒のゴスロリ[ノアール]が向かい合う。

 白と黒。白いドレスと黒いゴスロリ。黒髪に白い服と、白に近い銀髪に黒い服。従者はプレイヤーのゴーレム[クロー]と、同じくプレイヤーのゴーレム[シロー]。白が嫌いになったクローと、黒が嫌いになったシロー。

 何もかも対照的な、2人の対峙。

「何故、ネクロス様を殺したの!!」

「私が理由を言ったら、それを信じるの?」

 高飛車なのは、唯一の共通点?

 戦いは避けられない。

 憎悪が強いのがノワール。

 冥界のプリンス[ネクロス]の仇討ちに燃える、黒のゴスロリ嬢。

 今、この為だけに生きていると言ってもいい。

 かたや、白の令嬢。彼女が殺したネクロスは、実の兄。

 何があったのか?

 2人の口からは、何も語られない。自分たちの事は、何も語ろうとしない。

 下僕の2人は、何も事情を知らない。

 白の下僕[クロー]黒の下僕[シロー]。

 何も知らないまま、何のためにかも解らず、全く恨みのない相手と向かい合う。

「邪魔だから、ちょっと離れて戦いなさい。」

 逆らえない。指示通りに動く人形。

 しかし、移動中、ちょっとだけ余裕ができた。

「……剣はやめない?」

「……うん、そうだね。」

 どんな修羅場になるか、想像できた。だから動けた一瞬で、2人とも剣を投げ捨てた。

 死闘の始まり!

 体力超人同士の、ガチの殴り合い。手加減なしの、殺し合い。

 痛い!めちゃくちゃ痛い!ちょー痛い!

 ……でも、主の命令が絶対!!

 やめたい!休みたい!逃げ出したい!

 ……でも、戦わねばという気持ちが生まれる!

 この[世界]は、こんなにも精神を支配できてしまうのか?!危険過ぎないか?!

 マスターが人類を滅ぼせと命じたら、俺は逆らえるのか?!

 思いながらも、体が死闘を繰り広げる!

 指が折れても、治る。皮膚が抉れても、治る。

失明しても、骨折しても、また治って戦う。

 周囲の人間はとっくに避難した。最初の剣撃で逃げ出して、居なくなってから始めた。

 見ているのは、カスミたち4人。でも見ていられない。あまりにも、壮絶!!

 それでも、ゲーム仕様の規制があるのか、グチャグチャのスプラッターな見た目にはならない。運営に感謝したい所だが、できたら痛みもゲーム仕様でお願いしたかった。

 それでも戦う。本気で戦う。

 主の心が、戦えと命じている。


「貴方は負けるわ!」

 ノワールが言う。

「ゴーレムの強さは主の強さで決まる。

 過去一度も私に勝ててない、貴方は負けるわ。

 私の方が強いもの。」

 睨みつけたまま、事実を言う。

 ……だからこそ、信じられない。

 魔王の後継、父に劣らぬ実力者と謳われたネクロスが、同じ血を引きながら、ゴーレムを作り出すことも出来なかった劣等生のブランシェに、

 『何故、殺されてしまったのか?!!』

 あの、寡黙な麗人、麗しき黒髪と凛々しき顔立ちの、人柄も所作も、心根も人当たりも、全てにおいて完璧な(※個人の感想です)ネクロス様が何故?!ネクロス様を何故?!一番慕っていた実の妹が何故?!

 『許せない……』

 憎悪と憤怒の視線がブランシェを睨む。

「貴方の言う通り、貴方は私より強い……」

 気位の高いブランシェが認めた。

 しかし、

「貴方は負けるわ!理由は、貴方の言う通りだからよ!」

 この場所は、廃塔の近くの公園。

 あちこちに、大きな石を利用したオブジェのある公園。その、そこかしこに、血の跡、激突の跡が増えていく。2人の対話の最中も、激しい戦いは続いているのだ。

 その一方が、ちょうど2人の令嬢の間に、飛ばされて来た。

 そして、

 大きな石が降ってきた。

 ロードローラーを落とされたような衝撃、

 下にいた者が、時を止められたなら脱出も可能だったろうが、胸から下を潰された、下敷きになった。石を跳ね除ける力がない。いや、上に相手が乗っているため、力関係が発生し、弱い力では石がどかせないのだ。

「何で……何でよ?!」

 やられた方、下敷きになった方を見て、

「私の方が強いのに……?!」

 半狂乱のノワール。下になっているのは自分のゴーレム、シローだった。

「まだ気づきませんか?ノワール様。」

 沈黙と静観を破って、ブランシェの執事が前に出てきた。

「このゴーレムは……お兄様のゴーレムなの。」

 憎き敵から、衝撃の言葉を聞くノワール。

「お兄様が、私を守るために造ったゴーレム。だから、貴方のより強いのよ。」

「う、嘘……嘘よっ?!」

 首を振る、否定する、しかし、それが本当なら

……それが真実以外、この状況は納得できない。

「お兄様が、自分を殺させるために造ったゴーレムなの……」

(嘘よ?!)(嘘よ?!)(嘘よ?!)

 心で何度も叫ぶも、真実はそのゴーレムが証明している。

「私にはお兄様は倒せない……頼まれたって、殺せない……」

 泣き出すブランシェ。

「人間をお好きだったネクロス様が、人類虐殺を強要され、魔王様に強制支配される前に、自らの命を断たれたのです。」

 先を言えなくなったブランシェの代わりに、執事が説明する。

「私とお嬢様は、目の前に居ながら、止められなかった……」

 その執事にも、涙が溢れる。

「ノワール様、貴方がお好きなのが、鬼神のように強きネクロス様であるならば、貴方は魔王軍として戦いなさい。」

 諭すように続ける執事。

「でももし、貴方がネクロス様の笑顔がお好きであったなら、貴方は、

 人間側につくべきです!」


「……マスターが人間の味方側で良かったよ。」

「……俺もそう、思っていた。」

 喧嘩によって得られた友情。命が幾つあっても足りないレベルの、ガチ喧嘩だったが、

 終わってほっとしている2人の下僕。

 並んで座って語り合っている。

「……なあ、俺たちって、

 額に『无(うー)』って書くべきじゃね?」

「……俺もそう、思っていた。」

 友情というより、同情?

 それでも、あの、人に非ざる戦いが、新たな絆を生んだのだとしたら、少しは人間らしいことが出来たのでは?と、感じている2人だった。

「せめて『おれは人間をやめるぞ!』って言ってからアンデッドになりたかったよ……」

「俺なんか、最初からアンデッドだったぜ……」


 令嬢が2人、お茶を飲んでいる。

 馬車の客車の縁に並んで座り、ティータイム。

「……ほんと、足のむくみが取れるわ。」

 例によって、俺を足台にしての休憩。

 ……今日は、白黒2人の足台。

「……こうやってね、時々踏みつけて、お兄様を奪った恨みをぶつけているの。」

 そうだったのか?!

 ……謎がまた1つ解明されていく!

「貴方も毎日、踏みつけるといいわ。」

 今日は、ではなく、今日からになりそうだ。

 しかも、時々から毎日になっている。

「ロックハンド、貴方もお茶したら?」

 傍らで、ティーポットの盆を持って立つ執事を誘うノワール。

「そうね。そうしなさい、セバスチャン。」

「では、お言葉に甘えさせて頂きます。」

 まだ解明されない謎、

(何で、セバスチャン?!)


 ……

(俺は、反省していた。)

 一見ほがらかなティータイムの光景を、追っかけ?の女性冒険者たち4人と遠巻きに見ながら、反省していた。

 自分が一番不幸だと思っていた、その甘さを反省していた。

(上には上がいる!)

「ティーポットはどっかその辺に、」

「ちょうど良いのがあるわ。」

 ゴスロリに呼ばれた俺。

 四つん這いの人間テーブルの完成。

 熱いティーポットが、背中に乗っている。

「動かないでよ、私たちにかかるわ。」

「お嬢様方にかかる前に、私めが遠くにテーブルごと蹴飛ばしましょう。」

「そう、なら安心ね。」

「こういう時、壊れないテーブルは便利ね。」


(俺は多分、この[世界]で2番目に不幸、

 上には上がいる!……そう思うことにした。)


 下には下がいる……かな?

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