第96話 勇者を知る者

 勇者の像がある。

 勇者の像と呼ばれているが、勇者たち7人の像である。

 他の街にも建つ予定らしいが、今はここだけ、この街だけ。(レプリカなら博物館にある。)

 ……ただ、勇者アイたちがこの街に来たのは1度だけ、それも素通りしただけである。

 では何故、この街に像があるのか?

「町長が決めたから。」

 まあ、確かにそうなのだが、

「再スタート地点の1つだから。」

 これが正解だろう。

 割りと近い距離に複数の隣町があり、周囲の敵はさほど強くない。

 大魔王を倒したことで、多くの者が意識を回復し、そのまた多くが、[世界]に復活した。

 そのまた割りと多くが、倒れた場所の最寄りの街からではなく、再スタートしやすい場所からとなった。

 中には、初めて訪れる場所から、再スタートした者もいる。


 彼もそう。勇者の像を見上げている中の1人、

周りと比べると小さな、本当に小さな、実は中学1年生の男の子。

 職業は[戦士]!名前は[ヤマト]!

 敬意と感動をもって、勇者像を眺めている。

 観衆の一番前にいる。台座だけでも彼の身長より高い。そこから等身大の立像。7人の先頭に勇者がいるが、そうとう見上げる形になる。

 それでも、一番前で、見たかった。

(アイさんって名前だったんだ……)

 会ったのは1度、別れてから、互いに名乗ってないことに気づいた。

 その最前列の彼より、さらに近くで見ようとする者??

 勇者の顔まで50cm……50cm?!

 宙にでも浮かなければ……宙に浮いている??

 ヤマトと同じくらいの身長、女の子が宙に浮いている?!

 美しいものが嫌いじゃない女性からお下がりを貰ったような、地味な色の大きめサイズのワンピースをヒラヒラさせて、少女が宙に浮いている。

 手には……石?

 石?!

 少女が握れる大きさだが、それを勇者像にぶつけようとしている。

「ダメだ!!」

 大声で叫んだヤマト。

 彼女がヤマトを見た。周囲の観衆も一斉に彼を見た。みんな不思議そうな顔で見ている。

 少女が浮いているのは、不思議では無いのか?

 逆にヤマトの方も、みんなに驚いていた。

「こっち!」

 浮いていた少女が高度を下げ、ヤマトの手を掴み、引っ張って人混みから抜けた。

「何かおごって。」

 地に足をつけ、少女は歩き出した。ファーストフード店が並ぶ、商店街の方へと進んでいる。

 少女はテーブルで待っている。

 バーガー3種とドリンク3種、それとポテトを持って、ヤマトが戻ってきた。

「たくさん買って来て!」

 少女の注文。

(そんなに買えないよ……)

 思いつつもバーガー店の列に並び、自分の所持金を確認してビックリ?!

 やられる前に、確かにそこそこの数の魔物を倒した。その報酬分が増えていた。

 ……そう、彼も再スタートのプレイヤーだ。

 今日、この[世界]に戻ったばかり。

 バーガー2個とドリンク1つを選んで、残りをすっとヤマトの方へ返した少女。好みが解らないので違う種類を3つ。選んでくれて一安心。

 でも、解らないことがまだある。

「どうして勇者様に石を?」

 バーガーをがっついていた動きが止まる。

「アイくんに投げる訳ないでしょ!」

 アイくん?

「隣の召喚士よ!」

 隣?召喚士って、確か……

「あそこに居るのは、お姉ちゃんじゃなくて、

 私のはずだったのにぃ!!」

 かなりの大声が出た。

 周りを見回すヤマト。しかし、誰も気にしていない。こちらを見ていない。

「貴方も出戻り組?」

 復活したプレイヤーをそう呼ぶ者もいる。

「うん、君も?」

「そうよ。」

 目線は合わせない。食べるのが7割、会話が3割といった感じ。

「えーーっと…………………………幽霊?」

 食べるのが止まった。

「アハハハハハ」

 笑ってヤマトを見て、

 すーっと宙に浮き、隣のテーブルへゆっくり近づく。

 女性のハンバーガーを手に取った。

「あれ?バーガー消えた?!」

 慌てている女性、すぐ横に、バーガーを持った少女がいるのに。

 バーガーを置いた。

「あれ?何で??」

 突然戻ったバーガーに、今度は驚いている。

 席に戻った少女。

「そうよ、幽霊よ。」

 改めて言われて驚くヤマト。喉を潤すためにドリンクを飲む。

「……貴方もね。」

 ドリンクを吹いた。

 隣の女性が驚いてヤマトを見る。

「嘘よ。私も幽霊じゃないわ。」

 一安心。さっきと合わせて二安心。

「幽霊みたいなもんだけどね……」

 ちょっと沈んだ顔を見せた。

「ところで、」

 食べ終わった彼女。やっと落ち着いて食べ始めたヤマト。

「どっちがリーダーになる?」

(えっ?!)

 驚いた顔を向けると、

「買物も出来ないのよ。このまま見捨てる気?」

 確かにそうだ。

「都合がいいから、リーダーは貴方でいいか……名前は?」

「あ、ヤマト。」

「ヤマトね……私は[ユア]、[精霊]よ。」

「精霊?!」

 ある意味、幽霊より驚きだ。

「モラルが高いか、聖職者か……あと、人間以外だったかな?他には見えないし、聞こえないの」

 やっと納得できた。

 いや、出来てないヤマト。

「えっ??僕はどれ??」

 呆れるユア。

「それ、アイくんの義義の腕輪でしょ?!」

 両腕に付いてる腕輪を指差す。

 アイと違って、中1の身体だと結構目立つ。

「あ、うん……」

 勇者と知り合いは嘘じゃない。今、確信した。

「モラルが低い人は装備できないわよ。」

 初めて知ることだらけのヤマト。

 当然だ。彼のプレイ歴は、まだ3日。3日目に魔物の軍勢にやられた。

 残る疑問は1つ、

「お姉さんと、仲が悪いの?」

「仲良いわよ。」

 即答?!

「……ああ、石ね。

 目覚めたら、お姉ちゃんの方がアイくんに詳しくなってたの。だから、ちょっと腹がたったの。それだけよ。」

 解ったような、解らぬような12才。でも、とりあえず、安心した。

 ユアが手を開く。

 手品のように、一瞬にして石が現れた。

「土の精霊なの、私。」

 それで、とっさに石……

「炎の精霊だったら、燃やしてたかも……」

 とりあえず、安心していいのか?

「……自分に腹を立ててるの。

 街中に商売してる亜人の店があってね、」

 先祖、または近親者が亜人。見た目も、能力も人と変わらないことが多い。

「でね、アイくんの誕生日に、亜人の店なら1人で行けて、サプライズで用意できるでしよ。

 それで行ったら、ちょっとお金が足りなくて、近くでザコ退治と外に出たら、風属性の変なのが出てきちゃって、まあ倒せるかなって、過信してやられちゃった……」

「そっか……」

 すごく解る気がした。

「僕も……アイさんに『無茶と勇気は違うよ』って言われてたのに、無茶してやられた……」

「そっか……」

 今度はユアが相槌をうつ。

「あんた、アイくんに似てるわ。」

 褒められたようで、嬉しかった。

「で、武器はどんなの使ってるの?」

 腰の鞘を外して、テーブルに乗せた。中1でも振り回せる、やや小型の剣だ。

「……ダメね。アイくんは凄いの使ってたわよ。身長くらい大きいやつ。」

「えっ、でもこれ、結構使いやす…」

 鞘から抜いて見せたら、折れていた。

 思い出した。魔物に折られて、やられたんだ。

「全然、ダメね。」

 剣を買いに行くことになった。

「……言ってくれて、ありがとう。折れた剣のまま、戦うところだったよ。」

「……あんた、アイくんに似てるわ。」


 広場の前を通った。人だかりが出来ていた。

「村を救って下さい!」

 ヤマトたちと同い年くらいの少年が、冒険者に助っ人を頼んでいる。募集イベントだ。

「ドラゴン退治の協力をお願いします!」

 難易度の高いドラゴン討伐の募集イベントだ。

「行こう!」

 広場へ走り出す。

 呆れた目でユアが見る。今日で4日目のプレイヤーだと、自覚しているのだろうか?

 宙に浮いて飛び、追いつくユア。

「あんた、やっぱりアイくんに似てるわ。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る