第88話 激戦の裏側
[闇の空]が始まった。
南都の病棟にルークが入院してすぐに。
大魔王ヴァグディーナが完全復活したのだ。
「治ったぞ。」
本当は大声で叫びたいシュロスだったが、静かに病室に入って来た。
ルークは眠ったままだ。片時も側を離れないチィに、気を紛らせるため、セピアが絵本を読んで聞かせている。
「……パパとママと3人で、幸せに暮らしましたとさ。」
「良かったね。」
笑うチィ。
「良かったね。」
笑い返すセピア。
「お菓子、食べる?」
「うん。」
絵本に区切りがついた所で、おやつタイム。
チィを膝上に乗せたままだが、
「おまたせ」という表情で、シュロスを見るセピア。
「驚け、凄い人に治してもらった。」
両腕を見せるシュロス。火傷が完全に消えている。
「完治?!」
「ああ!」
思い出して興奮するシュロス。チィはお菓子に夢中、他は眼中にない。
「なんと、司教7聖の、」
「アレクサイト様?!」
大声を出したのは、注意する側の看護師。
南都の聖教会のトップクラスが、従者2人だけを連れて、一般病棟に現れた。
この病室にはベッドが6つ。全て負傷者で埋まっている。魔王軍の大軍団が南都を攻撃してまだ1日だが、早くも多くの死傷者を出していた。
そんな時に病室に7聖が現れ、大騒ぎになるかと思いきや、
アレクサイトが右手を軽く動かすと、静かな風が流れたような感覚を受け、周囲の人々は何事も無かったかのように振る舞い始めた。
[静結界]と呼ばれている。
司教7聖なら誰でも使える、自分に関心を示さなくさせる暗示。一種のマインドコントロールなので、緊急、重要以外ではほぼ使わない。
「さ、先程は、」
緊張するシュロス。たどたどしくお礼を述べる。静結界は人を選べる。彼は認識側のようだ。
「誰?」
チィがアレクサイトを見た。
「これ、無礼だぞ!」などと子供に言う従者は、アレクサイトの側にはいない。
「こんにちは、お嬢さん。」
屈んで目の高さを合わせて微笑む、高貴なアラサーイケメン。
「パパ?」
「パパではないね。」
「ママ?」
「ママでもないね。」
「誰?」
「君のマスターを、ちょっと診に来たんだ。」
視線を、眠ったままのルークに向ける。
「……うん、大丈夫だ。近々目覚めるよ。」
安堵する、セピアとシュロス。
「邪悪なモノが入り込んだのを、必死に追い出そうと体が戦っている……そんな感じの状態だ。
経過は悪くない。彼は勝つよ。」
言い残し、早々と退室した。
廊下で、
「驚いたな……魔王と千年竜が、あんなにも穏やかに……」
「えっ?!今、魔王って言いましたか?!」
歩きながらの独り言に、従者が慌てた。
「ハハハ。これは知らなくても良い事の中でも、トップクラスの案件だぞ。それでも知りたいかい、リム?今夜から眠れなくなるぞ?」
「……止めときます。何も聞かなかった事にします。」
「ハハハ。その方がいい。私のように図太い人間でなくては、抱えきれん。」
「これから慌ただしくなるのでしょうか?」
女性従者が尋ねる。
「一応、法王様にはお知らせする……が、慌ただしくなるのは、そっちではないぞ!」
「戦いの方ですか?」
「この前、牢屋から出した冒険者が、早速大活躍しているそうですね。」
「……これからだ。凄い敵が来る。法王様の予言だ。希望、絶望、壊滅、終わり……」
「良い言葉、『希望』だけですか?!」
「知りたいかい?」
「……いえ、止めときます。」
「ハハハハハ!」
笑っているアレクサイト。
しかし、心の中では、
(北からの「希望」、
それを失う「絶望」、
犠牲による敵本陣の「壊滅」、
何かの「終わり」……
まだ見えて来ない……
敵を壊滅させる力とは何だ?
彼の中の魔王?彼の犠牲で目覚める?
見てきたが、今では無さそうで安心した。
では犠牲とは誰か?
終わりには2種類ある、
ハッピーエンドか、バッドエンドか……)
司教7聖アレクサイトの弟子がプレイヤーだったのは驚いた。ただ、そのコネで仕事……役目をもらえたシュロス。医療班に配属された。
治療代、入院代が無料。チィを含め3人が一日中看病で居座っても無料……逆に申し訳なくなって志願した。
「(7聖の弟子の)リムさんが羨ましい?」
セピアに尋ねられた。
「いいや。」
本心から否定する。
「俺の目標はもっと上だよ。」
笑って答えてから、担当現場に向かったシュロス。正直、上かは微妙、個人の価値観による。
ただ本当に、今のパーティで満足している。
彼の目標は「チィに話しかけてもらうこと。」
いつか、仲間として認識されたい。それが彼の目標だ。
次々に負傷者が運ばれてくる。兵士が多い。NPCがほとんどだ。城壁の上から攻撃できる魔法使い、弓隊には重症者がほぼいない。
そしてこれでも、運ばれてくる負傷兵が、最初に比べると激減したんだそうだ。
「冒険者で凄いのがいるんだ。」
「魔物の姿の冒険者なんだが、先頭に立って戦ってくれている。」
負傷者たちが、守り神のように語る。そんなプレイヤーがいるらしい。
(俺たちを助けてくれたミラクルマン(仮名)みたいな人が、他にもいるのか……)
その日の土産話はできた。チィへのお土産のお菓子も少し買った。
病室に戻ると、ちょうど壁の本棚へ、絵本の交換に来たチィと鉢合わせ。
「ねえ、チィのパパとママは?」
最近のチィのお気に入り、優しいパパとママに囲まれて幸せに暮らす女の子の話。
……ってあれ?
あれれれれ????!!!!
(今、俺に話しかけてないか?!)
チィの目線の先にはシュロスしかいない。
ルークはまだ眠ったまま、セピアはその側に座ったまま。
「チィのパパとママはどこ?」
やはり自分に話かけている、有頂天になるシュロス。
(何か言え!気の利いたこと、何か言え?!)
シュロス、何を思ったか、指を差す。
チィが見る。
「パパと、ママだよ。」
寝ているルークと、座っているセピアを指差した。一番喜びそうな嘘を付いてしまった。
「パパとママ?!」
満面の笑みのチィ。
(うん、満足。)
後でどんなお叱りも受けようと覚悟を決めた。
「ママーーーっ!!」
チィがセピアに抱きついた。
「えっ?!」
セピアが驚き、そして、シュロスを見た。
睨む視線から目を逸らすシュロス。
「パパーーーっ!!」
眠っているルークにも抱きつくチィ。
「……ん……っ」
ルークが目を開けた。
「パパっ!!」
再びギュッと抱きつくチィ。
「……チィ…あれ?僕?」
病室のベッドにいることに気づいたルーク。
「パパ!」
「……えっ?パパ?!」
「どうしてくれんのよ!」
廊下でセピアに詰め寄られるシュロス。
結局、ルークは押し切られた。柔らかく否定しても無理なので、パパを受け入れた。
「い、いやあ……初めて口を利いてくれたから…
テンパった……悪りぃ」
「何とかしなさいよ!」
「無理です……」
実際ムリだし、面白いので放置することにしたシュロス。
担当現場に逃げるように向かった。
「……パパとママと3人で、幸せに暮らしましたとさ。」
「……ま、し、た、と、さ。」
ルークの膝の上で笑うチィ。まさに親子だ。
「お兄ちゃん、とかじゃダメ?」
「パパ!」
そうやって押し切られた高校生ルーク。でも悪い気はしない。もう会えないと思っていた。外での激戦を解ってないのもあったが、幸せな時間だった。
「次、ママ読んで。」
別の絵本を取りに来たチィ。新しい本を棚から取ると、真っ直ぐセピアに走ってきた。
(……あれ?私のポジション、格上げされた?)
気づいた。
ルークがいれば、ルークにだけべったりのチィ。手をつなぐのもルークとのみ。
……だったのに、これは……嬉しいかも!
ここだけ平穏な時間が流れていた。
夕方、ルークとチィは同じベッドで寝ている。
シュロスが戻って来た。元気がない。
防御側のエースだった冒険者が、今日、ボロボロの状態で運ばれてきた。
大きな鬼の姿で……意識不明の重体。
敵将に、全く歯が立たなかったと言う。大きさでも圧倒されていたと言う。
(勝てるのか……??)
不安になる……でもみんなには言えない。
翌日、帝都からの援軍に沸く。
「鬼の兄ちゃんも強かったが、フリード様は、その100倍は強い!」
話半分でも希望が見えた。
さらに翌日、希望のフリード様が相討ち。南都を滅ぼしかねない強敵の死より、英雄を失った悲しみの方がみんな強い。希望をあえて挙げるのなら、鬼の冒険者が早くも回復し、退院した事。
次の日、
「フリード様の聖剣が、南門を護っているらしいぞ!」
明るい希望となる話。敵が近づくと、主の無き聖剣が自動発火して敵を焼くという奇跡。
……
そして午後、
闇の空が、強烈な眩しさで光った。
……それが魔法爆弾だと、立体映像で知った。
これは……喜んでいいものなのか……
そして夕方、
闇の空が、晴れ上がった。
これは、喜んだ。
……終わった。
歯切れがいいとも、スッキリしたとも言えないが、大魔王が倒されて、魔王軍が退散していく。
エンディングだ。
ちょっと煮え切らないけど、俺たちは生きてエンディングを迎えた。
……と思ったら、[世界]は続いていた?!
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