第87話 愚かな生き物め

 ルークがいたテント。ゼルグゼフの手下の作る強固な結界が、轟音とともに破られた。

 高速の魔物が飛び出して来て、一瞬にしてゼルグゼフを弾き飛ばした。

 無抵抗で受けたゼルグゼフ。遠くの地面に音を立てて転がった。

「セピア!ありがとう!」

 ルークが出て来た。無事のようだ。

 ……まだ、無事のようだ。

「ち、違うの……」

 轟音とともに、パニックに陥ったセピア。

 終わる……全てが終わる……

 倒れたゼルグゼフ、

『愚かな生き物め……』

 小さく声を発した。

「あれは?!」

 シュロスが驚いて見ている。

 ゼルグゼフを弾き飛ばした魔物を、セピアもやっと、確認できた。

「……精霊の声、聞こえたの?」

「ああ、聞こえたさ。」

 セピアの問いに、力強く答えるルーク。

「最強の……魔物……」

 セピアが泣きそうだ。

「最強は……1人しかいないだろ!!」

 言い切るルーク。

 彼が呼んだ最強の魔物が、

 小さな子供に姿を変え、

 ルークの元へと駆け寄って来た。

「マスター!!」

「チィ!!」

 抱き合う2人。

 もう一度……は、あった。

『愚かな生き物め……』

 声とともに、ゼルグゼフが起き上がった。

『助けてやる気も失せた。御体以外は粉々にしてやる。』

「逃げよう!チィ!」

 強いハグを解き、ルークが伸ばした手、それを、

 握り返さず、向き直ったチィ。

「みんな……逃げて……できるだけ……遠く…」

「何言ってんだ?!チィ?!」

「全員は……ムリ……」

『何を言ってる、小娘。お前に多少でも、時間稼ぎが出来るような口ぶりではないか。』

 ゼルグゼフが、ゆっくりと近づいてくる。

『愚かな生き物め、自分の力量も解らぬ未熟者めが!』

 かなり怒っている。

『愚かな生き物め、大した生け贄にもならぬザコを召喚しおって!』

 戦闘態勢を取るゼルグゼフ。

『愚かな生き物め、悩まなくていいように、一瞬で消し飛ばしてくれるわ!』

 チィが竜の姿に変身して、空に上がった。

『そうだな、貴様からだ!』

 堕天魔ゼルグゼフも、宙に浮く。

『まずは希望を打ち砕いてやろうぞ!』

 チィが炎を吐く体勢に入る。

 しかし、堕天魔の伸ばした左手に、集約された重力球が一瞬で集まり、高火力のエネルギー弾となって先に放たれた!

 光に包まれるチィ!

 そのまま吹っ飛ばされ、地に落ち、50m以上もエネルギー弾に引きずられた。

 一面の煙。確認出来ない。体がバラバラにはならずに済んだのか、引きずった太い線は一本だけだ。しかし、はっきり強く残っている。

 煙の中、チィの意識は無い。無事だったとも言えない。

 しかし、堕天魔は不機嫌だ。

『愚かな生き物めぃ!!』

 鋭い視線は、チィが落ちた場所を睨みつけたままだ。

『この私を怒らせたな。何者であろうと、生きて帰れると思うなよ。』

 まだ、殺意に満ちた眼は、チィの方へ向けられたままだ。

 次にすぐ殺られる……と、思っていたが、解っていたが、ルークたちは動けない。

 逃げても意味がない。

 ……それも解っていたが、解っていたのだが、

 ……

 何か……変だ。

『愚かな生き物め、死より恐ろしい恐怖を与えてやる!』

 まだ、チィの方を睨んでいる。チィは完全に戦えない状態なのに。

「……安心したよ。」

『安心した?……これから殺されるのに、安心しただと?愚かな生き物め。』

 誰だ?誰と話している?!

 一面の煙が晴れてくる。

「悪魔とドラゴンが戦ってたから、どっちに付くか迷ったんだ……だから安心した。」

 煙が、だいぶ晴れた。

「そういう台詞を吐く奴は、間違いなく悪だ!」

 見えて来たのは、

 全面に出された盾、大きな盾。

 畳3畳はある大きな盾だ!!


「あんなこと言ってますよ。」

 遥か後方から女性の声。

「この距離から一気に飛び込んだのに、迷ったですって。」

 別の女性の声。

 後ろを振り返ると、6人の女性がそこにいた。

『今のが全力だと勘違いしているのか?小僧!』

 大盾がしまわれて、若き戦士の姿が現れた。

 手には銀色の剣[Xブレード]が輝く。

「気をつけて!そいつは準魔王級よ!」

 彼は強いのかも知れない。でも、堕天魔ゼルグゼフに人間が勝てるとは思えない。だから思わず叫んだセピア。

『何?準魔王級だと?!』

 初めて、堕天魔の視線が別の方に向いた。

 声の主、突然現れた大きな青き竜の方へと。

『面白い、ならば我と戦え!準魔王級、どれほどか試してみたい。』

(五聖獣だと?!)

 堕天魔から余裕が消えた。

『やるのは俺様だ。魔王討伐の前に、強さを測りたい。』

 炎の虎も現れた。

(五聖獣が2体?!)

 驚くには早い。

『いいや、ワシだ!』

『おい、悪魔!貴様は魔王と比べて、どのくらいの強さだ。』

『……』

 五聖獣が勢ぞろいした。

 ここは[ゾーン]と呼ばれる場所。MP消費なしで、召喚を持続できる場所だった。

(5体の聖獣が勢ぞろい……これは……)

 初めて劣勢を感じた堕天魔。

「ゼルグゼフ様、一旦下がりましょう。」

 やっと起き上がってきたリミグとリヒダ。

「今、ゼルグゼフ様がおケガをされては、」

 しかし、

(魔王様を倒すというのであれば、戦わねばなるまい……)

 戦闘態勢を取る堕天魔。

『早く答えろ!貴様は大魔王ヴァグディーナと比べてどの程度だ?』

(大……魔王……ヴァグディーナ?!

 大魔王……?!)

『クハハハハハハハ!!』

 高笑いするゼルグゼフ。そして、

『引くぞ!』

 部下とともに、去っていった。

 突然現れた冒険者たちも追わない。

 倒れているドラゴンが、突然少女に戻ったのには驚きを見せたが、運びやすくなったと、すぐに切り替えて、仲間の元へとチィを抱えて移動する剣士。いや、もう聖騎士と呼ぶべき男。そして、もう少しすると、彼にはまた別の称号がつく。

 彼の仲間のシスターが診る。

「気を失ってるだけね……良かった。」

 その声に安心するルークたち。

 その場にへたれ込むルーク。

「私だって、足がガクガクだよ。」

 準魔王級の側にずっといたセピアが言う。

 とりあえず、脅威は去った。

 お礼を、名前を聞こうとすると、

「西の空に明けの明星が輝く頃、一つの光が宇宙へ飛んで行く。それが私達です。」

 忍者っぽい女性に、はぐらかされてしまった。

「チィちゃん、元気でね。」

 手当てしたシスターからチィを渡される。

「では、アマギ隊員がピンチなんで。」

 名前も告げずに去っていってしまった。

 すんなり進みたいようだった。

(ミラクルマンとでも、呼ぶべきかしら?)

 こちらも結局、名乗れず終い。

 ただ、シスターが高価なアイテムをくれた。

(あれ?……あのシスター、チィちゃんの名前を知ってたような……?)

 今は色々考えるより、休みたい。

 へたれこむ戦士、回復できない修道士、眠っている子供、立つのがやっとの魔法使い……

 シスターから貰った高級品、転移アイテムで、一番近くの大きな町へと飛んだ。

 結界のしっかりした町を、自動でアイテムが選ぶらしい。

「北の帝国の南都に行くと思うわ。」

 シスターの言った通り、南都の入口前に転移した。

 そこで、ルークが倒れた。


『グロズバルディム様の復活まで、もう少し時間がかかりそうだ。』

 結界内に御体を納め、安全に覚醒を進める策は失敗した。

 しかし上機嫌のゼルグゼフ。

(あの生意気な勇者気取りが、ヴァグディーナを弱らせてくれれば良いがな……)

 祈りつつ、期待しつつ、様子見を決め込む。

『西の方のへんぴな村々、襲わせておいて正解だったであろう。』

「まさしく、見事な采配です。」

『大きな所は戦力がいる。実績を残すを第一とするなら小さな村。残っている下級魔でも攻略できる。手下が全滅するとは思わなかったがな。』

「申し訳ありません。」

『よいよい。思わぬ所に多少手強いのがいただけの話だ。返って参軍した印象を付けたわ。』

 大魔王ヴァグディーナの傘下に、加わったと見せかけて時間を稼ぐ。今はそれが良策だ。

 これで、いつ御体を取り戻そうかと、考える時間ができた。

 上機嫌なゼルグゼフだった。

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