第86話 残された選択肢
チィが消えてしまった。
いや、全てが消えてしまった。
どこへ向かうか、何をしたいか、いつもチィを中心に考えていた。
もう、立ち上がる意味すら解らない。
チィの隣りで、
いや、チィが消えた場所の隣りで、固まったようにルークは動かない。
セピアもシュロスも、立ったまま、置物のように動かない。
ピクっと動いたものがある。
黒焦げになった魔物の指先だ。
黒焦げになった魔物?
まだいる?何故いる?
チィは消えたのに、何故黒焦げは残っている?
……何故こいつは消えていない?!
起き上がる黒焦げ!戦闘態勢を取る!
一方のルークたちは、振り向いただけ、戦える者はいない。元々最初からチィしかいない。
残りのメンバーでは、その辺の初心者パーティと変わらない。
(殺られる?!)
思った時、黒焦げがグラついた。
相手のダメージもデカい?!
やれるかも?
やらなければ!
……感情が戻ってくる!
何よりこいつは、チィの仇だ!!
「うおぉぉぉあ!」
セピアが動いた。
(有りったけの魔法をぶち込んでやるっ!!)
右手に魔力を大集中!
それより早く、動いたものが2つ!
「?!」
白い弾丸のように黒焦げに命中し、黒焦げは、煙となって消えた……
(何者?!)
ルークもシュロスも動いていない。
白い弾丸が振り返る。
……白い神官服を着た、2人の人間?!
ゆっくりと近づいて来て、
全く動かなかった、黒焦げが立ち上がっても倒されても、振り向きもしなかった、ルークの元にひざまずいた。
「お迎えに上がりました、御体(おんたい)。」
「我ら、御体のお味方にございます。」
さらなる謎が、増えたとも言える。だが、
「味方……」
やっと振り向くルーク。
「何故もっと早く来れなかった?!」
怒っている。彼にとって一番大事なのは、敵味方より、そこだ。
「申し訳ありません、御体。」
「ですが、そのドラゴンの健闘のお陰で、我らで魔王ヴァグディーナの幹部を倒せました。」
慰めにならない。そして、未だに彼らの正体が解らない。
「お許し下され、御体。」
もう一人現れた?!
彼らよりも、品位のある神官服、貫禄ある顔、老神官長とでも呼ぼうか。
「我らとて、遊んでいた訳ではないのです。」
「何者だ、あんたら?!」
シュロスがやっと声にした。
助けてはもらった。しかし名乗らない。話も見えてこない。
「我らは、御体の力を呼び覚ます一団。完全覚醒の後は、大いなる力を得られましょう。
お望みなら、ドラゴンの復活とて可能かと。」
「?!」
「?!」
「?!!」
予期せぬ展開、しかも急展開だ。
……老神官長が、ゆっくりと説明を始めた。
ルークの中には、大魔王ヴァグディーナと戦える力が眠るという。それを秘密にするため、一団はルークと距離を取り、力を引き出す準備をしていた。
偶然入手したドラゴンの子にルークの護衛を任せ、総力を上げ、やっと装置を完成させた。
そして呼びに来たが……一足遅かった。
ただ、
「本当に……チィを復活させられるのか?」
「御体が望めば、きっと叶います。」
言い切った。
セピアとシュロスは、まだ信用しきれない。
でも、ルークの気持ちは決まった。仮に騙されていたとして、何を失う?という話になる。
「案内してくれ。」
「御意のままに。」
老神官長が[転移魔法]を使うというので、みんな集まった。
「カーッ!!!」
眩しく光り、6人が消えた。
移動先は、開けた場所だった。
南北それぞれ遠くに、山脈が見える。
「ここは[ゾーン]と呼ばれる場所でして、」
魔力供給に適した天恵の場所だという。
例えばここで魔物を召喚すると、召喚のMPは少しで済み、その後の維持にもMP消費は不要、いつまでも戦わせられる……そんな場所だ。
遊牧民のテントのような物がある。
「あそこが、儀式の場所です。」
中に入るらしい。
「このリヒダとリミグが手伝います。」
最初に現れた、黒焦げ四天王にトドメを刺した2人だ。ルークを手伝い、3人だけが入る。
「待って!」
引き止めたセピアだが、
「何か変よ」そのくらいしか言えない。
「施術中に説明しましょう。どうせ暇ですし。」
老神官長が笑った。
3人が入り、儀式が始まる。テントが青く光り出した。
「ああなるともう、外部からは止められません。私の力でも無理です。」
中ではルークが中央に立ち、挟むように向かい合った神官が、何やら呪文を唱えている。
「ルークは大丈夫なの?」
「御体には、何の支障もありませぬ。枷となっている不純物を取り除くだけです。」
「不純物?呪いか何かか?」
「そんな大袈裟なものじゃありませんよ。」
「どのくらいで終わるの?」
「ルークは強くなるのか?」
質問の嵐に、神官長は一息入れて、
「こちらからも、1つ質問よろしいかな?」
微笑みながら、訊いてきた。
当然、受けた。まだ聞きたい事は山程ある。
「では、」
と神官長。
「さっきから言ってる、」
神官長の目が見開かれる。
「その、ルークって誰です?」
なっ?!
……
人違いされた?……いや、
そんな単純じゃなさそうだ!
「ああ、取り除く不純物の方か。」
言いながら、神官長の姿が変わっていく……
ドス黒い、
堕天使のような姿に。
『では、質問の続きを許そう。どうせ終わるまで暇だからな。』
声まで完全に別人に変わった。
『魔王[グロズバルディム]様の右腕、
堕天魔[ゼルグゼフ]だ。』
身長は2m前後、ドス黒い翼を広げると横幅5mほど、角も小さい、爪も尖っている程度、
されど、
絶望を感じるほどの恐怖で背筋が凍りつく!
なんだコイツ?!
なんなんだコイツ?!
『一応、教えといてやる。』
魔物のボス級(小、中、大)、その上が超危険級、
『私はその上の[準魔王級]。さらに言えば、
準魔王級の中でもかなりの上位だ。』
絶望を感じたのは……正しかった。
こんなヤツ……倒せるはずがない?!
「なぜ彼を狙うの……?」
やっと出せた声で質問する。
『ずっと言ってるではないか、御体(おんたい)と……小僧の中に、グロズバルディム様が眠っておられるのだ。』
魔王?!……コイツより上の魔王が眠る?!
『勇者デルタたちの[神器]に敗れたのだ。神器さえ無ければ、人間ごときにやられはせぬ。』
勇者デルタって、あの勇者像の?!
『万が一の時は[封印転生]が発動するよう、用意してあったのが幸いした。大魔王ヴァグディーナ用の秘策だったのを、人間ごときで消費するとは……』
そして封印転生の説明。
魔物にやられた場合は[封印解除]、人間にやられた場合は[再転生]、ややこしいが、条件が難しいほど、強力な魔法となる。
魔王がグロズバルディム一人なら、封印解除で十分、むしろ傍観して、ルークたちの全滅を見ていただろう。しかし、大魔王の完全回復の方が早そうだ。そうなると、変わってくる。
今、封印解除されると、大魔王の下に就かなくてはならない。だから、阻止した。
そして、人間がルークを殺した場合の再転生、実はこれで、もう2世紀も、転生を繰り返している。
簡単に言うと、転生リセット。人間側が魔王転生に気づき、苦渋の決断で、罪なき転生体ごと始末する……を、2世紀繰り返している。
ルークにも、そんな結末もありえたのだ。
何故そんなリスクの転生を行うかと言うと、最初に述べた通り、条件が難しいほど強力な魔法になるから。
魔王乱立の[世界]、先に完全覚醒した方が優位。だから条件をつけた。邪悪と無縁の護衛をつけて、あと数年で完全覚醒……しかし大魔王の覚醒の方が早そうだ。
『お前たち2人は、殺さずに帰してやろう。』
何とか正気を保てているセピアと、火傷と回復の多用でもう、心身ともにボロボロのシュロスの2人だ。
『今まで御体が世話になった。このまま帰ってもよし、私の時間潰しの相手をしてもよしだ。』
敵、いや、路傍の石とも思われていない。
だが確かに、無力ではある。
その時だ。
『やっと出番が来たわ、セピア。』
彼女の頭の中で声がした。
頭の横に、羽の生えた小さな女性が現れた。似たような体験はした。あの時は悪魔。あの時は悪夢……しかし、この姿は?妖精??
『私は、[窮地の精霊]と呼ばれているわ。』
セピアのレア特典だった。
彼女のレア特典は[魔精霊]。最初は悪魔が2体、レア特典とは呼べない悪夢。
その邪を祓って現れたのが彼女、窮地の精霊。
『今まで見た「呪文」を1つ使うか、今まで見た「魔物」を1体召喚するかを選べるの。
[精霊の選択]と呼ばれているわ。』
この会話は、例え魔王でも聞こえない。彼女が言って、説明が始まる。
『一番のお薦めは、貴方がそこにいる彼と「転移魔法」で逃げること。あの中の彼は諦めること』
「それが一番?」
『二番目は、中の彼に「転移魔法」を使わせること。でもこれは、貴方とそこの彼は助からない。
……その2択ね。』
「魔物召喚は?」
『お薦めできないわ。成功例が無いのよ。召喚の成功率は100だけどね……例えば今の場合、召喚するのはそこのゼルグゼフ。対抗できるのはその1択。100%召喚できるわ……それなら、と、当然思う。そして、不幸になる。
召喚した方のゼルグゼフは、目的達成まで、完全に味方となる。でも、同じ力が戦っても、共倒れにはまずならない。間違いなく、瀕死であっても、どちらかが生き残る。
瀕死のゼルグゼフに貴方たちは勝てる?
何も変わらないのよ。時間稼ぎにしかならないの。何も解決しないのよ。
どちらが勝っても、例えこちらのゼルグゼフが勝っても、そこで契約終了。本来の思考に戻ってしまう。残った方が目的を引き継ぐだけ、お薦めできないわ。時間を少し、稼げるだけ。
……もっとお薦めできないのが、他人に選択を託した場合の召喚。ルークに願いを託す場合よ。
私が警告できるのは一回。召喚するなと言っても、それでもすると言われたらおしまい。召喚が始まってしまう。どの魔物を選ぶかもできない。彼の中の最強魔物が勝手に召喚される。彼は中にいたけど、ゼルグゼフを見てしまった。コイツの圧倒的な圧を感じてしまった。もう記憶に刻まれてしまった。
……解ったわね。だから選択肢は1つ、貴方とそこの彼が転移魔法で逃げる、よ。』
「3人で転移は無理なの?」
『結界が無ければ3人転移できるけど。外だと貴方たち2人、結界の中からだと彼しか転移させられないわ。』
選択の時が来た。
長い説明だったが、ゼルグゼフは気づいていない。脳内の一瞬の出来事。そして、魔王でも聞こえない会話。魔王でも見えない精霊。
「決めたわ!」
セピアが決断した。
「彼を転移させて!」
『それだと絶対は無いわ!彼が召喚を選んだら、悪夢に終わってしまうのよ?!』
セピアの決意は変わらない。
(ルークなら大丈夫……)
そして、
(この堕天魔に、一泡吹かせてやるわ!!)
何度も反対しつつ、精霊はルークの元へと向かった。堕天魔ゼルグゼフは気づいていない。
『……配下の魔物の7割を生贄にして準備した。それでも足りず、時間がかかる儀式となった。』
突然、ゼルグゼフが語り出した。
『神に感謝したいくらいだよ。
最悪のシナリオを選んでくれた礼を言いたい。
お前たちにとって最悪のシナリオ、
我らにとっては最高のシナリオだ!』
何を……まさか……という目で堕天魔を見るセピア。
『もう一人の私が現れたら、私はどうすると思うね?』
何故、それを知っている?!!
『会話は聞こえてはいないさ。知識として知っていたのだ。[精霊の選択]という知識をな。』
だとしても?!
『簡単だ。会話は聞こえない……だが、
お前の心を読むなど、簡単なのだよ!!』
ゼルグゼフが笑った。
万事休す……いや、まだ、
『奇跡など起こらんさ。こちらに起こったのだからな。私が現れたら、
私は、無抵抗で殺されるさ!!!
……向こうの私が続きを引き継ぐ。最大の生贄として私を捧げ、今、魔王様が復活を果たす!』
「……ルークは転移で逃げるわ。」
『逃げんさ!』
言い切るゼルグゼフに対し、セピアの声は力がない。
『[精霊の選択]は、過去に人間どもが、常に失敗している選択だ。人間は願望を選んでしまう。自分だけには特別が起こると錯覚してしまう。
見ているがいい。簡単には破れぬリヒダリミグの結界が、今から壊される。あの2人より力の強い魔物でないと中からは破れん。
そんな魔物に出会ったか?
だからこの姿を見せたのだ。中の器にも解るように変身したのだ。
楽しみだよ。あの設備が破壊されるのが。』
「破壊されないわ!彼は転移魔法を選ぶわ!」
『有り得んね。過去の歴史が物語っている。
人間は中途半端に愚かだ。
今逃げても、魔王様が復活したら意味がない。
気づいてしまうのだ。倒せる可能性を選んでしまうのだ。』
そして、
ルークのいた設備、リヒダとリミグの結界が、轟音とともに破られた。
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