第42話 命のカウント

「寒がりの呼吸、壱ノ型」

 両手を口元に当てるシノ。

「吐く息一閃!」

 ……なんてことは無い、かじかんだ手に息をかけただけである。

「吐く息一閃!六連!」

 レイも真似する。

 パーティは氷のダンジョンの中を進んでいた。

 東の王国の最北の街の、さらに北にある洞窟。壁も地面も全てが氷、片側二車線のトンネル並に広い一本道だが……やはり寒い。

 防寒具(毛皮の帽子、上着、手袋)は支給されたが、それでも寒い。ただ、現実で同様の場所であったなら、こんな気休めの装備では足りない。[世界]での耐性があるのだろう。

 結構歩いたが、強い魔物は出ない。

 同行者は、アイたち7人と、リューゼク隊長、ルネハイト副官のみの9人。一般兵が一人もいないのが、逆に危険を予感させている。

 あちこちに、無数に棒?が刺さっている場所に来た。氷の地面、横壁、天井にもある。

 戦闘の跡?……という感じでもない。

 通路にも普通にあり、特に注意もされないので触ってみる。

 ……普通の鉄の棒?

 何だろ?これ?

 その答えも、多分この先にある。

「見えました!あれです!」

 道を塞ぐ大きな氷の塊が見えた。

 黒い大きな何かの氷漬け?

「災いの魔獣[ダブロダラズ]です。」

 デカい!

 タンクローリーくらいは優にある!

「この聖剣をもってしても倒せぬのだ。」

 口惜しそうなリューゼク。

 その時、

 氷漬けの中の魔獣の両眼が光った。

「やはり、そろそろか……」

 そろそろ氷を割って動き出す、と聞こえる。

「一旦氷を解いて、また固める!

 全員下がってくれ!」

 リューゼクが聖剣を抜いた。

 青い光を発する銀色の聖剣[水聖剣]だ!

 抜いた瞬間、魔獣の氷に無数の亀裂、

「!!」

 音を立てて、覆っていた氷が弾け飛んだ!

「巨大なトゲトゲのダンゴムシ?!」

「巨大なトゲトゲの太った毛虫?!」

「巨大なトゲトゲの黒いナマコ?!」

「巨大なトゲトゲの……パス!」

「……パス2!」

 巨大なトゲトゲの黒い魔獣が動き出した!!

 前進は早くない。

 活発なのは、全身の無数の黒いトゲトゲ!

 それを飛ばして来るのかと思いきや、激しくバラバラに揺らし……帯電を始めた!

 放電!!

 強力なのを、前に拡散して撃って来た!

「?!」

 凄い音がした!

 拡散放電は、さらに拡散されて、あの、

 よく解らなかった無数の鉄棒に吸収された。

 次に動いたのはリューゼク、

 華麗に聖剣を横に一振り!

 魔獣が砕いた氷と、空中から現れた氷が、ダブロダラズの巨体を覆い、再び氷塊へと戻した。

 ……ホッとする一同。

 ひびの入り始めた氷を一旦砕き、ついでに貯まった電気を一度放電させ、再び新しい氷に閉じ込めた……ようだ。

「君たちには、この魔獣の討伐を頼みたい。

 時間がかかってもいい。方法を見つけ、

 倒して欲しい!!」

 それが、リューゼクからの依頼だった。


 氷の洞窟を抜けられたら、間違いなく大惨事が待っている。

 大きな川を挟んですぐ、最北の街がある。

 コイツは器用に泳げる。

 水聖剣を使い、当然最初に水で攻撃した。貫通できぬと見るや、洞窟を水で満たして水中に閉じ込めた。窒息しない。それどころか、自在に泳いだ。地上よりも素早い。

 問題は、その「泳げる」こと。

(ナマコが一番近かったか……)

 思ったけど、真面目な場面なので口にはしなかった。

 川を泳いで、街に来るのは簡単。川を泳いで下るのも簡単。

 問題は、最北の街と王都を、船で川を下れば1時間足らずで行けること。水門を開けば、船はそのまま王都に入れる。

 川は、王都の中へと繋がっているのだ。

 そちらへ、魔物は王都へ向かう……

 これがリューゼクの予想……大惨事となる!!


 聖剣使いの剣聖でも止められない魔獣を倒す。

 魔物の進行を防ぐ……

(?!)

 覚えがある。

 あの時と重なる。あの時、確か……

「今、攻撃してみてもいいですか?」

 アイが何かを閃いた。

「それはー」副官が否定しようとするが、

「やってみたまえ!」

 リューゼクの許可が出た。

 前へ進む。

 手にする剣は、

[魔剣ハンドレッド]!

 氷の上から一撃を与えた!

「魔剣ハンドレッドみたいなのがあれば……」

 あの時、確か自分で呟いた。水桃の村に迫る石化する魔物を止めようとした時、

 ハンドレッドのカウントを確認、

『 99』!!

 減っている!あと99撃で倒せる!!

 得意の連打が始まる。

 いや、得意という訳ではないが、またしても連打攻撃展開となった。

 氷の厚みの上からの連撃……これが意外と難しい。氷の一部分を取り除いて直に……その方がカウントは楽だが、出来ない。

 一部でも露見したら、強力な電撃を喰らう。

 直感で解る。拡散ではなく集中させた電撃が来る!そうなったら負けだ……

 100撃ほど撃った。

 カウントを確認する。

(57???)

 明らかに少ない。

 氷だけを叩いている攻撃が多いのだ。

「氷の破壊を怖がるな!」

 リューゼクの声が届く。

 気を取り直して、

 再びの、猛攻!

 ……聖剣で作られた氷、巨大魔獣でも簡単に壊せない氷、

 遠慮は無用だ!

 気合いを入れ直しての連撃!

 ……

 また100撃ほど撃った。

 いや、それ以上撃った。

 息が切れる……

 カウントを確認する。

(48???)

 おかしい?!

 そして、

 目の前でカウントが49に増えた?!

(こいつ……?!!)

「回復している?!!」

 驚きと虚しさも含んだ、アイの叫び。

 単純計算で、気合いの100連撃を、あと5セット以上……これは……

 無理だ……

 アイが膝をついた。

「借りるぞ!」

 声がした。

 手にあった剣が、

 手にしてた剣を持った男が、

 目の前で、

 華麗! 壮麗! 美麗!

 空中での連撃乱舞!

 リューゼクが着地した時に、手にした魔剣のカウントが見えた。


 『0』


 ゼロということは……

 覆っていた氷が砕け、

 中の魔獣が黒い煙となり……蒸発した。

「隊長?!」

 同時に、

 ……リューゼクが、倒れた。

 後方の全員が駆け寄る。

 が、

 来たのは副官ルネハイトのみ。

『待て!』

 強い静止の声を聞いた6人は停まった。

 アイにも聞こえた。

 立ち上がるアイ。

 目の前の、倒したはずの魔獣がおかしい?!

 蒸発した中に、

 まだ、何かいる?!

『シャーーウーーーッ!!』

 魔獣が吠えた。

 飛び上がった!!

 今度は早い!!

 全身のトゲトゲが消えた代わりに、無数の脚が見え、それで素早く跳躍した!

 巨大な黒い、すばしっこいダンゴムシ?!

 前にいたアイたち3人を、押し潰すように跳ね上がっている。

 一撃なら、浴びせられた……

 だが、

 効果的な一撃が、思い当たらなかった。

 地響きと共に、着地。

 素早いが、重量はある。

『それでいい』

 再びの声。

 一瞬にして、魔獣が凍った。

「アイさん?!」

 慌てるカナたち。

 でも、心配する相手が違う。そして、駆け寄っても行かない。

 自分たちと魔獣の間に、大きな姿。

 水龍が現れていた。

『娘……生きておるか……?』

 水龍が尋ねた相手は、

「はい……何とか……」

 それだけ言うと、セインが倒れた。

「セインさん?!」

 心配する仲間たち。

 魔獣を一瞬で凍らせたのは、水龍。その水龍も、セインが倒れたと同時に消えた。 

 水属性でも『氷』が自在という訳でもない。周りが氷だらけなのも無いよりずっと有利だが、一瞬の攻撃、一瞬の登場で、膨大と思われていたセインのMPを使い果たした。

『……確認した。気を失っただけだ。安心しろ』

 水龍の声。声だけならMPは要らない。

 ホッとする一同。

 そして、今度こそアイの心配をする。

 微かには見えた。

 一撃なら浴びせられる瞬間、アイが虹色の鞘から抜き放ったのは、[ソードロッド]。

 剣技スキルで使える鞭。その鞭で、横壁に刺さる避雷針の鉄棒を絡め、戻る弾力で魔獣のプレスを回避、途中に空いている左腕で副官ルネハイトを掴み、ルネハイトが倒れたままのリューゼクを掴んだ。

 3人共、壁際で無事だった。

 無事だった……と、言えるのか?

 ……


 愚王と大臣は、左遷させたつもりでいるが、リューゼクは自らこの地を選び、戦っていた。

「防衛の最前線は、どう見てもここだ!」

 巨大魔獣ダブロダラズ、奴を止めないと王国は崩壊しかねない。

 苦肉の策の氷漬け……最初は2ヶ月は足止め出来た。徐々に足止め期間が短くなる。

『そやつはもう、長くはあるまい。』

 水龍が言い切った。

 何百年何千年も生きる聖獣の『長くはない』であって欲しかったが、違っていた。

「この魔獣の討伐を頼みたい。」

 考えてみれば、変だ。

 聖剣使いの剣聖が「頼みたい」はおかしい。最低でも「協力して欲しい」と言うはずだ。

「攻撃してみてもいいですか?」

 副官が止めようとした。また氷で固めるのが、どんなに大変か解っていたから。

 報酬に「剣の指南」も副官が断った。体力を心配したのだろう。

 アイは、雷聖剣で地聖剣と戦った時を思い出していた。属性相性の悪さ。勝てる見込みのない圧倒的不利。

 リューゼクは、水属性と最悪の相性の雷属性魔獣を、無理やり食い止めていた。

「貴方がたが現れ、『間に合った』とおっしゃっていました。」

 倒れたまま運ばれるリューゼクを見守りつつ、副官ルネハイトが語った。

「その言葉……絶対『二言』にはさせません。」

 堅く強い意志を持って、アイが返した。

「……ありがとう」

 リューゼクを静かに運ぶのは[サイちゃん]。

カナの召喚獣。バクのようで大人しいが力持ち、出口まではリアリアの脱出魔法で来れたが、街まではサイちゃんが運ぶ手はずだ。リューゼクの体調は限られた部下しか知らないので、街から輸送の応援を呼ばないことにした。副官ルネハイトが用意していた担架をサイちゃんの背中に固定し、リューゼク将軍を移送している。

 セインも念の為、リューゼクに付き添って歩いている。彼女はレイのポーションですぐに目覚めた。戦闘は無理だが、容態を診るくらいならできる。応急処置的なものは尽くした。というより、何もしていない。診断するならば「眠っている」だけ。

 また起きて、行動して、眠って、を繰り返す。

 寿命尽きるその日まで……


『あれは[風属性]だな。』

 ダブロダラズを水龍が分析した。

 雷属性と風属性が重なっていて、雷属性の方を魔剣で倒したということらしい。

「風相手なら、炎虎様?」

『俺様が出たら、カナは昇天するぞ。』

 冗談ではない。場所的優位の水龍、セイン組でさえ、ギリギリだった。

 アウェーの氷の中では、カナが10人いても、炎虎の召喚が上手くいくかどうか疑問だ。

 強い炎か……

 全く思い当たらない……訳でもない。

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