第41話 四剣聖

「この者たちの処刑を執行せよ、陛下のお言葉である」

「わかりました。執行します!」

 アイたちの目の前で、リューゼクは答えた。

 長髪がなびく、美型の剣士。最北の街を守る第二軍隊長だ。

「な……まことか?!」

 命じた大臣が一番、驚いている。

「私に二言はない!」

 リューゼクは真顔で答える。

「それとも、貴様が中止されるか?大臣。」

「わ、私に異論はない!き、貴様こそ、言ったからには絶対やるのだぞ!」

「何度も言わせるな。私に二言はない!」

 大臣を睨む。

「し、しかし、隊長!」

 慌ててるのはまだいる。彼の副官ルネハイト。

 いや、彼以外もだ。リューゼク以外はみんな動揺している。もちろん、アイ達も。

(これから……どうなる……?)

 みなが不安の中、大臣が笑い出した。

 自分は面目躍如、しかも自分を何かと小馬鹿にする気に食わない軍人は、聖人殺しとして名声を失う。まさに願ったりだ。

「しかし、私は武人だ。」

 アイに近づくリューゼク。

「処刑は[決闘]で行う!」

 真剣勝負で戦う?四剣聖と?聖剣持ちと?!

 そう、この街に魔法移動されて、すぐに副官から紹介された男。

 [四剣聖]の一人で東の王国の[聖剣使い]でもある、リューゼク隊長。

 女性陣も、副官共々イケメンだと、見とれている場合では無くなった。

「君が勝てば、全員無罪放免だ。」

 勝てば?……勝てる可能性など、あるのか?!

「き、貴様、まさか、」

「うるさいぞ、大臣!」

 顔を向けもせず、言葉だけで大臣を制する。

「私は武人だ。手を抜くわけ無かろう!」

 言い切った。二言を言わぬ男が。

「……ただし、行き成り終わりにはしない。それなりに楽しませて貰おう。」

 アイに顔を近づけた。

 勝てる気が……しない。

「おっと、今のは騎士様に対して、上から目線だったかな?」

 勝てる気が……しない。

「それから、『参った』と言った方が、負けだ」

 再びアイに顔を近づける。

「君が言ったら、その場で全員皆殺しだ。」

 『参った』は禁句となった。

 セインも策を巡らせているが、浮かばない。

 そもそも……彼女が耳にしていた[人徳の将]とは、本当に彼なのだろうか?

「上手くやったら『中央復帰』を陛下に進言してやろう。」

 もちろん大臣にその気はない。

「私をこの地に送った男が、よく言う。」

 リューゼクは、愚王に諫言する唯一の存在だった。疎ましく思っていた王に、同じく彼を嫌っていた大臣が讒言し、最北の街の守護となった。


 決闘が、始まる。

「安心したまえ。」

 開始前、互いに剣を構えている中、

「私は、剣聖としても、聖剣使いとしても、末端の人間だ。他の方々は格が違う。」

 安心できる要素はどこにも無い。

 あるとしたら、公平を期すために、双方普通の剣を使う。ただこれは、アイに有利とは全く言えない。相手は四剣聖なのだ。

「それから、私は降参などしないよ。」

 ……これで詰んだ。

 ……生き残るには『勝つ』しかない。

「では、始めよう。」

 副官ルネハイトの審判で、始まった。

「どうなるの?」

 傍らで見守る仲間たち。

「……私たちには、どうにも出来ないわ。」

 セインは言いつつも、策を巡らせている。

 乱入するにも、リューゼクの腰の聖剣を奪わないと勝てない。だがしかし、聖剣は、主以外には従わない。

 どうすれば、いいと言うのだ?!

 [バトル]なら、あるいは何か……でもこれは処刑、決闘という名の処刑。

 互いに様子を見合ってから、リューゼクが一方的に押している。全く準備運動のように軽く柔らかい動きでいて、アイを圧倒している。

 闘技場で、ただ一人笑う大臣。

(こうも上手く運ぶとは、生意気な軍人をどう説得しようかと来たが、もうどう転んでも、陛下に吉報を届けられる。)

「本気の君が見たい。」

 圧倒しながらも、汗一つ、呼吸一つ乱さないリューゼク。

「仲間が処刑されてもいいのか?」

 アイの目が変わる。

 義義の腕輪が光る!

 全力を、全身から絞り出す!

 長くは持たない攻撃。それでいい。長く持たせても、何もない!

 リューゼクが、笑った。

 片手で操っていた剣に、両手が添えられる。

「そうでなくてはな。」

 戦闘を楽しんでいる。

 四剣聖それぞれを形容するなら、

『圧倒的な強さ』

『掴みどころのない無』

『先を読む巧者』

『流れるような美しさ』

 リューゼクの剣は、

 流れる髪の先までもが『美しい』。

 戦いと言う名の芸術を見ているかのようだ。

 激しい剣の応酬が、ほんの一分ほどだっただろうか?

 軽く100回は打ち合った。

 かたや必死、かたや優雅、

 アイの全力は、全く通用していない。

 力の限界を感じ始めた時、アイの剣が、ついに弾き飛ばされてしまった。

(これが……剣聖……これで……剣聖の末端なのか……)

 息を切らす、アイ。

「参ったと言うかね?」

 丸腰のアイに、尋ねる剣聖。

 副官の方を向いた。

「今……言ったな?」

「はい、言いました。」

 真顔の隊長と、笑っている副官。

「君の勝ちだ!無罪放免とする!」

 リューゼクが背を向けて離れていく。

 何が……起こったのか??

 力が抜けて、しゃがみ込むセイン。

「何?どういう事??」

 呆然とするカナたち。解った者、解らなかった者、とにかく命は助かったらしい。そこは理解したようだ。

「貴様、どういうつもりだ?!」

 大臣が血相を変えて、リューゼクに迫ってきた。

「参ったと、言った方が負け。勝ったら全員無罪放免……約束したのだから、仕方ないだろう。」

 平然と答えたリューゼク。

「処刑をやり直せ!!」

「私に二言はない!!」

 大臣の剣幕を一瞬で制した。

「処刑もちゃんと執行した。陛下には、そう報告をしろ。」

 嘘はどこにも無い。

 処刑は決闘形式で行い、殺せなかった……彼にしてみれば、ただそれだけの事。

「私は、陛下への対面も、王都への移動も禁じられている。だからお前が報告しろ、大臣。」


 一方の王都では、

「……そうですか、リューゼク殿の所へ。」

 がっかりする7聖アレクサイト。

「セイン殿と久々に話せるかとも思ったのですが……」

「そうですな。私もゆっくりお会いしたかった」

 10賢ロンビーニも、先程までの顛末を知りつつも、急展開に慌てる様子がない。

「では、陛下。また機会がごさいましたら。」

「よろしいのですか?!聖騎士様に頼み込んでまで、あれだけ飛ばして来たというのに?!」

 あっさり退室しようとする師匠を、弟子が不思議がる。

「20歳前の若者に、無理したアラサーの辛さが解るのは、まだまだ先かな?」

 宿代わりの王都聖堂へと戻る気でいる。

「私ももう、そちら側かな。」

 聖騎士ランスフェザーも、肩や首のコリを気にしつつ、出入口へと向かう。風の使い手でもあるこの男の力で、アレクサイト達は大聖堂から急行できた。無理をした素振りを見せているが、本当なのかは不明。

 ただ言えるのは、この男一人で、今この場を瞬時に制圧できる。それを知る愚王は引き留めない。もとより、招かざる客でもある。

 結局、7聖、聖騎士、10賢2名、おまけの弟子と、5名全員一斉に去った。

「よろしかったのですか?」

 と、おまけの弟子リム。

 彼以外は皆、リューゼクを知っている。

(リューゼクが処刑を希望した?…まさか)

(リューゼクに処刑を任せた?…する訳ない)

 皆、[人徳の将]を知っているのだ。


 無罪放免の後、広い部屋に通された。

 ちょっとした晩餐にも使われる部屋らしい。

 紅茶とケーキが出てきた。冤罪のお詫びではないだろうが、遠慮なく頂いていると、隊長と副官のイケメンコンビが現れた。

「そのケーキで、全て水に流して欲しい。」

 ……

「隊長のジョークは解りにくいです。」

 副官のダメ出しでジョークと解る。

「実は頼みたいことがある。」

「ケーキはその前金代わりです。」

 ……

「お前のジョークも解りにくいぞ、ルネハイト」

 似た者コンビのようだ。

 財政が豊かな街とは言えないが、出来うる限りの礼はする……そう言われた。

「剣の指南をお願いできるでしょうか?」

 シノがあれこれ考えている間に、アイが決めてしまった。

 が、

「隊長は多忙にて、別のモノを」

 と、副官に断られてしまった。

 依頼内容は、「北のダンジョンへの同行」。

 何があるかは見たほうが早いと言われ、報酬についても、依頼が終わってから決める運びとなった。

 何にせよ、剣聖からの依頼だ。ただならぬ予感がする……

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