第92話 敵の中へ
魔法爆弾が戦局を変えた。
使わなければ、この南都が危うかったかも知れない……それは理解している。
使って欲しくは無かった。それは誰もが思う。思っていて欲しい。
では、また窮地に陥った時に使うなと言えるかと言うと……悩む。ずっと考えている。
[闇の空]をまぶしく照らしたあの光、爆心地から離れた南都まで届いた振動、まるで……
……正解が解らない。悩む。ずっと考えた挙げ句、もっと知るべきだという結論に達した。
そして、バカな行動に出てしまった。
名前は[リム]、修道士だ。
聖教会の司教7聖[アレクサイト]様のお付きとして、この南都にいる。
8月生まれ、名前は[葉月]、男なのに葉月。
リーフ、ムーンだから[リム]。
父親は長崎出身、母親は広島出身、そして8月生まれ……考えないわけない。これは多分、一生の課題だ。
今までずっと、アレクサイト様の行く所、片時も離れず付いて行った俺だが、今日、今、初めて別行動を取ろうと思った。
「外へ出たい?」
当然のリアクション。まだ戦いが終わった訳ではない。敵魔王軍も、まだ半数は残ったのではとも言われている。
外出許可は……下りた。下りてしまった。
条件つきだが、下りてしまった。
「護衛は出せない」「救援も出せない」「救助もしない」「城壁の扉まで帰って来れたら、扉は開ける」
要は、一人のわがままで犠牲は出せない……そう言うことだ。もっともな条件だ。
「恐らくは、戻れない。それでも行きますか?」
念を押された。当然だ。自殺行為だ。
アレクサイト様の口調も、俺に対するいつもと違う。真剣だ。
引き返すなら、今だ。
……でも、決めてしまった。
「では……」
と、一呼吸おいてから、
「ハハハ!やっぱり君は、面白い!」
笑われてしまった。
で、別れ際、
「恥だと思わず、いつでも引き返すんですよ。
命を大切になさい。」
言葉を頂いて、城門の外に出た。
西門から外へ出て、南西の敵本陣へと向かう。
東と西の門は、扉が小さく、大きな魔物は通れない。少人数での出入りに向いている。
敵は見当たらない。
遭遇してたら、とっくにアウトだが。
俺は修道士。回復、補助が専門。戦闘力はゼロに近い。
(アホだ……俺……)
爆心地……敵本陣へと進む戦闘力ゼロ。
興味という言葉で語っていいとは思わない。
でも、現実ではないこの[世界]で、何か参考に、何か自分に影響を、何か基準というか、持つきっかけとなればと、考えていた。
多分、爆心地から2キロくらいの場所に来た。
後悔した。
惨状。景色と呼んでいいのかも解らないが、不自然に変えられた景色。
残骸、破片、崩壊……そして血痕。
この[世界]では、死ぬと消える。死骸が無いのが救い。いや、救いと言ってはいけない。
「?!」
倒れて動かない魔物がいた。
リザードマンだ。
姿があると言うことは……まだ生きている?!
近づいて、回復魔法をかけた。魔物の意識は無い。あったら、俺の方がヤバい。
(?!)
気づいた。意識が戻った。ヤバい……
しかし、乗りかかった船だ。回復を続けた。
リザードマンは、俺を睨んでいる。体が動かせないのかも知れない。じっと見ているだけ、俺の手当てを受けている。
(これって、反逆罪とかになるのかな……?)
敵を回復している。アレクサイト様にも、行うとは言わなかった行為。
(何でこんなことしてるんだ?俺?)
思いつつ、続けている。
回復魔法は、重症だと遅れてゆっくり効果が出る。もう手遅れか、まだ助かるか、回復しながら何となく感じ取れる。
(こんなもんかな……)
次を探すことにした。
って、あれ?
俺は何をしに来たんだ?
……でも、見つけてしまった。
先へ進むほど、負傷者は沢山いた。
動ける者は、多分逃げたのだろう。動けない魔物しかいなかった。
回復、回復、
人数が多いので、最低限の回復で次に移る。
(帰ったら、厳罰処分かな……?)
帰れたら……だと、もうすぐ気づかされる。
(デカい……?!)
大きな魔物が横たわっていた。
多分、ドラゴンだ!
多分、目の前に見えているのは腹部。もっと離れないと全体が掴めないほどにデカい!
恐怖……よりは、
あの、パークで恐竜に遭遇する映画のシーンのような気分だった。
呼吸している。腹が動いている。
(よし!)
気合いを入れて、回復作業を始めた。
背後がどんな状況かなども考えずに……
集中していると、
『おい!』
太い声に振り返る。
魔物の集団に囲まれていた。
『よくもやってくれたよな、人間!』
全員、怒りの目で俺を見ている。全員、負傷している。俺が手当てした奴も混ざっている。
『お前にも、地獄を味あわせてやる!』
包囲が狭まってくる。
「か、彼の治療の間だけ、待ってくれないか?」
命乞いだ。
でも、「手当てしたんだから、助けてくれ」、それは違う気がして、言わなかった。
自業自得だ。アレクサイト様にも、再三警告されたのに。
『待つかよ!』
「か、彼も仲間だろ?」
ドラゴンを「彼」と呼んでいるあたり、俺も往生際が悪い。
『仲間?……知らねぇよ!俺等は憂さ晴らしがしたいんだよ!』
『軍も規律も、もうどうでもいい!勝手にやるだけだ!』
『テメェを血祭りにあげるのもな!』
……終わった、俺。
……バカだった、俺。
……でも、彼らが多分正しい。
助けたから助けてくれは、多分一方的な考え方だ。押し付けるものじゃない。
俺が[世界]を終わらせた。
俺が自分で終わらせた。
1つ解ったこと……「見に行く」なら「覚悟」が必要だ。
俺は覚悟が足りなかった……
めちゃくちゃ後悔している。
「?!」
間に割って入った魔物が1体。
こちらに背中を向けている……リザードマン?
『おい、どけ!』
『嫌だね。』
『勝手なことをするな!』
『勝手にやるんだろ!俺はそこが気にいった!』
俺の前から退かないリザードマン。
何てこった……
このリザードマンには「覚悟」がある!
しかし、多勢に無勢、すぐに劣勢、早くもヤバい。20対1くらいだ。仕方がない。
「ありがとう。もう、十分だ……」
俺も覚悟を決めた。最後にちょっとだけ格好つけた。
その声に振り返りもせず、前に向かって叫んだリザードマン。
『いいのか?お前ら?!このままじゃ、人間の方が格好イイままで終わるぞ!!』
一瞬、静まり返った。
『単身乗り込んで、敵を手当てして、見事に覚悟も決めている!』
虚勢を張ってただけです。
『そんな相手を、大勢でなぶることしか考えないのか?!』
『うるせえ!』
焼け石に水?火に油?……でも、最後にスキッとしたかな?
魔物の集団の一斉攻撃!
……が、消えた?!
地鳴りのような音。大きな……これは、
ドラゴンの尻尾だ!
全員、一撃で吹っ飛んだ。
『お前らの主張が気にいった。今回だけは味方してやる。』
これで貸し借りは無しだと言い残して、巨大なドラゴンは飛び去った。
『ハ、ハハ……』
助けてくれたリザードマンが、ヘタレこんだ。
彼も虚勢を張っていたようだ。
「改めて、礼を言うよ。」
『それはこっちもだ……と、言いたいが、お互い礼を言うのは早そうだ。』
リザードマンがまた、周囲を警戒し始めた。
魔物がぞろ、ぞろ、ぞろ……
壁になっていたドラゴンが消えたことで、後ろからも来ている。
今度こそ、ヤバい。
『これで助かったら、頼みを聞いてくれないか?』
NPCのリザードマンから、見事な死亡フラグ。
数が、さっきより多い?
……もういいか。
「解った。」
俺も死亡フラグ発動。
と、
闇の空が?
暗い空が明るくなっていく?!
普通の昼の空に戻っただけが、何と心強い。
そして、
『だ、大魔王様がやられた?!』
どこかで声。
『勇者に倒された?!』
ざわつく魔物たち。
『お、おい……』
『ヤバいんじゃないか?!』
『勇者が来たら、俺たち全滅だぞ?!』
『勇者が来る!』
『逃げろ!』
『大魔王様より強い勇者が来るぞ!』
蜘蛛の子を散らすように、魔物軍は撤退した。
……頼みを聞く約束だけ残った。
いや、俺たちも残った。まずは十分だ。
その頼みで、またまた、そして更におかしな展開となるのだが……
『人間は「光」魔物は「煙」になって消える。』
道中、リザードマンが語る。
この[世界]で死ぬ時の話だ。淡い光に包まれて消える人間。グレーの煙と化して消える魔物。『でもちょっと違っていた。魔物でも、光になって消えた奴がいた。』
それを見たのだと言う。
『志を持って、しっかり生きた者は「光」になって消える。多分そうだ。』
熱く語る彼の望みは2つあった。
『俺の望みは、光になって消えることだ!』
そして、もう1つの望みが、俺への頼み……
南都の西門まで戻った。
門番に、アレクサイト様への伝言を頼む。
少しして、開門。
アレクサイト様と複数の兵が待ち構えていた。
「うむ……なるほど。」
こちらは、俺と、リザードマンの2人。入場許可を求めた。
「問題ない。呪いで魔物化した冒険者だ。」
アレクサイト様が兵を下がらせた。
そしてそのまま大教会の中へ。
「……つまり、約束したから連れて来た?」
「はい」
「そして君は、人間の武器が見たい?」
『ああ、武器屋を堪能できたら、処刑されてもいい。』
「能力を制御するリングがある。付けてもらえるかね?」
普通、結界のある街に入ると、それだけで魔物の能力は下がる。段々と順応していくので、中ボスなどの魔物はしばらく人間のフリをする。
しかし、敵意の無い魔物は能力が下がらない。このリザードマンは、下がらなかったようだ。
片手だけの手錠のようなリングを受け入れるリザードマン。その後、しばらく黙っているように指示され、
俺は、こっぴどく叱られた。
もし、中で彼が暴走したら、大事件、最悪大惨事になる。
「想定していましたか?」
キツい口調で問われる。
「今、どんな状況だか解っていますか?」
また問われる。
「今、全ての責任は、私にあります。」
そこで初めて、自分の浅はかさに気づいた。
またしても、考えが甘い俺。町中に入れた時点で、責任を取るのは俺じゃない。
「……説教はこのくらいにしましょう。」
アレクサイト様が、ポン!と手を叩き、
そして、
「ハハハ!やっぱり君は、面白い!」
大笑いされた。
「そして君も面白い。」
リザードマンのことも笑った。
「覚悟があるなら、許可します。」
明日、武器屋を見に行くことになった。
今夜は俺の部屋に、彼を泊めることに。
「万が一の時、最初に襲われるのは貴方でなくてはなりません。」
冗談ぽく言われたが、その通りだと思った。
「変わった男だな。偉い人なのだろ?」
変わったと言えばこのリザードマンもだ。
魔法のアイテムを渡された。
「人の姿になれる、エルフの作った魔法アイテムです。」
[人化のロザリオ]。首から下げる十字架のペンダント。完全に人の姿に変わる。
ただし、古い物なので、興奮すると姿が戻ってしまう可能性がある、と言われた。
今、練習も兼ねて、人に化けている。MPはほとんど使わないそうだ。長身のガテン系の戦士が床の上で寝ている。
「名前を決めてくれ。」
唐突に言われた。光になって消える要素の1つと見ているらしい。
「リザードマンじゃなく『俺』として死にたい」
納得できた。
だが……
(ヒト○ゲ、リ○ード、リザー○ン……)
ああ、何という発想の貧困。
(タツ○イ、コ○ルー、ボーマ○ダ……)
リザードからしか連想できない。
「ミスティ、マーブル、トリパー……」
「うん、それがいい。」
いつの間にか、声に出していた。
「[トリパー]か……気に入った!」
伏せ字が要らないのを選んでくれた。
翌日、勝利で賑わう街。長身くらいじゃ全く目立たない。そして多分、魔物の姿のままでも大丈夫だ。もっと凄い魔物の姿の奴が、街を守った英雄として語られている。
武器屋で1つ1つを手にし、感触を確かめ、感動しているトリパー。
「やっぱり人間の造る武器はいいなあ。」
魔物の武器は「金属を型押ししただけ」だとトリパーは言う。冒険者の武器が入ったら、それこそ力ずくの取り合いになるらしい。
「そうだろう。そうだろう。魔物を打ち破った人間様が造っているからな。」
店主はご機嫌。酔っているので助かる。店内は全品五割引き、戦勝セールだそうだ。
ただし、高価な武器は無い。
「貴方が立て替えてあげなさい、リム。」
アレクサイト様に言われた。なので、俺の所持金で買えそうな店を選んだ。
「出してあげなさい」ではなく「立て替えてあげなさい」……この先が見えてくる言葉だ。
「オヤジ殿、これにする!うん、この剣が素晴らしい!」
「そうか!よし、お前さん、気に入った!あと2割まけてやる!」
「いやいや、こんな良い剣を更に安くは申し訳ない!」
うん、やっぱり、トリパーは良いやつだ。
計算も自制も出来る。貸せる金額を教えたら、そのギリギリでちゃんと選んだ。
結局、最初の5割の代金を払ったトリパー、店主はオマケに盾をくれた。
「立て替え分は必ず返すよ、リム」
その言葉の持つ意味を本能で解っているのか。
「破門にします。そして、南都からも追放です」
戻るなり、アレクサイト様に告げられた。
結果は合っていたが、内容は想像よりずっと重かった。
「まあ、あれです。ちょっとインパクトのある言い方をしました。」
笑っておられたが、まあ、あれだ。処分的にはそうなる。
弟子ではなくなる=アレクサイト様の名を使わず、自力で行動すること。
大きい街は正体を見抜ける人が多いから、あまり立ち寄らない方がいい。
優しく言うと、こうなる。
数日間の猶予もくれた。
「他種族の目から見た南都の話を聞きたい。」
そういう建前で、数日間の2人での南都観光を許された。実際にトリパーの感想に興味があったのかも知れないし、やはり人間の街に馴染めないと判断したら、対処するつもりかも知れない。
……しかし、無事に猶予期間を過ごせた。トリパーも満喫したようだった。
ひょっとしたら、人間の街に馴染む期間を作って下さったのかも知れない。
そして別れ際、伝説の剣の情報を3つ、餞別として戴いた。ただし、期待しないようにとも言われた。3つとも良く知られた伝説、良く知られているのに伝説のままなのは、入手困難という意味だと。
南都の南門から出た。
さっそく1つ目、[炎の聖剣]。
主亡きまま、敵を撃退した新伝説の剣。
『抜けた方に差し上げます。』の看板、
当然、行列が出来ていた。
並んでチャレンジしたトリパー、剣はビクともせず、1つ目を断念。
南西へと砂漠を進む。
魔物が出たら、トリパー頼み。
人の姿と魔物の姿、変身前後で剣技のレベルは変わらないようだ。ただしパワーは大きく違う。リザードマンだと跳ね上がり、尻尾も使える。
ピンチの時に魔物の姿に戻って以降、ずっとリザードマンでいる。人の姿に戻るのは、集中力がいるらしい。できたらコロコロ変わりたくないようだ。
そして、何故か砂漠の中にある博物館。
再び人の姿になり、入場料を払って入る。
勇者の像があった。
そして剣の試し斬りコーナー。トリパーは大興奮。
さらに奥に、2つ目の情報、
[魔王剣ガイナルド]!実物が飾られているというのだが……
デカいよ!デカすぎるよ!
博物館の柱が倒れていると言われたら信じちゃう大きさ。
持ち上げて鞘に納めたら貰えるというので、トリパーはもちろんチャレンジ!
……またも、ビクともしない。
周りを見て、誰もいない。
リザードマンに戻って再チャレンジ!
一瞬、気配がしたような?
もしかしたら、トカゲの姿を見られたかも。
……結局、動かせず。
「これは無理だ。ビクともしねえ」
博物館を後にした。
触れただけでも幸運だったのだが、そんな事は思いもしない。もう少し遅れて博物館に着いてたら、魔王剣はもう無かったなんて知る由もない。
今度は砂漠を南東に進んでいる。
3つ目の情報、『見えない砂嵐の中』
見えないのに探すの?どうやって?
……でも楽しくなって来た。
波乱万丈が、待ってる気がする!
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