第91話 俺より不幸な奴なんて、

 俺より不幸な奴なんて、いるのか?

 ……もう、口癖のようになっていた。

 実際には、沢山いる。戦争をやっている国だってある。3度の飯が食えない人たちもいる。

 俺より不幸な奴なんて、いるのか?

 ……口癖になっている。情けないので、口にしたことは無いけど。心の中で繰り返しているだけだけど。


 ここは、

 憧れてた[世界]だ!!

 ……やっと俺も来れた。へへっ、「不幸」返上だ。こっちの俺は、輝いてやる!

(えっと、ステータス、ステータス……)

 確認しようとしたら、

 やけに、前方が騒がしい。

 人集りができている。その先は見えない。

(かき分けて、前に出るべきか……?)

 出れるなら、出ることにした。

 当たり前のことを言ったように思えるが、実際の人集りは、そう簡単にはかき分けられない。

 最前列へ、すんなり出れた。

 ギャラリーと対象の間には、距離があった。観客が、これ以上は危ないと思う距離があった。

 簡単に言うと、捕物。

 10数人の聖騎士団に包囲されている、1人。

 聖騎士団は、左、右、奥、を、隙間なく包囲。

 手前は、騎士団の倍はいるギャラリー。若い野郎ばっかのギャラリー。

 囲まれているのは、女?!

 全身が黒、ゴスロリ?!

 少女に近い女が、強者たちに囲まれている。

 聖騎士団は、自警団とは格が違う。[聖騎士]は数千の聖騎士団で、5人しかいない。その下の[騎士]自体も、隊長格しかいない。この時の俺は、そんな事は知らなかったが。

 ……というより、俺はこの先もずっと、知らないままだったが……


 追い詰められて、跡がない感じの女が、周りを見渡してから言い放つ!

「こんだけ男がいて、

 私のために命を捨てる覚悟の男が、

 1人くらい、いないの?!!」

 ……シビれた。

 聖騎士団が[悪]だとは思えない。

 だから、誰も前には出ない。

 ……でもシビれた。

 ……

「諦めろ、」

 強そうなのが、出てきた。

 女の表情が、それを裏付けている。

 隊長格、聖騎士ではなさそうだが、間違いなく騎士以上。

 隊長格が、剣を抜いた。

 若く、イケメン、構えも隙がない。

 ……女も、剣を抜いた。

 震えている。明らかに、剣は素人だ。

 隊長格が斬りかかる。

「ガキィ!」

 受けた、

 ……のは、俺。

 出ちまって、後悔した。

 やっぱ、格が違う……受けて解った。

「やめておけ、死ぬぞ!」

 イケメンの忠告。俺が剣を受ける直前に、力を抜いてくれた。心も多分イケメン。

 が、

「!!」

 ギャラリーも「!!」

 刺された。

 剣で貫かれた……俺。

 体の中心を貫いた剣先が、ハッキリと見える。

 ……俺の血が、たっぷりと付いている。

 ……痛い。

 ……痛いけど、あれ?

 ……めちゃくちゃ痛いけど、あれ?

 意識が遠のく中、考えていた。


(後ろから刺されてる?……俺??)


 俺より不幸な奴なんて、いるのか?

 刺したのは、間違いなく、ゴスロリ女。

 ……俺が助けようとした、女。


 何だこれ?何だこれ?何だこれ?


 それからは、意識が朦朧……

 ゴスロリ女は、まだ捕まってない。

 騎士団の包囲に抵抗している。

 女を軽々と肩に乗せ、騎士団と斬り合う男。

 ……誰だ、これ?!


 ……意識がハッキリしてきた。


 俺だ?!


 騎士団と立ち回りしてるの、俺だ?!


 何だこれ?何だこれ?何だこれ?

 包囲を突破した俺。

 ゴスロリ女を肩に乗せたまま、女の指示で逃げる。まだステータスを確認できてないが、とりあえず、脚は速い。追っ手を引き離していく。

「至急、応援を呼びます!」

「あの男も指名手配しろ!」

 もう声が小さいが、後ろの会話が聞こえた。


 追っ手を完全に振り切った。

 息を切らせる俺、結構走った。

「あの程度で、だらしない。」

 隣に座る黒のゴスロリ女。

(いやアンタは、全く走ってないでしょ!

 ……俺が担いでたんだから!)

 言ってやりたかったけど、声にならない。

「……まあ、誰も殺さなかったのは、上出来だわ。」

 あくまで上から目線。誰のせいでこんな、

「……まあ、アンタは死んでるけどね。」

 誰のせいでこんな、

 ……

(ええっーーーー?!!)


 [世界]初日、早々と……死ぬ。

 「黒」が嫌いになりそうだ。

 俺より不幸な奴なんて、いるのか?


 ……

 ここはきっと[世界]だ。

 今日初めてだが、今が初めてだが、解る。

 俺は、今、

「ガボッ!」

 ?!

 何だこれ?口が不味い。めちゃくちゃ不味い!

 ……横になっているのは解る。

 うつ伏せ。

 ……

(水溜りの上?!)

 外の、土の道の、泥だらけの水溜りの上。

 顔は、上げられない。

 視界に入るのは、泥水と、車輪?(馬車?)

「ペッ!ペッ!」

 口が不味い。

「喋らない!水滴がこっちに飛ぶでしょ。」

 女の声。

 頭の上から、女の声。顔は上げられない。

 ……踏まれている?

 馬車の客車か何かの縁に座って、俺を踏みつけている??

 微かに見える、白いスカートか何かの裾。

 白い服の女が、俺を踏み台にしている??

(あっ?!)

 声を出しそうになった。

 あれは……馬の○ン?!

 1ゴールドで売れるという、馬のフ○が、俺の水溜りのすぐ側に?!

(やめて!やめて!やめて!)

 もうちよっとで、俺がいる水溜りに触れてしまう。泥水の不味さに、さらに不味さが足されてしまうぅ!!

「じっとしてなさい。」

 何故かこの女に、逆らえない。

「もう死んでいるんだから、できるでしょ。」

 言われた通りにしてしまう、

 ……

(ええっーーーー?!!)

「お嬢様、足の状態はいかがですか?」

 渋い中年の男の声。

「ええ、むくみは取れたようだわ、セバスチャン。」

「では、そろそろ参りましょう。追っ手がすぐそこまで来ております。」

「解ったわ。」

 女性が馬車に乗る、音。

「もう、立ち上がっても、いいわよ。」

 やっと立てた。

 やっと見えた、声の主。貴族の馬車に乗っている、白いドレスの令嬢。

「汚れるから、貴方は走ってらっしゃい。」

 馬車が走り出した。

「あの馬車だ!」

 後方から声がした。

 兵士の一団が走ってくる。

(追われている?)

 兵士団が近づいてくる。

「女の下僕もいたぞ!」

(追われている?俺も??)

 慌てて走り出した。まだステータスを確認できてないが、とりあえず、脚は速い。追っ手を引き離していく。

 川があった。飛び込んだ。泥を洗い落とすために。

 うがいもした。知らない川だが、泥水より安全だろう。

 しばらく走って、馬車に追いついた。馬車は草むらに止まっていた。

「遅いわよ、だらしない。」

 豪華な客車の縁に座り、足をぶらつかせる白服の令嬢。

「早く足台になりなさい。」

 当然のように命じられた。

「お嬢様を待たせるな!」

 お付きはこの執事1人らしい。御者も兼ねるマッチョな中年執事。

「すみません、セバスチャンさん。」

 睨み返そうと思ったが、顔が怖く、体も大きかったので、とりあえず、謝った。

「バキィ!」

 思い切り殴られて、ぶっ飛んだ。

「馬鹿者!俺の名前はロックハンドだ!二度と間違ったら許さんぞ!」

 ロックハンドさんでしたか……覚えました。岩みたいな手、めちゃくちゃ痛かった。

「喉が乾いたわ。何かあるかしら?セバスチャン。」

「はい、すぐお持ちします。お嬢様。」

 ……

(ええっーーーー?!)

 

 うつ伏せで、足台にされている。

 ここは草むら。土が口に入る。口が不味い。

「この紅茶、美味しいわ、セバスチャン。」

 頭の上から、女の声。

「お褒めに預かり、光栄です、お嬢様。」

(お前の名前は、どっちなんだよ?!)

 声には出来ない。黙ってろと言われたから。


 [世界]初日、すでに死んでいるらしい?!

 「白」が嫌いになりそうだ。

 俺より不幸な奴なんて、いるのか?

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