第38話 ……ゴメン

「みんな、アイさんを抑えて!」

 カナが叫び、みんな一斉に後ろを向いた。

 最後列のアイだけ見ていた。

 カナが、

 自分で溶岩の海に落ちて行ったのを。

(何だこれは?!!)

 思考が壊れた。

(連れ戻さないと!!)

 それしか頭になくなった。

 何をしようとしたかは覚えている。

 何をしたかは覚えていない。

「カナちゃんはどこ?!!」

 その声を聞いて、自分も声が出せることを思い出した。

「彼女を返せーーっ!!」

 もう一度飛び込むが跳ね返される。

『約束通り、お前たちは放免してやる。』

 何か言ってる。そんな約束いるか!

「帰れるわけ、ないでしょ!!」

 シノが叫び、アイの隣りに立った。

 他の仲間も、アイを止めるのではなく、アイに並んで炎虎を睨んだ。

『娘は返さぬぞ。俺様のモノとなった。』

 また飛び込もうとするアイの手を、優しい手がそっと握った。強く体当たりするより効いた。

 そして彼女は、他にも何か掴んでいた。

「返さない?」

 その言葉が気になるセイン。

『ああ、返さぬぞ。』

 返せない、ではなく、返さない。

『中々度胸がある。気に入った。』

 崖下から、

 気絶した状態のカナが浮かんできた。

「カナ?!」

 溶岩の波が彼女を襲う……が、

 透明な球状の壁に護られていて、彼女まで届かない。

 ホッとする。レイがへたれ込み、ミコが泣き出した。でも、姿は確認できた。

 あとは、交渉人に託す。

「彼女をどうする気なの?」

『水龍ばかり、ズルいではないか!

 ……俺様とて、暇潰しの相手が欲しいわい。』

 問題児の考えが読めて来た。

 でもちょっと、問題児というより、駄々っ子?

「水龍様の所の童子は、自由だからこそ、よく喋るのかと。カナちゃんを束縛しては明るい会話は難しいのでは?」

『しかしもう、人間用の涼しい部屋も造ってあるのだ。』

「今の水龍様のように、契約して一緒に旅をされては?」

『俺様は、外は余り好かん!』

 ……引きこもりだった。

 なんかもう……最初の緊迫感はどこへやら……


 それから多少かかったが、ネゴシエイターは誘拐犯を見事説得した。

 炎虎も大魔王の復活を感じ取っていたろうし、結局は人恋しかったのだ。


 炎虎はカナと契約し、当初の目的は果たせたのだが、洞窟を出てから、アイはずっと黙ったままで、1人先頭を歩いている。

 一度も後ろを振り向いてない。

 少し歩いてから、

「あ…あのっ!!」

 カナの勇気を振り絞った声で、全員の足が止まった。

「……ごめんなさい……本当に……」

 やっとのことで言葉にできたような小声。カナは泣いている。

 アイが振り向いた。

「……じゃうかと思ったんだ……本当に……」

 振り向いたアイも、

「……死んじゃうかと思ったんだ!!」

 泣いていた。

 ……涙を見せたくなくて、先頭を歩いていたのだ。

 そして、

「……誕生日……だったんだ………」

 涙を見せたまま、アイがゆっくりと語り出す。

 自分の話をするのは、初めてではなかろうか?

 ……


 カナたちと出会う前に、アイがパーティを組んだ唯一の女性がいた。

 お互い、初めて「仲間」と呼べる相手。互いに、名コンビと思っていた。

 組んだ期間は一ヶ月くらいだったろうか。

 よく喋った。互いの現実の事も、普通に話すようになり、そして……アイは、

 自分の誕生日を教えた。

 ……教えてしまった………

 ……

 それから数日後のある日、

 街に着くと、いつも一緒に宿屋にチェックインしてから、別々の部屋に分かれて一日を終える。それが、二人のサイクルだったが、その日は、

「買いたい物があるから。」

 彼女がチェックインの後に言い出し、宿屋のフロントで分かれた。

 ……

 ……それが、最後の別れになった。

 ……

 サプライズ……だったらしい。

 ……

 ……その日は、アイの誕生日。

 ちょっとした装備品を買いに出かけた彼女は、お目当てのプレゼントに少し所持金が足りないと気づき、

 1人で外に魔物退治に向かい……

 ザコ魔物ばかりのはずの街の近くで、思わぬ敵と遭遇して、そのまま帰らなかった……

 ……

 アイが知ったのは翌日。

 間抜けにも普通に宿屋に泊まり、翌朝フロントで合流するはずの彼女が、なかなか現れないので初めて気づいた。

「僕が……誕生日なんて教えたから……」

 アイは今でも後悔している。

 カナとレイは、最初に出された条件を思い出していた。

 1つ「街の外では絶対単独行動を取らない」

 2つ「他人の素性を知りたがらない」

 ……その理由の重さを知った。

 ……

「……こういう時は、バチンと一発で水に流しましょう」

 セインが、アイとカナの間に立つと、

“バッチーーン!!”

 想像以上の強めの一発!

「!!」

「?!」

 左の頬が赤く腫れ上がったのは、アイ??

 ……殴ったセインが、両手をアイの肩に乗せ、

「……もし、溶岩に飛び込めるのが、1人じゃなかったら……」

 セインは怒っている。

「……貴方も、残った私達に、

 同じ思いをさせてたのよ!!」

 ……殴った理由に、みんな納得した。

「……ゴメン」

 アイが謝った。

「ごめんなさい!!」

 カナは、大泣きしつつ、深々と頭を下げた。

「……私も……ゴメン…なさい……」

 セインも泣きながら謝った。

 涙の理由を、みんな察した。

 この人は……セインは……アイよりももっと、多くの別れを経験している。

「よし!」

 セインが涙を拭った。

「水も流したし、水に流して進みましょう。」

 セインが笑って見せた。

 アイよりも素性を明かさない彼女。その理由はやはり、背負った悲しみかも知れない……


(……あれ?)

 再び進み始めたパーティの中、

(あれ?あれ……?)

 カナの頭の中で、何かが繫がった……

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