第2話 [世界]
「不思議な夢を見ました」
最初は、とある若者のブログの一言だった。
「夢なのに、夢じゃない。起きた時に驚くほど覚えている。」
覚えているのは内容ではない。
内容も漠然と思い出せるのだが、覚えているのは、「美味しい」「楽しい」「嬉しい」といった感情。特に「美味しい」は、本当に食べたかのように、味を鮮明に覚えていた。
この不思議な体験は、共感者が驚くほど多かった。約500人。反響ではなく、同じ体験をした共感者の数である。
専用サイトができ、情報交換が進むと、共感者は数千人に増えた。
体感者のほとんどが、具体的な記憶、特に世界観や固有名詞の記憶が曖昧だったのだが、SNSの情報を見ることで、記憶喪失の人がちょっとしたきっかけで色々思い出すかのように、起きている時も、夢の内容を細かく覚えている人が増えた。
[世界]その不思議な夢はそう呼ばれている。
眠ると行ける不思議な場所。剣と魔法のファンタジー世界。五感で体感できるバーチャルゲームのような経験。はやりの異世界転生?……と思いきや、目覚めると現実に戻っている。選ばれた人だけの夢の実体験。
妄想?現実?……何しろ、首都圏の若者の一部しか知らない世界。
「デマだろ!そんなの!」それが大多数の意見。
でも体感している者たちには、そんな声はどうでもいい。
実際にあるのだ!
……ただ、説明が難しい。地名、アイテム名、ダンジョンの場所、イベントの内容……説明には不可欠の固有名詞を、ほとんどの人が思い出せない。仲間の名前すら、起きてる時には言えない人がほとんどだった。
それゆえ、[世界]=[誰かが創ったゲーム]がSNSでは最有力説となった。
ネタバレ防止の為に、起きてる時は思い出せないのだと。
それも、SNSが変えていく。
他人の記憶を見て、ひらめくように思い出す人が増えていく。
モンスター名、アイテム名、装備名、色々載った情報サイトが増えていく。
仲間の名前も思い出し、現実でも会う人たちが増えた。まるでオフ会のように。
[世界]最高〜!!
選ばれた者たちは、眠るのを楽しみにした。毎晩自動で訪れる、無料の超バーチャルなゲーム世界。羨ましがり、自分も選ばれる事を心待ちにする若者も増えた。
体感者は、東京都の若者の1%くらい?
憶測を唱えた者がいた。
全くの的外れではないが、近いとも言えない。
体感者のほとんどが都心の高校生、これは合っている。東京都の高校生は約30万人。その約1%が体感者、これもほぼ正しい。
が、他地域の方には知らない人も多いと思うが、東京都の1/3は「山」である。
警視庁の杉○右京が、たまに山奥の事件を捜査しているのも不自然ではないのだ。
東京都の左(西)1/3が山、右(東)1/3が都心(23区)、残りは学園都市(あるいは鶴ヶ峰学園)と覚えるといい。(……嘘です)
都心の高校生が最も多かったが、県内の2割が東京を名乗っている千葉、首都が池袋の埼玉、自称東京のライバルの神奈川にも体感者はいるし、中学生や20歳前後の社会人や中卒者も含めて、実際には5ケタを超える体感者がいた。
……
……事態が変わり始めた。
管理人ボイジャーの[世界]情報一番人気のサイトが、ある日突然、更新されなくなった。
「ボイジャーさんが、死んだ!」
その衝撃は、あっと言う間に広まった。
以前から囁かれていた噂、
「[世界]で死ぬと、現実でも死ぬ」
……未体感派の嫌がらせデマとも思われていた噂が、一気に現実味を増した。
ヤバい!ヤバい!俺たちヤバい!!
[世界]の治安が、あっと言う間に悪化した。
どうせ死ぬなら、好き勝手にやってやる!
……そういう若者が次々増えた。
攻略組、エンジョイ組と大きく二分されていたプレイスタイルに、アウトロー組という第三が現れ、最大派閥となってしまった。
現実の政府は動かない。
首都圏の若者の一部が突然意識不明に陥る病気([世界]での死亡は、厳密には、現実では意識不明の重体。ただし、回復した者はいない。)
新型伝染病との区別も付きづらく、何と言っても、大人に[世界]の体感者がいないので、議題に上げる事も難しい。
それでも多くの若者が、[世界]を望んだ。
(現実よりは、ずっと自由だ!!)
攻略組は大幅に減ったが、いない訳ではない。
治安も悪化したが、元々悪い事をするために創られた世界ではない(らしい)。路地裏やスラム街に行かなければ、そうそう被害に合わない。
まだまだ楽しめる[世界]。
砂漠で1人、絶望する少女[カナ]も、ほんの数時間前までは、そう思っていた……
魔物を倒すと経験値とお金が手に入る。そのお金で[世界]を楽しむのがエンジョイ組。1人では限界を感じ、仲間募集の定番の広場を訪ね、
「貴方も仲間を探してるの?」
武闘家の少女トモちゃんと出会った。
話をしているうちに、同じ高校の隣のクラスと解り、驚く!……そして世界が開けた。
目が覚めると、楽しかった「感情」は残っているが、具体的な記憶は曖昧……これが通常。ほとんどの冒険者はそうだ。
ところが、トモちゃんと[世界]で現実の事を話したからか、目覚めても色々覚えていた。
隣のクラスの友野さん!
会いに行ったら、向こうもはっきり覚えてた。
そこからは、夢でも現実でも大親友!
毎日が、毎晩が、楽しかった!
……そして、2週間で、終わりを告げた。
はっと思い出し、カナは自分のステータス画面を開いた。
仲間の欄を見る。
……トモちゃんの名前は無かった。
解約されていた。
(……明日、学校で会うんだよ)
そこでまた、はっとした。
(明日会うと……思って……ないんだ………)
自分でも、納得してしまった。
……そんな絶望に暮れていた時、
遠くから、
1人歩いてくる?!
街道を、やや早足で!
日が暮れかかる中、細身の男性が1人!
そして、
こちらに気づいた!
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