第3話 涙が溢れてきた……
この[世界]にも昼と夜がある。
考えれば考える程ややこしくなるのだが、現実で眠ると、夢の中の[世界]の朝に目覚め、[世界]で夜眠ると、現実に戻って朝目覚める。
「時間の経過速度が違う」と考える者もいる。[世界]の体感者は同じ時を過ごしている。が、皆がきっちり同じ時間に寝て、同じ時間に起きている訳はない。
例えば睡眠が重なる1時間を[世界]で10倍速に進行してれば10時間分を体感出来る。人間の脳の処理能力は超優秀だ。あるいはもっと速い倍速でも不可能ではない。
ただ、検証できる大人に、体感者がいない。学者、医学、政治の分野に体感者がいない。
「若者が突然脳死になる奇病」「生還者はまだいない」公表されてるのはそれだけだ。
……話を戻す
[世界]の砂漠で1人死を待つ少女カナ。
町から町への街道だが、普段から人通りは少ない。町を移動するプレイヤーが減ってるのだ。日が暮れかかるこれからは更に減る。暗くなる方が魔物の出現率も上がり、凶暴な魔物も増えるからだ。そして何より、必ず寝る(現実に戻る)必要があり、安全地帯で眠らなくてはならない。
(私……死んじゃうのかな?)
そんな、もうカナが諦めかけた時に、1人の若者が通りかかった。
長身の若者。運良く商人、そして冒険者(プレイヤー)だった。
「[ハイポーション]ならあるけど、お金持ってる?」
MP回復薬だ。タダでくれないのは、実際ホントに高いのだ。
この[世界]の通貨単位はG《ゴールド》。1Gは約10円で計算するのが一般的、円の10倍くらいの価値感だ。そして、ハイポーションは1個が2000G以上はする。2万円以上する高級品、だからカナも所持していなかった。
(お金……?!)
鈍る思考の中、カナは思い出していた。トモちゃんとイベントを攻略中だった事を。
薬代に困っていたNPCの親子に、お金を立て替えるイベント。魔物を倒しまくってやっと揃えた大金、それを届けに行く、町移動の途中だった。
……その大金は今、運良くカナが持っていた。
「……あります」
弱々しい声を発し、思い出したその金を、ゲームではもはや常識の万能道具袋から取り出した。 利き手と逆の腰の位置にある設定の[万能袋]。大盾や鎧一式まで楽に入ってしまうのに、普段は見えない、重さも感じない。道具を取り出そうとした時だけ現れる、まるで四次元ポ○ットのような袋。
カナはそこから布袋を取り出し、どさっと膝上に置いた。ずっしりとしたその袋には7000G、約7万円分の硬貨が入っていた。
と、その時、座った横に置いていたカナの杖が地面に落ちた。命を救ってもらったランダム召喚の杖、カナはそれを拾おうと屈んだ。
杖を拾って起き上がる、ただそれだけの間……
体を起こすと……目の前にいた商人がいない。
右方向、慌てて走り去る商人を見つけた。
手には、手には布袋?!
(膝の上の布袋が無い?!)
7万円を持ち逃げされた!
もう追いつけない。走る気力さえ、無いのだから……
買い取るはずのハイポーションも、置いていってない。
完全な泥棒……
他人の装備は盗めない。落とした杖を急いで拾わなくても、どこかに置き忘れたとしても、所有者が生きてる限り、装備は所有者の物、パーティ仲間になら貸したりあげたり出来ても、勝手に使う事はできない。
道具等は違った。
袋から出した時点で誰でも使える。本来は、パーティ仲間以外にも渡せるようになのだが……こんな悪用も出来た。
(さっきの召喚で、運を全部、使い果たしちゃったんだ……きっと……)
カナはまだ泣いていない。号泣するのはこの後だった……
また1人、通行人が現れた。
「
カナはそんな言葉を思い出していた。
若い男だ。ホワ○トベースから脱走した時に少年が纏うような、汚れたフード付きマントを被っていて、顔は良く見えない。身長は170cmくらいだろうか?最初2m近い長身に見えたが、背負った大きな縦長の荷物のせいと解った。夕陽が影をつくり、色々判別しにくい。
カナに気づいて近づいて来た。
両目が隠れるほどの長い前髪で、接近しても、やはり顔が良く見えない。
男が自分からフードを取った。
肩まで届きそうな黒の長髪。マントの下は黒系統の作業着?軍服?ジーンズ?に似た上下。機能重視で見た目にこだわらないタイプらしい。
カナはMPが無い事を伝えた。知られたくは無いが、これを解決しないとどうにもならない。
「ハイポーションでいいかな?」
(同じ展開だ……)カナは落胆した。
「……ステータス、見せて下さい」
とっさに思った事を口にした。
この青年の[モラル値]が見たかった。
二桁あれば善人と言われる[モラル値]。少しずつしか上がらず、下がるのは簡単。金を持ち逃げしたさっきの商人の男は、一気に何十も下がっただろう。カナを囮にして逃げたトモちゃんも、厳密には犯罪ではないが、モラルは下がったに違いない。
「手のひら出してくれる?」
青年に言われるまま、右手のひらをかざした。
ステータスを見せる方法は2つある。
互いの手のひらを合わせると、お互いのステータスを見せ合える。強さに関連する数値、力や剣スキル、職業ランクなどは隠されていて、相手が許可しないと見れない。力の差が簡単に解ると困ることが多いからだ。
モラル値は隠されていない。カナはそれが見たかった。
(モラルがマイナスだったら、このポーションを一気飲みしてやる!)
今渡されたハイポーションを握りしめ、思っていた。
高級なハイポーションを買い取る金など、もう持っていない。ただ、ステータスなど確認せずに勝手に飲んじゃう方が早いのだが、今のカナの思考は鈍っている。
一気飲みして回復したMPでランダム召喚して返り討ち……そんな筋書きしか頭に無かった。
「ポーション飲みながらでいいよ」
そう言いながら、青年はカナの手のひらを自分の額に当てた。
ステータスを見る2つ目の方法……相手の額に手を当てると、当てられた側のステータスだけ見れる。でも……
(見られる側にメリットは何もない!!)
みんな嫌がってやらせない……はずなのだ。
「どうかな?変なとこあるかな?」
平然と訊いてきた。見られる事に、微塵も嫌な顔をしていない。隠れてる数値も、頼めば簡単に見せてくれそうな雰囲気だ。
「あ、ごめん!」
青年が突然謝った。
「そのポーション、飲んでからでいいよ」
カナは混乱した。自分が何をしたいのかも解らないまま、言われたままに、ポーションを口にした。
その時、
彼のモラル値が目に止まった!
(……42…8???)
よんひゃくにじゅうはち?!!!
モラル値に、3桁目があるのも今知った……
カナの見ているその瞬間に、モラル値が431に増えた。
高価なハイポーションを無料であげた証。
ずっと疑いの気持ちでいた自分が、凄く卑しく思えたカナの目から、
次々と、涙が溢れてきた……
「どうしたの?!」
青年は、カナの突然の号泣に、当然、慌てた。
(ゴメンなさい!ひどい態度を取ってゴメンなさい!!)
とにかく謝りたかったのだが、
「……お金……盗られちゃった……」
照れ隠しなのか何なのか、口から出たのはこの言葉だった。
事情を知った青年は、金を持ち逃げした男の逃げた方へ、一緒に行こうと言ってくれた。カナは忘れていたが、そっちは青年が来た方角、反対方向の町へ行こうとしていた素振りなど微塵も見せない。だからモラルが増えるのだろう。
モラル3桁の片鱗はさらに続いた。
何かの大会で貰ったという[隠れ身マント]をカナに渡した。装備すると、攻撃体制を取らない限り、装備者は魔物に狙われないというレア装備だった。
仲間以外に装備は貸せないと気づくと、2人はパーティの仮契約を済ませ、カナはマントを渡され、装備できた。
と、
「?!」
出た?!
全てを狂わせた因縁の相手、サンドワーム!!
青年の背後から、音を立てて現れた!
音に反応して振り向く青年、カナに向けられた背中、背負っていた大荷物は、
巨大な、剣!!
例えるなら巨大な包丁。月牙天衝が撃てそうな大きく重そうなその大剣を、右手一本で鞘から抜くと、
袈裟斬りで一撃!
さらに、返しで一撃!いわゆる、燕返し!
そしてまた、袈裟斬りで、燕返し返し!!
その3撃でサンドワームを倒した。
最後まで右手一本で大剣を操り、背中の鞘に戻すときに、癖なのか格好つけなのか、ペンか鋏を回すかのように、軽々掌を中心として時計回りに一回転させてから、収めた。
カナは、その剣を知っていた。
情報サイトで見た「スゴい剣」第一位!
[ジュピターソード]!!
……その後もジュピターソードを軽々と操り、暮れるに連れ出現率が上がり、さらに凶暴化してる魔物を次々と青年は蹴散らした。
そして、収めるときは背中でくるり。やっぱり癖だ。でもそれが、心強く思えてきた。
カナに戦闘をさせる事は一度も無かった。
しかも、ゴールドと経験値の配分は均等。3回目の戦闘の後に、カナが勇気を出して配分変更を申し出たが、
「気にしないで」
青年は笑顔で言葉を返しただけだった。
……そうそう、パーティ契約の時に、互いに自己紹介していた。
青年の名はちょっと変わっていた。
青年は[アイ]と名乗った。
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