第4話 「条件がある!」

 サンイールの町に着いた。

 トモちゃんとクリアするはずだったイベント、薬代に困っている親子がいる町。その親子に渡す予定だった代金7000Gを奪った、プレイヤーの商人が逃げ込んだ町……

 最初の予定とは大分違う形で到着した。

 トモちゃんもいない。お金も無い。時間も遅れ、日も沈みかかっている。

 借りていたレア装備[隠れ身マント]をアイさんに返した。

「あげるよ」と言われたが

「1人行動じゃ隠れ身スキルが発動しないから」と渡した。

『なら、一緒にパーティ組もうか』

ちょっと期待したのだが、その言葉は返っては来なかった。


 宿屋をとる前に、詰所に寄った。

 どの町にも大なり小なり警察機構がある。大都市だと軍隊、小さな町だと自警団や保安官、その規模により町の治安も様々だった。

 このサンイールの町は、聖教会の総本堂[セントエルアール大聖堂]のある聖都市の玄関口でもあり、[聖教会十字兵団]が常駐していた。

 北の帝国、南西の王国、南東の連合王国、領地面積ではその3大国に到底及ばないが、兵力はその3大国に次ぐ規模の聖教会十字兵団。少人数とはいえ、その兵士が常駐している事で、この町の治安はすこぶる良かった。

 組織としても優秀だった。金を盗られた被害届を出しに行ったら、すでに指名手配されていた。入口の門番兵に呼び止められ、町に入る事なく慌てて別の町の方へ逃げ去ったと言う。モラルの低い者に職質する仕組みなのだろう。NPCはモラル値で態度を変える。恐らくは、プレイヤーが悪事を働かないための工夫なのだろう。

「○○○の町へようこそ!」しか言わない門番はもはや過去の話らしい。


 被害届の帰り道、

 擬音で例えるなら「ぽよん!ぽよん!」

 わかり易く言うなら「ボイン!ボイン!」

 2人の向かいから、アヤしい巨乳が近づいて来た。


 上はヌーブラ、下はフンドシの変質者。2人の目にはそう映った。

 顔の半分が、ティターンズの大佐のような分厚いゴーグルに隠れ、よく解らない。

 解っているのは、

(めちゃくちゃ怪しい!!!)

 2人は、目を合わせないように通り過ぎようとした……が、変質者の方が2人に寄ってきた。

「こんにちは」

 ゴーグルを上げて挨拶して来た顔は、意外にも普通の女子高生、地味めだか素朴、第一印象の不審感がなければ、可愛いと呼べた。

 上は紐つきビキニ(水着)、下は両スリットのスカート(後ろにも長い布がある)。イメージはモンバーバラの踊り子。彼女目線だとそうなる。

 でも、セクシーを勘違いしている[サンバダンサー]……そんな感じにしか見えない。

「私たち、宿を探さないといけないので」

 2人は早足で逃げるように去った。


 翌朝、宿屋の一室で目覚めたカナは、すぐにアイのいる隣室を訪ねた。寝起き後の身支度が不要なのも、この[世界]の特長の一つだ。

「そちらの方は、もう出掛けられましたよ」

 中居の女性が現れ、教えてくれた。

(さすがNPC、タイミングがいい!)

 ……などと考えてる余裕はカナには無かった。

 アイが黙って消えたと思い、慌てて外へ飛び出すと、

 ……こちらに向かって、ゆっくり歩いて来るアイが視界に入った。

 笑顔で近づいて来て、手にしてた布袋をカナに渡した。ずっしり重い。

「1万Gで売れたよ」

 必要なのは7000、でも1万全部を渡す所がいかにも彼をらしい。流石はモラル400超え!

 でも、それよりカナは、

(売れた?何を?)

 そっちの方が気になった。そこはこれ以上、迷惑かけるつもりが無かったから。

 売却したのはよりによって、隠れ身マント……カナには想い入れのあるアイテムだった。


 アイに待っててもらい、カナは売ったという武器屋に走った。飛び込むなり買い戻しの交渉をすると

「4万G」

 カナは耳を疑った。

 さっき1万Gで売ったマントを買い戻したいと改めて言い直し、カウンターの奥に見えてるマントを指さした。

「4万G」

 同じ答えが返ってきた。

 初老の小柄な老人は、顔色一つ変えない。

「……ってことは店主、」

 カナの横からひょっこり顔を出した女性が、言葉を続けた。

「あんた、ボッタくったわね!」

 言い返そうとした老店主より先に、更に言葉を畳み掛ける。この女性、

 昨日会った巨乳変質者だ?!!

「私が鑑定スキル[S]の[Aランク商人]と理解した上で、言葉を返しなさい」

 啖呵は続く。

「冒険者にこんなアコギな商売してると聖教会が知ったら、この店どうなるかしら?」

 さっきまで顔色一つ変えなかった老店主が、みるみる青ざめていった。


「もし自分で職業選べても、商人は無いよね」

 トモちゃんと話した事があった。

 けど……いやいや、商人って有能?!カナは思い直している。

 その女性商人は、マントを買い戻しただけじゃなく、お詫びの5000Gも老店主に追加で出させた。そして、カナと一緒に店を出ると、即座に自分のステータスを確認し、ガッツポーズ!

「良し!示談扱いになってる!モラルは減ってない!」

 この、やり手の変質者……もとい、やり手の女性商人は[レイ]と名乗った。

「戦闘力以外で一番重要なのって何だか解る?」

「モラル」…と言おうとしたカナの答えを待たずに、先に答えを叫ぶ。

「『運』よ!」


 露出が過ぎる変な衣装も『運』を上げる為だという。確かにカナも、召喚の成功率をより上げる為に、ヘソだし衣装を着ている。ただ、仮想世界とはいえ、半裸で街中はとても歩けない。

「本当の体じゃない訳だし」

 巨乳を故意に揺らしながら語る。

 この[世界]の[初期設定]の時に希望を聞かれたので、巨乳をリクエストしたらしい。

(初期設定なんて、本当にあるんだ?!)

 職業やレア特典は選べないが、容姿のリクエストは、ある程度は聞いてくれるという。ただ、初期設定の時の事どころが、初期設定があった事自体を、ほとんどの人は覚えていない。まあ、知ったところで、今更どうにも出来ないのだが。

「はい、これ」

 事情を聞いた後、レイは武器屋からせしめた5千に自分の2千を加えた、7千Gをカナに渡した。

マントとイベント用の金、その両方をカナは手に入れた事になる。

 ただし、

「条件がある!」


 アイを紹介して……それが条件だった。

 一緒にパーティを組むのが目的だ。

 レイの怪しいゴーグルは[パラスコープ]、他人のステータスが見れる超レアアイテムだった。手のひらタッチでは見れない、戦闘に関するステータスも覗ける。

 そのパラスコープで物色してて見つけた、1人だけ格が違うステータス、そして昨日、勇気を出して声をかけ、見事に玉砕……

 昨日頼まれていたら、即決で断っていたろう。

 でも、アイとの待ち合わせ場所に向かうカナの足取りは軽い。一緒にドサクサで自分も売り込む好機!そう思った。

 ……と、そこへ、カナの戻りが遅いのを気にして、アイが向こうからやって来た。理由を話さずに出たから心配したのだろう。

「あ、あの!……仲間になって下さい!!」

 行動派なのかテンパるタイプなのか、紹介する前にレイが叫び、深々と頭を下げた。

「わ、私も……もっと一緒に旅したいです!!」

 カナも勇気を振り絞り、同様に頭を下げた。

 ……

「条件がある!」

 ちょっと意外な返事が返ってきた。


「亭主関白タイプだったね」

 レイがつぶやいた。2人は考える時間を貰い、人気のない路地裏にいた。カナにもちょっと意外だったが、どこか影を感じていたので、その理由が少し解った気がしていた。

「厳しさと優しさは同じもの!」

 またしても突然、レイが叫んだ。

(教訓? 座右の銘?)

「うちのお父さんの口癖。空手の先生なんだ。」

「レイも空手やってるの?」

「やってるのはお姉ちゃん。ヤクザが道を譲るくらい強いの。」

(さらっとトンデモナイ事言った?!!)

 それはさて置き、

 ……アイの出した条件は3つ。

 1つ「街の外では絶対単独行動を取らない」

 2つ「他人の素性を知りたがらない」


「決めた!」

 レイが立ち上がった。

「私も!」

 カナも立ち上がった。

 2人とも返事は決まった。


 3つ「僕は、魔王を倒す力を付けたい。その前提で旅を続ける。今より強くなる為の旅ができるなら、一緒に行動してもいい」

 カナもレイも、アイと出会う前から、強くなりたい気持ちは持っていた。


 3つ目の後にアイは続けた。

「今の状況は間違っている。人が次々亡くなっていく[世界]なんておかしい!」


「僕が……!」


「 I《僕》が[世界]を終わらせる!!」

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