第27話 正直者

 広場に人だかりが出来ている。

「お願いします!村を救って下さい!」

 声を張り上げるのは、少年。まだ10才くらいの少年。

 [募集イベント]である。

 大抵は、村(街)を魔物から救うパターン。

 ……ただし、難易度は高い……サイトには、そう書いてある。複数のパーティで挑むのが普通。生半可なレベルなら参加しない方がいい、と。

「ドラゴンを、倒して下さい!」

 これは、かなりの難易度の可能性がある。

 ドラゴンは、象よりデカくて[小]。ほとんどが[中]以上。属性や体型(爪、角、皮膚etc)でも難易度が大きく変わる。

「手を出すのは止めよう」サイトにはそうある。

「報酬なら、あります!」

 少年が掲げた手には金貨!金貨は2万円程度の価値がある。

 反対の手で掲げたのは布袋。小玉スイカほどの大きさ、ずしりと重そうだ。

「一杯入っています!」

 金貨を袋に戻すと、チャリンといい音がした。一杯なら50枚?100万円の報酬なら、破格と言っていい。数チームで分けても、いい報酬だ。

 普通、募集イベントは、軍隊の派遣が難しい僻地、基本的に貧しい。報酬も微妙だ。

 これはおいしい!

 ……しかし、相手はドラゴン。誰も名乗りを挙げない。ただ、観衆は去らない。ほとんどが冒険者かNPCの猛者だ。迷っている可能性も高い。

「まだ、あります!」

 横から、もっと小さい子が走って出てきた。

 5才くらいか?予め、言われていたのだろう。手には同じく、重そうな布袋を持っている。

 弟であろうその子が、

 少年の手前で転んでしまった。

 少年が、慌てた。

 転んだ弟を気にしたが、それ以上に弟の持つ布袋を気にして、

 慌てて動いて……自分の布袋を、落としてしまった。

 チャリン、と飛び出る金貨……が2枚……あとは、沢山の石ころだった。

 少年は、固まってしまった。

 弟は、泣いている。

 観客が、ざわつき始めた。

「もう一個の袋も見せろ!」

 そんな罵声も飛んだ。

 大人が出てきた。

 少年たちの親かと思ったが、使用人だった。

 子供たちを助けようとしたその前に、

 ……人影。

 金貨を拾ってから、布袋を拾い、飛び出した石ころも全部拾う。

 拾った石ころを全部布袋に戻し、2枚の金貨を立ち尽くす少年の手に返した。

 そして、転んだ弟を抱き起こすと、

 ……布袋を、自分の懐に入れた。

「報酬、受け取ったよ。」

 もちろん、我らがアイである。

「騎士様……」

 使用人が跪いて、アイを拝み始めた。

 弟は、訳が解らず、自分の布袋もアイに差し出す。

「バ、バカ!」

 少年に叱られた。少年は中身が全部石だと知っている。

「もう断われないね。」

 アイが笑った。

 そこへ、仲間が集まってくる。7人全員そろった。女性ばかりなのを見て、自分たちも参加しようか迷っていたパーティも、懐疑的になる。

「あれで倒せるのか……?」

「相手はドラゴンだぞ?」

 声が聞こえてくる。

 しかしアイは反応しない。こういう声は、彼の耳には届かないのだ。

「本当によろしいのですか、騎士様?村にはあまり余裕が……」

 使用人のその問いかけには答えた。

「私は、そんなに凄い人間ではありません。」

 その次の言葉に、仲間がみんな、指を折り始める。

「……ギリギリの勝利が1回、一旦撤退が2回、仲間に助け出されたのが2回……今回もすんなり倒せるかは解りません……こちらこそ、こんな私でよろしいでしょうか?」

 順調に強くなってる気がしてた仲間たち、

(そうだったっけ?)と考え、数え始める。

「……ゴルゴンゾーラ、オバケ山、クリステル、サンダー谷……黄金剣!」

 微妙に違ってるが、声に出す者もいた。

「……ありがとうございます……」

 使用人は、再びアイを拝んだ。

 NPCは、どんな格好でも[騎士]を見分ける。この[世界]の騎士は、行いももちろん大事だが、まず、強くなくてはなれない。その事を知っているのだ。

 ……が、迷っていた冒険者たちは、引いてしまった。一緒に命がけで戦うのは、今のを聞いた後では無理だろう。

 セインはそれで良いと思っている。

 自分たちで戦えない者が増えれば、アイの足かせが増えてしまう。


 小さな兄弟は今、ケーキを食べている。

 兄は遠慮がち、弟はもぐもぐ食べている。

 いざ、村へ出発という時、弟のお腹が鳴った。ここは、セインの奢り。

「馬車に乗せてもらう前金だから、遠慮しなくていいのよ。」

 お兄ちゃんに優しく勧める。

 荷馬車でも、どのみち一泊しないと着かない村、だから慌てていない。

 魔物も、村にゆっくりと迫っている。歩みは遅いのだそうだ。さらに正確には、ドラゴンとはちょっと違う魔物らしいが、ドラゴンと言われた方が解り易い。そこも気にしない。

 他の街にも、別の班が募集に行ったと言う。仮に先を越されて倒されても、それはそれでいい。むしろ、村が助かるなら喜ばしい。

「美味しい?」

「うん!……でも、村の水桃の方がもっと甘い」

 正直に言って、兄に怒られる弟。

 子供は正直者だ。むしろ、しっかり者でいないといけない10才のお兄ちゃんが可哀想だ。

 ……特産品の水桃が沢山採れていたころは、村は潤っていたという。魔物の出現で水桃の木がどんどん栄養不足になり、魔物が村に近づくにつれて、栽培に悪影響が出て、今は収穫ゼロに近い。


 荷馬車で出発。

 荷台に幌は無い、景色が見える。ゆっくりと景色が変わる。ロバかな?ってほど遅く感じるが、仕方ない。2頭の馬で、荷台に10人、十分凄い。

 ドナドナ歌い出した者がいたが、売られる歌だと気づいてやめる。

 魔物も度々出た。サンドザウルスまで出た。

 アイが簡単に倒したことで、使用人も子供たちも、魔物打倒の期待を高める。

 村に迫る魔物について質問したが、使用人は完全に戦闘の素人で、属性や習性など、事前情報は得られなかった。

 セインの持っているランタンと同じ物が、この馬車にも積まれている。魔除けのランタン。行商人は大抵持っている。村の教会で[聖なる魔力]を込めてもらい、魔除けとして使う。なかなか魔力が貯まらないので、他で買うことも多い。貴重品だ。護衛や冒険者が同行するときは大抵OFF。今もOFF状態だ。


 一泊し、翌日午後、救済する村に着いた。

 村長宅に向かう途中、水神様の祠があった。

 足を止めた。

 水神様でピンと来たのだが、入手した大きな壺を奉るスペースはどこにも無い。ちょっと聞いてみたが、水神様の祟り等の伝承も解らなかった。使う場所はここではないと判断し、先へ進んだ。

 村長宅に着くと、

「どうぞ、くつろいで下さい」

 奥の部屋へ案内された。

 緊迫感にかける。まるで旅行に来た気分だ。

 あの子供たちは、村長の孫だった。

 子供たちの話を聞き、さらに手厚くもてなされる。今日はゆっくりして、明日現場の方に、などと言われ、庭が見える広い部屋でお茶を飲む。

 緊迫感にかける。良いのだろうか?

 ……と、

 緊迫感が騒々しくやって来た。

「ふざけるな!!」

 庭の出入り口から入って来た男が怒鳴る。

 アイたちに同行したのとは別の使用人が、平謝りしている。

 入って来たのは全部で5人、いや6人だ。1人、大男の背中に背負われている。

 別の客=アイたちがいると解ると、体裁を整えるかのように、背中から降り……浮いた?

 ヨガの達人のように浮いているイメージの……女!きっと魔法使いの女!

 これで6人、いや、使用人を除くと5人が、ハッキリと見える。

 怒鳴っている、目つきの悪い黒ずくめの男。クールだが、やはり目つきの悪い男。プロレスラーのような、さっきまで軽々と女性を背負っていた大男。人格も歪んでいそうな下卑た小男。そして宙に浮いている、見た目占い師のような女。

 ……どう見ても、全員クセ者。

 午前中に別の冒険者が来ていたと、聞いてはいたが、早々に魔物がいる場所へ行ったと、聞かされたばかりではあったが、まさかこんな、クセ者揃いだったとは……

 で、怒鳴っている理由だが、

 ……どうやら、報酬をごまかされただけでは無いらしい。

 大物退治に勇んで向かったが、いかにも攻撃でガンガン押すタイプに見える黒ずくめが、攻撃が効かなくて腹を立て、報酬の少なさも持ち出して怒鳴っているようだった。

 村側に、落ち度が無い訳ではない。

 が、ドン引きするほどの癇癪。

 しかも、怒っているのは1人だけ。仲間は素知らぬ顔。慣れているのか、気が済むまでやらせないと鎮まらないのか。

 女中が大慌てでやって来て、アイたちに出す予定だった水桃を、黒ずくめに名産品だと差し出した時、

 盆ごと跳ね飛ばし、落ちた水桃の一つを、黒ずくめが踏みつけようとした。

「やめろ!」

 アイが叫んだ。

 今は収穫量が激減し、村人もほとんど口にしてないと聞いていた。

 子供たちも、食べたいけど食べれないと。

「ああぁ?」

 黒ずくめの剣士[クロノ]がアイを睨みつけ、

 笑ってから、

 水桃を踏みつけた。

「拾え!」

 アイも怒りが収まらない。

「じゃあよ、[バトル]で白黒つけようぜ」


 ……雲行きが怪しくなってきた

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