第35話 アイさんが転んだ!

 アイさんが転んだ!

 現実のアイさんは謎だが、この[世界]では、身体能力が並外れ、運も高い。

 そのアイさんが転んだ。

 次の街への移動途中、何かの気配を感じ、アイさんが突然、剣を抜いた。

 みんなも、それを見て警戒する。

 高い木々もあるが、基本的には平地、視界もいい。魔物は見当たらない。

 辺りを気にしながら、アイさんがゆっくりと進む。

「気をつけて!」とは言わない。

 本人も半信半疑、気になる「何か」の正体が解らないのかも知れない。

 と、

 木の根につまずいて、転んだ。

 正確には、剣をとっさに地面に刺して体勢を保ったので、つまずいただけ。膝も着いていない。

(アイさんでも転ぶんだ……)

 みんなが思っていたはず。

 当の本人も後ろを振り向き、照れ臭そうな笑みを浮かべた。

 と、

 全員に経験値が入った。

 聖人が転ぶと経験値が入るの?

 ……そんな訳ない。

 戦闘報酬(ドロップアイテム)が出た。

「ステルスビートル(標本)??」

 何のことやら?何が何やら?


 転んでもただでは起きない。その、こんなわかり易い例を、初めて見た。

 コガネムシとそんなに変わらない昆虫。転びそうになったアイさんが、地面に剣をついた時、仕留めていたようだ。

 メタリック塗装のように虹色に光る虫なら現実にもいるが、このステルスビートルは、生きてる時は、姿が見えない。死後(標本)になると、虹色の光を、ホログラムのように立体的に、映し出す……と、アイテム鑑定したレイちゃん談。

「コレクターに人気があり、2……」

 レイちゃんが、一瞬止まった。

「20万円以上で売られることも多い」

「20万?!」

「ケタ間違ってない?!」

 首を振るレイ。私達は解りやすいように、よく日本円換算で話す。1ゴールドは約10円。

 うっかり大金を消費しない為なのだが、この強欲……おっと、お金大好き姉妹はとくに、円基準で話す。

「こんなのが2万ゴールド……」

 シノの目がキラキラしてる。プチトマトサイズなのに20万円。転んだだけで20万円。


 街に着いた。

 目につく所に、高級料理店の看板があった。

 第一目標は道具屋だったのだが、いつもなら素通りする高級看板に目が止まった。

『超スペシャルディナー お一人様5万円』

「これって、満漢全席みたいな感じかしら?」

「役満ってやつ?」

 九蓮宝燈、国士無双、満漢全席……ありそうな気はする。

「あ、その下!」

『ゴージャスディナー お一人様3万円』

 こっちなら、売値20万円にちょっと上乗せできれば、7人分いける。

「1品2000円で追加メニューありだって」

 それがまた、30種以上載っている。

「みんなは見てて、私、売って来る!」

 このままじゃハードルが上がり過ぎる。察したレイが早足で離脱。アイが警備について行く。

「まあ、25万ってところかしら……」

「プラス4万円……一人3品足せるわね」

 などと、話しているうち時間が過ぎ、

 レイとアイが戻って来た。

「30万だった……」

「おっ、良くやった!」

「プラス9万だと……一人7品追加?」

 そんなに食えるのか?とは誰も突っ込まない。

 レイが、首を振った。

「30万……ゴールド…だった……」

 固まる一同。

「……それって?!」

 そう、約300万円で売れた。

 捕らえた状態や個体差で値段が変わる。

 魔法で倒すと劣化、武器で倒しても破損、ここまでキレイなのは珍しいと言われ、試しに光を当てると、家庭用プラネタリウムのように、広範囲を照らした。

 是非とも欲しいと高値がついた。

 全員、開いた口が塞がらない。その、こんなわかり易い例も、初めて見た。

 ……

「超スペシャル、い、いけるわね!」

 誰かの声が裏返っている。

 余裕で行けるが、彼女たちに余裕がない。

 看板に『要予約』の文字。注意書きを読む。

『予約は人数の半数以上で直接来店下さい』

『キャンセルは聖職者の方がいれば無料』

 小さい文字の注意書きが、頭に入ったのか入らなかったのか、読み終わると、半数以上の4人と聖職者であるセインとミコも引っ張って、ディナーの予約に駆けていった。

 置いていかれたと言うか、ついていけなかったと言うか、1人残されたアイ。

 広場の噴水の方へと歩く。

「はぐれたら広場、噴水があったら噴水の前」

 前からパーティで決めてある。

 しばらくして、みんな少し落ち着いて戻って来た。予約も無事済んだのだが、


 無事に済まない大事件が!


 パーティ結成史上、最大?の大事件が?!


「ゴメン……お金……落とした。」

 アイが深々と頭を下げて謝罪。

 ……

 ……

 ……

 ……

 ……

 ……な、何ですとぉぉぉぉぉおお?!

「ぜ、全額?!!!」

 詰め寄るシノ!

 それを止めたのが、セイン、ではなくカナ。

「お詫びとして、あれを買って下さい。」

 広場の露天商。

 小さなスペースで、アクセサリーを売っているNPCの女性がいる。

「7つ、同じものありますか?」

 あったのが、小さな金の星型のペンダント。

 みんなからは[教訓のペンダント]と呼ばれることになる。

 ……この[世界]でお金を落とすはずが無いのだ。

 「盗まれた」なら、まだ解る。

 ……お金を持ったアイを一人にしない。大事な物はアイに預けない……そういう[教訓]だ。

 何に使ったかは誰も訊かない。

 ただ、せっかくお揃いなので、そのペンダントは全員身につけることにした。

 [教訓]を忘れないためにも。


 で、数時間後、

 ……全員何故か、装備のグレードが[+2]に

 ……何故かは……後日。

 ……で、もう一つの珍事。

 街の隅の祠の前を通ると、

 祠の方から、話しかけられた。

『久しいな、小僧ども。』

 水神様[水龍]だ。

 それほど「久しく」は無いのだが、まあ挨拶。

『急用だ、すぐに我のもとへ来い。』

 あの湖の結界を、三たび目指すことになった。

『……走らず、慌てず、歩いてで良いぞ。』

 ツンデレならぬ「ツンヤサ?」の水龍らしい言葉。

 着くまでイベントは進行しない、ゲーム世界ならではの言葉?


 最短ルートを普通に進み、万が一の戦闘可能な体力を十分に残して到着。

「初めまして、皆さん。私のことは………………えー、名前は呼ばなくて結構です。」

 忘れっぽいドアボーイ(ガール?)のデルちゃんに案内されて、水龍の元へ。

「200年間、ほとんど人間に会ってないんですけど、ついこの間、貴方たちと良く似た冒険者に会いましたよ。」

(それ、私たちです)

 さらにややこしくなるので、デルちゃんには心の中でツッコむ。

「そう言えば、そのあとも一度、貴方たちと良く似た冒険者が来ました。」

(それも、私たちです)

「あー、そうそう……私のことはデルちゃんと、お呼び下さい。」

(知ってます)

「この体は実は義骸でして、」

(知ってます)

「本物の私は、実はナイスバディのセクシー美女です。」

(……それは初耳です)

「……あ、私のことは[フィーちゃん]とお呼び下さい。」

(ええっーーっ?!デルちゃんじゃないの?!)

 ……と、緊迫感の無い案内で着いたのが、緊迫感の権化との対面の場所。

 東洋風の青いドラゴン[水龍]。金色だったら宇宙竜?近くだとやはり大迫力。

『いよいよだ。』

 会うなり言われた。

『大魔王復活が見えて来た。』

 さらに緊迫感の言葉が?!!

『確かな残り時間は解らぬが、有効に使うため、我が力を貸そう!!』

 本当に、迫っている実感が湧く。

 戦ってはいないが、[五聖獣]はセイン曰く、[五聖剣]にも匹敵する大きな力。

『ヌシらの一人、我と[契約]せよ!!』

 言うなり[契約]の注意事項があった。

 今いるような、聖獣などによる[結界]、[魔界]などの異空間、[ゾーン]と呼ばれる[気]の満ちた場所。これら以外で五聖獣を呼び出したら、一瞬で契約者のMPを奪う危険がある。超大物の召喚獣を呼び出した感じだ。場合によっては瀕死状態に陥る。

 一方で、ちょっとした短時間の会話(声だけパーティ全員に届くテレパシーのような感じ)は、MP無しできる。ただし、契約者以外からの質問や、必要ないと思った質問は答えない。

 で、注意事項に「同意する」にチェックして、

(無いです、そんなの……)

『実はもう、相手は決めてある。』

「ヒントです!」

 デルちゃんが割り込む。あっと、フィーちゃんだった。

「①見た目で決めました。水龍様の好みは、私のようなセクシー美女です。」

 はい。全く解りません。

「②聖職者です。水龍様は修道服フェチです。」

 これで2択に絞られた。

「③水属性は[癒し]の属性でもあります。」

 回復役といえば、

『相性のいい③だけで決めたのだ。①と②は忘れろ!』

 セインが[水龍]と契約した。


 留守番の一人と一匹を残し、次へと旅立つ。

「じゃあね、フィーちゃん。」

「やだなあ、私はデルちゃんですよ。」


 もう、どっちでもいいや。


 セインに宿る水龍に、どっちの名前が本当か訊いてみる。

 ……返事はない。

 必要ない質問には答えないんだっけ。

 ……だから、どっちでもいいや。


(解るのは、かなり先です。ゴメンなさい)



 

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