第16話 紅茶の味が、変わった?
なぜ、高校生が未亡人となったのか?
それは、1枚の貼り紙から始まる。
「花嫁募集します。20歳以下、住民不可、異国の者・冒険者大歓迎!」
まるで「バイト募集」の貼り紙みたいに、大豪邸の門前横に、貼られていたと言う。
仲間も無く、落ち込んでいたリアリアは、イタズラかとも思ったが、ダメ元で屋敷のインターホンを押した。架空世界だから、変な関係にはならないだろう……そんな風にも考えていた。
面接。大豪邸の当主ドクシー、白髪のおじいちゃん。おそらく病人、ガウンの下はパジャマ。応接間のソファーにすでに座っていた。歩行困難かも知れない。そして傍らに、リアリアを案内した執事のラトラー。絵に描いたような執事。
で、会うやいなや、
募集者本人に、大笑いされた……
死ぬまでにしたい10のこと、そんな感じの話だった。
この[世界]の奇病、この大陸の人でもまず知らない難病[マレナ病]。大陸中を渡り歩いて1代で富を築いたドクシーだったが、大陸のどこかで、この難病に感染した。
感染力は強くないが、他人にも感染する。感染発覚から他人との接触を避け、
「晩年は人嫌いの偏屈」と噂されるようになる。
専門医を地元に呼ぶ事も考えた。だが、やっと見つけた専門医は、現地で他の患者も診ていた。ドクシーは金に物を言わせる男では無かった。
執事にも感染させないため、同じ屋敷に居ながら、同じ部屋に入るのを極力避けた。ラトラー以外には暇を出した。
孤独な生活……皮肉にも、孤独を終わらせたのは「発症」。発症すると感染しない奇病。
ただし、発症したら確実に助からない。それでも、また執事と普通に語れる日々に戻った。
「死ぬ前に、何かやらかしたい」
そんな雑談から、
「結婚されてはどうでしょう?」
執事の冗談混じりの発言が採用された。
多忙で、各地を飛び回り、婚期を逃した。今さら結婚するなら、バカバカしい結婚にしよう。
そうして、いくつか考えた花嫁募集方法……その第一弾で、リアリアが釣れた。
初日に釣れて、大笑い!……そして採用。
採用理由は、会うなり大笑いした理由を聞いて、一緒に笑ってくれたから。
マレナ病は、若者の感染例はゼロ。だから「20歳以下」
募集者には理由の説明が必要、病気をできるだけ知られたくないから「住民不可」
そしてやはり、もう動き回れない。大陸各地を旅して来たが、知らない話を聞いてみたいので
「異国の者・冒険者大歓迎!!」
……それから、3人の生活が始まった。
知らない話……現実の世界の話を、珍しそうに楽しそうに聞いてくれたので、リアリアは幾らでも話せた。
やがて……別れの時が来た。
長年の薬代などで、資産が減っている報告をラトラーから受けていたが、
「遺産は二人で分けてくれ」
間際にドクシーが言った。
「私は、貰う資格ない」リアリアが言った。
「財産は、全て奥様に」ラトラーが言った。
「遺産は、家族で分けるものだ……」
ドクシーは最期にそう言い残し、永眠した。
「……旦那様に、嘘をついてしまいました。」
ラトラーは悔いている。
実際の残りの資産は、ドクシーに報告したより遥かに少ない。いや、もうゼロに近い。マレナ病患者としては、ドクシーはかなり長く頑張った。薬代が大きく響いた。発症してからは効果はないが、発症前なら抑える効果がある。だから沢山必要となる。毎日少量飲み続ける。
「それもきっと、ううん、絶対、執事の仕事だと思う。」
本心からリアリアが言った。
最期が安らかだったのを見ている。大資産家として終われたのは、間違いなくラトラーの嘘のお陰だ。
それに、遺産なんてどうでもいい。
……などと、思っていたのだけれど、
「紅茶の味が、変わった?」
思わず口に出してからハッとする。
そうするように言ったのは、リアリア自身だ。
「流石です、奥様。」
ラトラーに褒められた。
母親が紅茶好きなこともあり、少し味にはうるさい。香りは以前と全く同じ…でも苦味がある。
食材の質を下げようと言い出したのは、
『プランB』の提唱者リアリア。
資産が底を尽きかけている。破産寸前。
そんな中、主が「成功者」のまま語り継がれて欲しいという、切なる思いの執事から、ぶっ飛び過ぎた発言が出る。
「屋敷に火を付けようと思っています。」
さすがのリアリアも絶句……
資産まるごと燃えた事にする。それがラトラーの『プランA』。意外と過激な老執事だった。
広大な敷地ゆえ、他に飛び火はない。現実ならもちろんNG!この[世界]だから出来る事。
モラル云々より、ラトラーが悪役になること、短かったが思い出の屋敷が無くなることに、反対だった。
平凡な頭で考えてやっと出たのが、リアリアの『プランB』。
世間で噂されているのを知っている彼女は、自分が悪役になることを提案した。
「豪遊して遺産を食い潰し、残りも持ち逃げしちゃったっていうのは、どう?」
もちろん反対された。
ただ、70歳を越すラトラーは、最近体力が落ちてきている。自分主導は難しいと判断し、やむなく折れた。
デモンストレーションが始まった。高級店や人集りに貴族の馬車で乗り付け、金を浪費してる印象を見せつける。商品にケチをつけて帰ってくれば、出費もない。体力低下のラトラーは、自分が万が一感染してる可能性を考え、馬車から降りなかった。それも風評効果を増した。
1人現れ難癖つける、黒いドレスの豪遊女。夫の遺産を食い潰す悪女。
噂は広まり始めた。あとは回数こなすだけ。家計を切り詰める必要がある。安い食材に替える提案もした。
真っ先に変わったのが、紅茶の味。その後が、食事。でも十分美味しい。ラトラーさんは料理も上手、それに、現実ならリアリアは一般庶民。
食費も厳しくなった。「資産持ち逃げ」の時がいよいよ来た。
ラトラーは、残った馬車を売って余生を過ごす手はず。
ちょっと涙が出た。
気持ちを切り替え、思い出の品として本当に「持ち逃げ」できる物があるかを探す。最後にちょっと屋敷の探索。
キッチンにも立ち寄った。食材もほとんど残っていない。
マレナ病の薬の瓶を見つけた。中身はもう、ほぼ空だ。終わりを再び連想させた。
気持ちをポジティブに切り替える。
(毎朝、苦い顔してラトラーさんが飲んでるけど、本当にそんな苦いのかしら?)
朝、その時だけ、主従になる。薬をうっかり忘れた振りをする執事に、目の前で飲むようにリアリアが命令する。飲み干して苦い顔をするまでが、もはや朝の恒例行事だ。
試しに一舐めしようとして、やめた。
最後の一粒まで、ラトラーさんに飲ませたい。
キッチンの一番奥に、紅茶の瓶を見つけた。
大きな瓶が3つ。1つは半分以下、残りの2つは上まで一杯に入っている。
「1、2年寝かせると美味しくなるんですよ。」
現実では余り寝かせたりはしないのだが、この[世界]の紅茶はそうらしい。
館の主が好きだった紅茶。まだ沢山残っているのは、きっと来年と再来年の分。まだまだ長生きして欲しかった証。
今年の瓶を手に取って、蓋を開け、中の香りを嗅ぐ。
……いつもの香りだ。まだこんなにある。
幸せの記憶の香り。
……
……あれ?
……何かおかしい?!
足はすでに、ラトラーの部屋へ向かっていた。
途中の廊下に、ラトラーは倒れていた。
意識はある。ただ、汗が凄い。
「しばらくすれば、収まります……」
かすれたような声を出す。
悪化したり軽くなったりを繰り返す……マレナ病だ。発症してる!
「……私にも、嘘ついてたでしょ?!」
抱き起こしながら、叱る。
「……すみません。昨夜、発症しました」
リアリアが涙目で首を振る。嘘は、そのことではない。
「あんなに、薬を飲むように言ったのに……」
叱る声が、まるで泣き声だ。
「毎朝……」
大粒の涙が溢れる。
「私の紅茶の方に、薬を入れてたでしょ?!」
気づかなかった自分に後悔……
あんなに紅茶が残っていた。味が落ちるはず無いのだ。
「若者は感染しない病気だって……」
「……病気に絶対はありません」
そして、ラトラーは笑顔を見せた。
「旦那様も私も、最期に楽しい日々を過ごせました。でも……貴方が楽しむのはこれからです」
……そこへ、町長リグスタルに操られた連中が押し入ってきて、金目の物を強奪する予定が、先手を打って隠されたと勘違いし、リアリアを人質に交換要求……となる。
「……なんだ、その、どーでもいい話」
言葉とは裏腹、シノは涙目だ。
「ほんどに、じぇんじぇん詰まんないよ〜っ!」
レイは大号泣している。
話が終わる頃、ちょうど隣町に着いた。
執事が馬車のドアを開ける。
全員降りたあと、
「これでお別れです。」
言われてしまった。
パーティが力をつけて戻って来る頃には、ラトラーは恐らくもういない。
「旦那様に会えたら……また、3人で紅茶を飲みましょうって……」
リアリアは、こんな事しか言えなかった。
明るく別れるつもりだったが、涙が溢れる。
「かしこまりました。」
ラトラーは明るい笑顔を見せる。
「最近、新しい紅茶の味を研究してましてね。70年でも80年でも、長く寝かせるほど美味しくなるんです。あちらで準備致します。奥様には美味しい紅茶を味わって頂きたいですから、
出来るだけゆっくり、出来るだけ遅く、我々に会いに来て下さい。」
(そんな紅茶、聞いたことがない……)
リアリアがラトラーに抱きつく。
(ああ……やっぱりこの人は、嘘つきだ……)
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