第13話 お姉ちゃんは絶対!

 『伝説の装備』が眠るという山。そこへの拠点となるモトフの町に着いた。

 軽く聞き込みをしたが、情報を知るNPCがほとんどいない。町の規模が大きくない事もあるが、『伝説』目的の冒険者も見当たらない。

 教会図書館の文献には、そもそも『装備』と載っていただけで、『武器』という確証もない。

「ハズレだったかな?ゴメンね。」

 一番気落ちしているのはセインだった。図書館で目にした日から、いつか訪れるのを夢見ていたのだろう。

「いいって、いいって」

 シノは全く気にしてない。彼女に火がつくのは手が届くようになってからだ。

 だから今は、

「さあ、出番だぞ、妹よ」

 レイを連れて町の広場へと向かった。


 レイが露天商を始めた。

 職業[商人]なら、営業許可は不要らしい。冒険者の商売が珍しいのか、そこそこ人が集まる。(確かに、ゲームの商人は商売してない。)

 売っている物は珍しくもないが、集まったNPCの反応を見ると、価格が安いらしい。鑑定『S』商人スキル『A』&運を高める露出衣装。商売もかなり手慣れている。姉と2人パーティで、あちこち旅していたらしいが、資金はこうして増やしていたのだろう。

 と、そこへ

 広場に隣接する通りを馬車が通過……しそうになって停まった。アイ達が初めて乗った荷馬車ではなく、貴族が乗る立派な馬車だ。

 黒いドレスの高貴な女性が降りてきた。1人でレイに向かってくる。

 一面に刺繍や花飾りのついた見事なドレス、でも色は黒一色。小さな帽子もエレガントさを上げているが、黒一色。顔も美人、黒一色…ではないがキツそうな目をしている。若い、まだ幼さの残る麗人。シノたちと、同い年くらいでは無かろうか?

 NPCの1人が彼女に気づくと、ざわついて、さっと人だかりが割れて通り道が出来た。

(町の有力者か何かかしら?)

 余り住民たちに良くは思われてなさそうだが、レイとシノは、買ってくれればそれでいい!

(いいわね、吹っ掛けなさい!)

(解ってます、お姉様!)

 アイコンタクトで、そんな会話をした様に見えた。

 品物を軽く見回すと、

「ロクな物がないわね。」

 冷めた口調で言った。

 ここまでなら何も起きなかったろう。

 レイの、無駄にデカい胸と、ヌーブラのみとも思える露出衣装を見て

「品の無い服、頭悪そう。」

 余計な一言を言って背を向けた。

(うわあ、嫌いなタイプだ……)

 姉妹共々思ったが、まだこんな程度はスルーできる。

(とっとと消えろ!クソ女!)

 心の中で叫ぶだけで我慢していたシノの冷たい視線が、帰り際、相手の目と合ってしまった。

「野蛮な用心棒も飼っているのね。」

 「野蛮」も「飼う」もシノの怒りを煽ったが、こらえる……ただ、顔に出やすいタイプなのだ。

「プレイヤーなら冒険だけしてれば。」

 女の方は、この捨て台詞で去るつもりでいた。

 が、「冒険者」ではなく「プレイヤー」、NPCでは言わないワードだ。

(プレイヤー相手なら、遠慮無用ね。)

 シノの反撃スイッチが入った。まあ、少し言い返すくらいの気持ちだったが。

「服だけ高貴な中身下賎女はさっさと去りな。」

 女の前に立って、胸を手の甲で軽く小突き……気づいてしまった。

「あれ?あれ?あれ?」

 女の胸をポン!ポン!ポン!と再確認。

「ああ、ごっめーん!後ろから話し掛けてたわ」   

 ダメージを与えるのは得意なのだ。

「真っ平らだし、背中だよねぇ、こっち。それとも女装した男?」

 意地悪く笑ってやった。

 これには女もキレた。

「消えてくれない?貧乏人。その服ヒドいわぁ、何そのゴキ○リ色」

(あっ?!)

 レイがそう思った時には、もう遅かった。

 シノの[忍び装束]は、普段の色は目立たない濃いめのグレーなのだが、黒ドレスの女は余程悔しかったのだろう。相手のダメージになる言葉を選び……シノに殴り飛ばされていた。


「貴方を逮捕します」

 町の自警団に、シノは連行されてしまった。


「……ホントに私、現実ではお姉ちゃんに殴られたこと無いのよ。」

 レイがみんなに話している。小学生以降の話らしいが、空手を習っている事もあって、余程じゃないと、他人に暴力を振るわないという。

 この[世界]で妹を何度もどついているので、意外と言えば意外、でも現実で黒帯なら、当然といえば当然だった。

「ただ、ゴ○ブリが……」

 苦手……ではなく、見ただけでブチ切れるらしい。髪型を馬鹿にされた仗助のように。

 屋内だろうが足で踏み潰し、妹を呼ぶ。レイが後始末している間に、風呂場で念入りに足を洗い、アルコールで念入りに消毒する。その間にレイは、自分も全身消毒したいのを我慢して、庭に火あぶりの道具を用意する。とっくに成仏してる潰れた残骸を、姉は形が無くなるまでバーナーで炙る……そうである。

(………)

 みんなは、むしろレイに同情した。


 勾留中のシノとの面会を許された。面会室などはなく、直接留置所の独房へと通された。レイたちのボディチェックもない。この辺はアバウトである。

 さらにアバウトな事を言うと、すでに「勾留」ではなく「服役」している。懲役10日間、独房に入る前に告げられた。

 町を守る自警団や兵士は、タブレットのような[チェックボード]を持っている。半透明で薄くて軽い、下敷きのような魔法アイテム。プレイヤー同様に何もない所(万能袋)から取り出し、冒険者にかざすと、どんな犯罪を犯したかが表示される。取り調べなど不要なのだ。何も表示されなければお咎め無し。冒険者以外には使えない。

 この[世界]に籍を持たず、国境を自由に行き来できる冒険者をチェックするアイテムである。(ちなみに、激レアではあるが、籍を持ち、国などで地位や役割りを持ったプレイヤーもいる。)

 何にしても、早い。だから「逃亡するより捕まれ」と言われている(その前に、罪を犯すなが勿論ある)。

 簡易ベッドと洗面台と光が差し込む格子の入った小窓のみの、シンプルな部屋。

 鉄格子を挟んでの姉妹が再会する。許された面会時間は10分。

「ペンダントの差し入れは?」

 とレイ。

「差し入れは禁止、大声もダメです。」

 真面目なNPC看守に先に突っ込まれてしまったが、たとえ空元気だとしても、大丈夫そうでホッとした。(またしても蛇足だが、囚人は持ち物を取られない。所持金もそのままだ。ただ、使用不可能、スキルもろとも封印されてしまう。)

「……しょうが無いわ。アレにしましょ。現実では一番やりにくいヤツ。」

 レイが黙って頷いた。

「それで……」

 と看守の方に向き直り、

「お姉ちゃんは何人ぐらい、殺しちゃったんです?」

 アイとセインは苦笑い。カナと看守は言葉を失う。

「きゃー、ききたくない!ききたくない!」

 ……当然だけど、即座に退場させられました。


「ごめんね。面会ダメになって。」

 留置場の外でレイが謝った。

 セインが突然、左手を前に出した。

 甲が前、指を上に、聖なる手袋はハメたまま。

 小指がピラピラしてる。小指だけを抜いてあるのだ。

「準備に手間取って間に合わなくてゴメン。」

 笑いながら、あの台詞を続けた。

「たまげた…この私をいきなり欺くほどとは…」

 カナには何のことやら

「それ、見たかった!……でもね、お姉ちゃんは悪霊NGなの……」

 と雑談に盛り上がった後、

「もう1か所、寄りたい所があるの。」

 レイが、みんなに頼んだ。


 広大な屋敷の門前まで来た。

 右を見ても左を見ても、この屋敷の塀が続く。

 町の有力者[ドクシー]の大豪邸。先日亡くなって、今は未亡人が住んでいる。

 その未亡人が、シノに殴られた黒いドレスのあの女性。その話を聞いた時、

「プレイヤーで(多分)高校生で未亡人?!」

「モラル重視の[世界]はどこ行ったの?!」

 レイだけでなくカナまで叫んだくらいだから、シノが聞いたなら、殴った事を反省どころか、殴り足りなかった事を反省しそうだ。

 面会前に、看守が色々と教えてくれた。

 [ドクシー]は1代で財を成し、亡くなったのは75歳。晩年まで未婚、家族も無く執事と2人暮らし。還暦あたりから、急に人嫌いになり、ほとんど出歩かなくなった。昔を知る者には「町を発展させた偉人」、若者には「偏屈な老人」という印象らしい。

 数週間前、突然、孫(いないけど)より若い妻を娶り、先週、病死したという。その後、若過ぎる未亡人は馬車であちこち出掛け放題。何かと周囲に悪態をつき、評判は極めて悪い。遺産目当ての毒殺説まであるという。

 ただ、犯人探しで来た訳ではない。

「話は私がするから。」

 と言いつつも、レイが皆を連れてきたのは、用心棒か?心細さの助っ人か?

 インターホンを押すと執事の声がした。流石にカメラ機能はまでは備わってないが、電気の代わりを魔法がする[世界]、結構近代的なモノがある。

 あっさりと中へ通された。

 門が自動で開く。数十mくらい歩かされて、やっと玄関扉に着くと、玄関も自動で開いた。

 2階まで吹き抜けの玄関ホール。外も広けりゃ中まで広い。一面の赤絨毯と、2階へ続く大きな階段。階段横にタイプライターは無かったが、警察の特殊チームがゾンビ犬に襲われて逃げ込むなら、きっとこんな屋敷だろう。

 ホールには、すでに未亡人が待ち構えていた。黒一色のドレスで、たった1人のお出迎え。執事が応対して部屋に通すまでもない。そんな感じにも見えた。

「何の用かしら?」

 未亡人の声にトゲがある。

「告訴を取り下げて下さい。」

 ストレートに用件を言う。まったく臆する所はない。魔王四天王と対峙したレイだ。未亡人など何てことない。

「そうねー」

 未亡人の目にはまだ怒りが見える。

「あの、私を愚弄した品の無い女が、土下座して地面に這いつくばったら、考えてもいいわ。」

 まさかプレイヤーに殴られると思ってなかった事もあるだろうが、拳で殴られたのは恐らく人生初だろう。簡単に許せないのも解らなくはない。 

 レイが何か、交渉手段を持ち出すと思いきや、

「じゃっかましいわ!この、唐変木の!コンコンチキの!イカレポンチ!」

 昭和で絶滅したかのような悪態……レイの豹変に、未亡人も、付き添いの3人も呆然とする。

「ギットンギトンのグッチョングチョンのガチンガチンだぞ!コラァ!」

 と、さらに言い放ってから、

「お姉ちゃんの告訴を取り下げて下さい。」

 まるで豹変の悪態が無かったかのように、床に頭をピタリと付けて、土下座して見せた。

「……………………」

「…………な、何なの?あなた?!」

 正しいリアクションである。味方だって理解不能だ。

 ゆっくりと顔を上げ、未亡人を見上げる。額を床に擦りつけた跡がしっかりと残ったまま、真剣な表情で、

「あなたを愚弄した品の無い女が、土下座して地面に這いつくばりましたが?」

「………」

「………」

「……ぶっ、あははははっ!」

 未亡人は高らかに笑うと、

「バカしゃないの!あははははっ!」

 笑ったまま、背を向けて右奥の部屋、ドアの向こうへ去ってしまった。

 少しして、同じドアから執事の方が現れた。

 白髪で初老の、執事を絵に描いたような、いかにもって感じの紳士。深々と頭を下げたが、近寄っては来ない。

「奥様は急用が出来ましたので、今日はお引取り下さい。」

 追い返されてしまった。


 宿屋への帰り道、

 レイが、最初の日の、襲われた時の事を話してくれた。

 相手はチンピラ6人。暴れるシノには5人がかり、抵抗の術を知らないレイには1人。必死で抵抗する中、やっと初期装備のナイフを手にできたシノは、それを、妹を襲っている1人に投げた。

「逃げろ!」

 姉は全力で叫んだ。

 ……結果として、その声を聞きつけたブロッソン保安官に助けられたのだが、

「私が『助けて!』しか考えて無かった時、お姉ちゃんは私を『助ける』事しか考えてなかったんだよ。」

 姉に逆らえない妹ではなく、姉に逆らうつもりのない妹なのだと解った。

 皆には話さなかったが、そうなった決定的な出来事があった。

 現実のレイは、近視と乱視がひどく、ガラスやプラスチック等のアレルギーもあった。小学校入学時から、今どき珍しい特注の大きな丸眼鏡をかけ、異端の目で見られ、からかわれ、人見知りが加速し、孤立していった。

 小2の時には、毎日イジメを受けていた。本名『麗華』なのに、ついたあだ名は『地味子』。無視、陰口、嫌がらせ、暴力じゃなけりゃイジメじゃないと勘違いしてる暴力。

 そんなとある日、2学年上のシノが、休み時間に妹の教室にやって来た。

 わざと大きな音を立ててドアを開け、注目を集める。ほぼクラス全員がいる。教卓の前に凄い形相で立ち、息を大きく吸って名乗りを上げようとした時、

「お姉ちゃん!」

 レイが叫んだので、自己紹介は割愛。

 無言で、空手の構えを取り、目の前の教卓を叩き割った。大きく割れたのは上1枚だったが、物凄い音が響いた。

 それを機会に、レイには凄い姉がいると、クラスメイトが認識しだした。

 それからシノは、毎日のように、妹に忘れ物を借りに教室まで来た。消しゴム、ノート、スマホ……姉の忘れ物はいつも、レイのカバンに必ず入っていた。

 イジメが減っていき、やがて無くなると、姉は忘れ物をしなくなった。

 ……一方、シノの視点だと、別のエピソードとなる。

 教卓を叩き割った後、保健室で右手に包帯を巻かれ、職員室に連れて行かれた。

 職員室の隅に、ガラスのテーブルを挟んで2人掛けのソファーが向かい合っている。ちょっとした来客用、保護者面談等は談話室でやるのだが、シノは今、そこに1人座らされ、親が来るのを待っている。近くにはいないが、室内に大勢の先生がいて、忙しく動いている。知らない顔もいる。周りは全部大人……イタズラした生徒に反省を促す為には、面談室より職員室で待たせた方が効果的、この学校では時々使う手だった。

 学校から連絡を受けたのは母親、でも現れたのは父親。空手の師範として近隣で有名だ。

 父親が教師から顛末の説明を受けた。内容は、教卓を壊した事のみと言ってもいい。シノは無言、うつむいている。

「もう、やっちゃ駄目だぞ。」

 父親の口調は優しかったが、シノはうつむいたままだ。

「成長期の骨はもろい、」

 父親がシノの手をそっと取り、

「今度は、父さんがやる。」

 シノが顔を上げて父親を見ると、優しい眼差しが向けられていた。

「教卓の請求書を道場の方に送って下さい。」

 父親が教師に言ったのは、たったの二言。

「さあ帰ろう。」

 立ち上がり、シノを軽々と肩車した。そして無言の威圧感、引き止める言葉すら掛けられない。

 職員室を出る時に、振り向いて二言目、

「私なら、朝礼台もいけますよ。」

 空手チョップの手真似をして、笑顔で告げて、出て行った。

 朝礼台は金属製である。……が、あながちジョークにも聞こえなかった。

 シノにとって、父親が絶対的なヒーローになった。


 ゆっくりと歩いて宿屋に戻ったレイ達だったが、なんとシノが待っていた。

 告訴取り下げにより釈放。そういえば、執事が言っていた、

「奥様は急用が出来ましたので、今日はお引取り下さい。」追い返す常套句では無かったようだ。

「お見事ね。」

 セインが褒めたのは、潔かった未亡人?

 それとも、あえて変な言葉で罵って、相手を必要以上に逆撫でしなかったレイ?

 レイが半泣きで抱きついた。

「泣いてる?」

「泣いてねーし……」

 (泣いてます)

「抱き合おうか?」

「抱き合わねーし……」

 (抱き合ってます)

「出口で『おツトメご苦労さんです、姐さん』ってやりたかった〜」

「よし、次回やろう。『シャバの空気はうめぇなあ』って、私も言う。」

 さっそく姉妹はじゃれ合っている。

(……ホント、仲いいね)

 と思うカナに、ふと疑問がよぎった。

(あれ?……こんなに姉思いなのに、確か………最初に出会った時、シノに追われてた……?)


 何故かを知るのは、もう少し先になる

  (……スミマセン)

 そして、今回長くなり過ぎました

  (……スミマセン)

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