第6話 こういう時は、アレだね
荷台の煙はすぐ消えた。やっと4本指が幌の入口を開き、黒装束の黒覆面が入ってきた。
忍者?または時代劇の泥棒?魔物ではなく人間のようだ。
黒ずくめは、ゆっくりレイに近づいた。
木箱にもたれ掛かった状態で、レイは眠っていた。その向かいには、座ったまま倒れ込んだ形のカナ。奥にうつ伏せでアイが倒れてた。
アイだけは、背中の剣を抜いた状態、右手で剣の柄を持ち、大きな剣が添い寝してる感じに見えた。
余談だが、剣を抜くのはゲーム仕様になっている。例えば腰の左右に刀を挿し、2本同時に抜こうとすると、余程の達人でないと体のどこかを斬ってしまう。だがこの[世界]では、同時に抜いてエスタークのように両手で構えるまでは、どこを誤って斬ろうと当たってない判定となる(ただし[二刀流]のスキルは必要)。
アイの背中の大剣も、実際には手長族でもなければ抜けないが、抜こうとすると、手品のように切れ目のない横をすり抜けて簡単に取り出せる。だから添い寝が出来た。添い寝する気は無かったろうが……
即効性は切れるのも早い。時間に余裕はない。素早くレイの万能袋に手を入れて、ガサゴソ探す黒ずくめ。
(気配?!!)
左を向いた時には、
アイの一撃で、黒ずくめは倒されていた!
みぞおちに、ジュピターソードの柄の一撃。狭い場所なので大剣は振り回せない。もし黒ずくめが魔物だったら、剣先で突かれていたろう。
アイは武闘家スキルは低いが、柄での攻撃は剣スキル判定、そしてパワーは『S』超え、黒ずくめは一撃で気絶した。
アイの腹には、さっき貰った[白い諭吉]魔法紙が貼られていた。とっさに書いた文字は「ねむらない」これで眠らずに済んだのだ。
アイのレア特典[ジュピターソード]。もっとも重いとされる剣。破壊力はあるが、使いこなすのが難しい。補助特典でパワーがA以上あれば最初から振り回せたが、アイの初期パワーは『C』だった。
引きずらないと剣を維持できず、ハンマー投げのように回転して反動をつけないと攻撃もできなかった。最初のパーティを戦力外でクビになってから、カナ達と組むまで、一緒に旅した相手は1人だけ。ほとんど単独で経験値を積み、ここまで扱えるようになった。
ジュピターソードの隠れスキルに[入手経験値2倍]と[パワー値が伸びやすい]があるが、現在パワーS以上は、ひたすら我武者羅に、戦闘を繰り返した証だった。
黒覆面を剥がした素顔は、ショートカットの女の子だった。わりと綺麗な顔立ちをしている。
気絶したまま後手に縛られて座らされてる。レイを中心に3人で立って向かい合い、目覚めを待ってる。さっきピクリと動いたので、もうすぐだろう。
目を覚ました。3人に囲まれ、手を縛られてる事にすぐに気づくと、
レイの顔を睨みつけ、
「外せ!麗華!」
彼女が叫ぶやレイが返事する。
「はい!お姉さま!」
(お、お姉さま??!!)
(あの、ヤクザも恐れるお姉さま??!!)
敬礼しそうな勢いで応え、すぐさま縄を解く。
(い、いや!縛ったのあんたでしょ?!)
(…ってか、目覚めるまで時間あったでしょ?!何で言わないのよ?!)
声には出さない。ヤクザキラーが怖かったから
ヤクザ…じゃなかった、お姉様は立ち上がるとまずアイを睨み、
「現実じゃ負けないわよ」
捨て台詞を吐いてからレイの目の前、息のかかる側まで近づき、
「剣はどこよ?」
「売りました!」
「その金は?」
「使っちゃいました!」
片や睨みつつ、片や目を反らしつつ、尋問は続いた。
「あ~聞こえんなあ?」
レイには身長もさほど変わらない姉が、不敗伝説を持つ獄長に見えてるだろう。
「か、稼いで弁償します!!」
恐怖の限界が来たのか、姉の前から逃げるように右を向いて正座をし、
「姉と私を、正式に仲間にしてください!」
アイに向かって土下座した。
レイの頭が床に着く前に、姉のヘッドロックがその首をさらい、体ごと反転させられ、座った姿勢のまま後ろへ、カナの方へ引きずられた。
「あの男は、どんな奴だ?」
ヘッドロックのまま耳元への小声だったが、カナには聞こえていた。
「何、勝手に決めてんだ?貴様!」
そんな風にカナには聞こえていたけど
「か、彼は……」
ヘッドロックをされつつ
「彼は『金の成る木』です……」
怯えつつもそこは妹、姉のことを熟知していた。
妹を元の位置に戻し、隣へ正座すると、
「『シノ』です。宜しくお願いします。」
武闘家らしい綺麗な座礼を見せた。
シノ……死のサソリ、死の首飾り、死のヤクザキラー?!
とんでも無いのが仲間に希望してきた。
……本名『忍』さんだから『シノ』でした。
荷台の3個並んだ大箱に、本当に人が入っていた。眠らされた本物の御者が。
暴力を使わずに静かに薬で眠らせたのが幸いした。御者に被害意識はあまり無く、丁寧な謝罪と、シノに隠れてレイが渡した6000Gで、大事にならずに済んだ。
元々の交渉、3人乗せて1000Gでも気分を良くしていた。1000Gは我々には1万円くらいの価値だが、この[世界]の庶民には10万円くらいの価値になる。
今朝戻った7000Gがこれで完全に消えたが、レイに気にする素振りは無い。
犯罪者手配されたら捕まるのが上策、逃げるのは下策、追手に抵抗するのは下の下策……事件にならないのが最善策。サイトにも載っている。
サンエルノの町に馬車が着いたが、魔物討伐のために外に出た。シノの入団テストという訳では無く、彼女の方が戦闘を見せたいと皆を誘った。
戦闘の主体は投げナイフ、破壊力は無いが精度が高い。シノの投射スキルは『A』、初期はCなので努力の賜物だった。ずっと姉妹で行動し、戦闘はほぼシノの担当。レア特典は[忍装束]と[罠解除スキルS]。忍装束は変装(御者の格好にもなれる)と軽業(塀越えや跳躍、忍び足)、罠解除は鍵開けも出来た。職業は盗賊だったが、自称はトレジャーハンター、中級ダンジョンのお宝もいくつか攻略していた。間違いなく戦力になる。そして、
チャララララララ♪チャララララララ♪…
[忍者]が仲間に加わった!
……(盗賊だけどね)
シノの戦闘力お披露目の帰り、町に入るホントに手前、門の横、塀の前、私達には塀を建てるのに使ったブロックの余りにしか見えなかったが、アイさんが足を止めた。
一瞬光ったというのだ。
みかん箱くらいの大きさの、蔦と土埃を被った石、町の強固な塀を造ったときに余りを放置して長年経過した感じ、ほとんどの人が気にも止めない。……でも、
アイが触れると、
「?!」
一瞬光り、上から5cmくらいに一周する溝が現れた。これはフタだ!中身があるはず!
だが、
……アイのカでも、フタは全く開かず、箱も1ミリも動かせない。
選手交代と[鍵開け]スキルを持つ盗賊シノが前に出た……が、すぐに気づく。
(鍵穴が無い……)
再びアイに替わると、また光り、今度は不思議な文字が現れた?!
「これ……何語?」
……誰も読めなかった。
しばらく頑張ったが開かなかった。
「こういう時は、アレだね」
「アレよね」
「アレですね」
……攻略法が解るまで後回し、ゲームの常識である。
当初の目的に戻った。
カナの[乙女の守り]を取りに、この町に来たのだ。
シノとレイの姉妹はすでに持っていた。一度この町に来たことがある。男が暴行・攻撃目的で近づいてきた時、スタンガンのように相手を痺れさせる、自動で発動してくれる便利アイテム。
無料で配布してるのは、やはりそれなりに問題が起きているのだろう。追加アップデートでそうなった可能性もある。
男子禁制の聖堂で受け取るというので、アイだけ別行動、目立つ建物の前で別れた。
その場所はアイが選んだ。1階がガラス張りのミュージアムっぽい建物、
「この中で待っているよ」
3人と別れ、その建物の入口へと向かう。外から中が見渡せるガラス張り、興味をそそるモノがガラスの向こうに見えている。
気持ちが高ぶるアイ。
そこが、男子禁制の聖堂より、遥かに入場困難な場所とは気づいていない。
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