第2話 これが愛の痛み?

「ガシャン!」

身体が一瞬浮いた感覚…!天井…?


気がつくと私は居酒屋のテーブルの上に倒れていた。痛みより、まず何が起こったのかわからないという混乱の方が大きい。

「浮気女!お前は最低だ!!」



彼とは同じ職場で社内恋愛をしていた。少し小柄な2個下の営業マンで、職場のムードメーカー。話が面白いところに魅力を感じていた。

ポケモンGOが流行った時、何度か一緒に出かけ、ご飯に行く中で、お付き合いがはじまった。我ながら高校生のノリだったと思う。


彼は付き合った当初、いつも私を、「おばさん」や「ブス」と言って貶した。でも、酔っ払った時は電話もよくかけてきたし、抱くときは好きと言ってくれた。

一緒に出掛けても、夜には友達とご飯に行くと言われることが多かった。地元の友達との時間を優先されているようで悲しいと、一度涙ながらに伝えたら、そこから彼と1番仲の良い友達カップルとの輪の中に入れてもらえるようになった。

単純に彼との時間が増えたので、私はすごく嬉しかった。彼の地元に通うのが私の幸せのルーティーン♡なんてルンルン気分だった。


この時の私は28歳。彼に気に入られたい一心でよく無理をしていた。「その歳で実家暮らしとかキモい。」

とか言われようものなら、少ない貯金をはたいて、すぐに一人暮らしまでしてしまった。

愛の力って怖い。

俺も少し出すと言っていたので、私は少し期待をしていた。だが、一緒に行った不動産屋でも、家電量販店でも、お部屋の水道代や電気代や家賃も一切出さなかった。とほほ。

食料品を買いに行った時、たまに半分払ってくれるだけでも嬉しくて震えた。


彼も実家暮らしだったが、貯金はほとんど無い。飲むと気が大きくなり、後輩によく奢っていたのだ。

後輩想いのイイ男!ちょっと私にドSなだけ!私が会いに行かなくても、彼がほぼ毎日私に会いにきてくれるしラッキー!なんて都合の良い脳内変換をし、日々幸せに過ごしていた。


私は職場の上司40代男性と女子社員2人と4人でグルメ会なるものをたまにしていた。上司は福山さん、仲の良い先輩女子社員は壺田さんという。福山さんと私は帰り道が一緒の方向なので、帰りのタクシーではいつも私の自宅付近で降ろしてくれていた。

ある時、今度2人でグルメ会しようという話になり、私が予約をして福山さんおすすめの美味しい和食のお店に行った。福山さんは既婚者だ。上司とご飯を一緒に食べているだけなのだから、何も悪くないだろうと私はこの時本気で思っていた。以前食事会に参加していた、壺田さんには私の年下同僚彼のことも全てを話していた。「彼に言ったら心配するから、福山さんのことは言わない方がいいと思うよ。」

確かにそうだ。逆の立場だったらすごく嫌な気持ちかも。それに、彼は少々酒癖が悪く、飲みすぎると知らない人に喧嘩を吹っかけに行くことがある。何度かその場面を目撃しているので、絶対に怒らせたくないのだ。

彼には家族でご飯に行ったとだけ伝えていた。


私は元々グルメな方で、実家は外食も多く、好きなものを好きなだけ食べる生活だった。

亡き父からも美味しいものはたくさん食べなさいと育てられてきた。

一人暮らしをしてからというもの、普段の質素な食事と、彼との付き合いでジムにも通わなければならず、急に5キロほど痩せた。

職場の人からも心配された。


美味しい食事にすごく飢えていた。

だから、上司との食事ではここぞとばかり食べて飲んでいたのを覚えている。たくさん食べて飲む私が良いと笑顔で言ってくれていた。上司には悪いが、少しだけ父を思い出していた。


職場の二次会で6人程で飲んでいる時に、若手営業マンの子が、お客さんがまた私とも飲みたいと言っていると話しかけてきた。

建築系の会社は男社会なので、女子社員は飲み会の際に連れて行くと喜ばれる。何度か飲みにも行っている、良く知っているお客さんなので、いいよーなんてその子と話していたら、彼がいきなりキレた。

「お前は誰とでも飲みに行くやろ?知ってるで?」

「え?なに?どうしたの?」

やばい。何か怒っている。飲み会中なのに…。


「福山さんと行ったやろ?俺の先輩がおっさんと歩くお前梅田駅で見てん。嘘つくなや。」


「彼、心配するし言わない方がいいんじゃない?」

先輩の顔が浮かぶ。


「えっと…」


なにか言おうとした時

不意に髪の毛を引っ張られた。

次の瞬間、後頭部に激痛がはしった。

柱に頭を何度もぶつけられていた。

周りは彼を止めようと必死に抑えようとするのが視界の端で見えた。


「いっ…!痛いよ!やめて」


怖い。声が思ったより出ない。

彼は何か怒鳴っているが全然聞こえない。


「お前が悪いんだ!」

グイッ!腕を強く引っ張られた。



あれ、、?天井?

よろよろと起き上がる。机の上にいた。

身体の下の小皿が割れてしまっている。

お醤油はひっくり返ってるしグチャグチャだ。


肩に鈍い痛みを感じた。腕がすごく痛い。

見ると腕に長い擦り傷ができていて、その周りに青紫の内出血ができて痛々しい。

頭も痛い。触ると大小のタンコブがボコボコとしていた。


あぁ、怒らせてしまった。職場の人にもバレた。

彼はまだ暴れていて、私には手がつけられない状態だった。先輩が彼を抑えつけて話をしてくれている。

その隙に後輩がタクシーを捕まえて、もう帰った方がいいですよと言って一緒に乗ってくれた。


ピロリロリン♬ピロリロリン♬


しばらく経つと、私の携帯が鳴った。

彼だ!出ないと怒られる!!


「お前!すぐに戻って来い!」


「運転手さん!戻ってください!」


後輩は戻らない方が良いと必死に言うが、私はもう正常な判断ができない状態なのだ。

また投げられる?殴られる?

…もういいや。私が悪いんだ。



先輩と彼と3人で話合いをした。

会社のない休日に、上司とご飯を食べに行っていたなんて、お前がおかしいと先輩に言われた。

会社終わりの金曜夜でしたけど‥。

それだけ伝えると、先輩は彼の顔を見た。彼は少し動揺していた。

彼は話を大きくしたかったのだろう。


泣きながら歩いて家に帰る。ウトウトしてると彼が来た音がした。

鍵を返しにきたのだ。ポストに入れた音がする。

ふと、このまま終わるのは嫌だと思った私は

走って彼を追いかけた。そして、謝った。


ごめんね。もう傷つけないよ。


彼はお前が悪いとしか言わなかったし、

決して謝らなかった。でも、許してくれたことが単純に嬉しかった。


そして、泣きながら抱き合った。

涙が止まらなかった。

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