第2話 志野 一真
「今日もこの町は平和だな。」
公園のベンチで空を見上げ、ぼそり皮肉を言ってみる。
現実逃避に飽きて周りに目を向けても、いつもとなんら変わりない。
ギラギラ建ち並ぶビル、同じ造りばかりの一軒家、道を巡回する清掃用ロボット、空を飛ぶカメラ搭載の鳥。
そして町の周りは、目には見えない透明の壁で囲われている。
「はぁ。頭がおかしくなりそうだ…。」
希未町の実験、通称「
この悪夢は、ある日突然始まった。
―3ヶ月前
いつもの朝だった。
いつものチャンネルのニュース番組を聞きながら、いつもの薄く塗ったバターと砂糖をかけたトーストをくわえて、いつものように母さんにどやされながら、慌ただしく制服のボタンを留めていた。
『…新しい仮想空間ウィリディスがリリースされ―。』
『…今日も交信センターの前では、アンドロイドの人権保護団体が集まり―。』
『…アンドロイドアイドルユニット
「やだもうこんな時間!リモコン、リモコン!」
カウンターキッチンからパタパタと出てきた母さんは、エプロンをつけたままリビングテーブルの上を
さっきまで父さんが読んでいた月刊
毎朝の日課になったという、占いコーナーの視聴。
母さんはこのコーナーを観たいが為に、毎回わざわざチャンネルを変えているらしい。
なんでも、占いのお姉さんを担当するバーチャルモデルにハマっているんだとか。
俺はいつもこのコーナーが始まる前に出ていたから、実際に観るのは今日が初めてだ。
「毎朝毎朝よくやるよ。どうせこんなの当たんないのに。」
「うるさいわねー。私の楽しみにケチつけんじゃないわよ。
『
いかにもなアニメ声と
クルクルのピンクロングヘアと胸を揺らしながらニコニコ笑う姿は、なんだか安っぽいアイドルみたいであまり好感は持てない。
しかも頭には惑星の飾りが刺さり、首には「
「キャラがブレブレだな。」
「この不思議ちゃんキャラ?がまたミステリアスでいいのよー。バチャモの中でもぶっちぎりの人気なんだから!」
「はぁ…。っていうかバチャモって。もう若くないんだから、無理して若者言葉遣うなよ。」
「可愛くない息子ねー。一体誰に似たんだか…。」
父さんは母さんとは真逆の性格で、母さんの無鉄砲な発言にも、穏やかにうんうんと横で頷くようなイエスマンだ。
「母さんだよ。間違いなく。」
「ほら!あんたも早く学校行きなさい!いくら朝練がないからってダラダラし過ぎよ!」
「仕方ないだろ。顧問の原田が、咳が治まらないとかで休んじまって、グランドの使用許可が下りないんだから。」
「咳ねぇ…。またなんか変な風邪でも流行ってなかったらいいけど…って!占い!」
『第4位は、乙女座のあなた!ハートを射抜かれる覚悟はある?ポカポカ陽気に包まれる一日。カラスさんの呼び声には気をつけて。奴らは迷い森の案内人、起きるには目覚まし時計27個でも足りないかも♡ラッキーアイテムは使い古したじょうろ!』
「なんだこの占い。適当というか、意味不明じゃん。これのどこが奥深いの?」
「んー…。あっ!そうだ、じょうろ!!玄関のお花にお水あげてなかったわ!」
人の話なんて聞いちゃいない。母さんはエプロンを外し、いそいそと玄関へ行ってしまった。
「いいのかそれで…。」
最近じゃ、最新のAiを組み込んだアンドロイドが、名のある評論家とディベート対決で連勝、発表した小説が純文学賞を取ったりと世間を騒がせていたけど…その反動か?
「はぁ。さっさと準備しよ。」
『そして最下位は…ごめんなさい!牡羊座のあなた。』
思わず足を止めた。
やっぱり、占いなんてろくなもんじゃない。
信じていないとはいえ、最下位だと言われると気分が悪い。
「どうせまた意味不明な事ばっか言うんだろ?だが、ここまできたら最後まで聞いてやろーじゃねえか。」
我ながらガキっぽいとは思ったが、変な対抗心が
振り返り、TV前のソファーに腰を下ろす。
『あなたの人生を変えるメガトン級の
…もはや
『白雲の空を引きちぎって―』
…ただ、なんだ?
この切迫感。
意味不明な言葉のはずなのに、自分と関係がある気がしてくる。
何か動き出さないといけない衝動に駆られる。
『―姫は今、小人と
視線を感じる。
どこから―?
あ…テレビ―。
むこうはカメラを見て、俺は画面を観ている。
目が合っているように感じるのは当たり前、ただの錯覚のはずなのに。
まるで俺に向けて話しているような―。
「!!」
瞬間、
「うっ!」
耐え切れなくなり、視線を
その表情からは先ほどの不気味な笑顔も消え、上目遣いになった瞳は今にも画面から飛び出してきそうなほどギョロついて、その奥にはなんの感情もみえない。
…震えが止まらない。
今すぐこの場から逃げねぇと…!
頭で思っていても、体が動かない。
動け!!動いてくれ!
『カラスどものゴミ
でも大丈夫。そんなあなたを救うラッキーパーソンは―』
―――やめろッ!!
ブツンッ
突然通信が切れ、ブラックアウトになった。
「はぁ。はぁ…。」
鼓動が…うるさい。
全身から噴き出した汗で、シャツが体に張り付く。
逃げる事ができた。
なにから?
…わからない。
ザ…ザザ…
安心したのもつかの間、ノイズが入り画面が切り替わった。
「―!!」
『おはよう。地球の皆さん。』
それは
口に布を詰めたような、滑舌の悪い声。
たるんだ
いかにも高そうな白い毛皮を羽織り、体中にアクセサリーを付け着飾ってはいるが、
この男こそ、地球と国民を捨てた日本の
「今日は一体なんなんだ?俺は夢の中にでもいるのか?」
前回放送があった時は「グリーンホスピタル」が発令され、家庭ごとに植物育成のノルマが課せられた。そのおかげで値段が
次はどんな無理難題を押しつけるつもりだ?
『
『しかし、一方でアンドロイドへの偏見の目が多いという事実もある。そこで、より機械と人類の絆を深める、素敵な催しを行おうと思う。既に、選ばれし者には招待状を送ってある。もうすぐ届く頃だろう。』
嫌な予感がする―!
「!!」
「母さん!!」
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