第4話 父の話を聞く

 美味しいコーヒーがあると、身も心もゆったりする。また、こうして山の上で景色にふれ、新鮮な空気に浸ると心も清々しい思いになる。


「良かった。お父さんが喜んでくれて」

「ところで、さっきの今後のことだけど、何か考えているの?」

私は改めて聞いてみた。


「うん。ちょっと考えている」父は少し口ごもった。

「生活資金は年金だなぁ。マリも勤め始めたし、贅沢をしなければお金は何とかなるだろう。しばらくはもう少し今いる所で働きながら、中小企業の人達の支援をしたいと考えているんだ」


「へぇーコンサルタントね」

「うーん。ちょっと違うんだなぁ」まずは、困っている下請けさんや外注さんの支援をしてあげたいんだ。


「ふーん?」

「小さい会社の社長さんは、根はまじめなんだけど、やはり新しい知識や考え方は不足しているから。そういったことを一緒に考えてあげられたらなぁと思っているんだ」


「なるほど!」

「トヨタ生産方式とか、デジタルトランスフォーメーションとか?かなぁ」

「うん。まぁそんな所だ。自分もトヨタの人に指導して貰って、とても改善が進んで大きな効果があったし、仕事に生きがいを持てたんだ。

少しそんなお手伝いが出来ればいいなと思っている」


 なるほど、ウチの父にはそういうのが向いているように思う。威張らないし、人の話をじっと聞いてあげるので、話した人はそれだけでいい気持ちになるのだ。私もそうだったように思う。


 父に話を聞いて貰うと、いつの間にか勇気が湧いてきて、またチャレンジしようと意欲が湧いてきたものだ。背中を押してくれると言うのとは、ちょっと違う。


 話を聞いて貰うと、いつのまにか、じゃあ一歩踏み出そうという勇気を貰える感じだ。


 そう言えば、昔こんなことがあった。広島工場の工場長をしていた頃のことだ。


 父の工場は県北の安芸高田市にあった。私達家族は私の学校のこともあり、広島市内のマンションに住んでいた。


 ある時外注の女性の社長さんが来られて、お父さんにいつもお世話になっていますと言って、お米や大根やら野菜をどっさり届けてくれたのだ。


 その人は少し興奮気味に、母にこんな素晴らしい人はいないと言っていた。よく我々の話も聞いてくれ、支援をしてくれるのだと言っていた。


 その頃は中学生で良くわからなかったが、貰った大根や野菜を見て、私は「笠地蔵」のことを想い出していた。


 私は母に「お父さんて、笠地蔵のようだね」と言った記憶がある。母は噴き出していたが、満更でもなかったようである。


 父はその話を聞くと、とても喜んでいた。母はそう言いながら、翌日からはあまり面識のないご近所に野菜を配って回ったようである。そんな母の姿を想像すると笑ってしまう。


 そういった幸せには、また別の苦労がくっついてきて、またご近所も幸せにしてしまうのではないだろうか?


「なるほど。良いと思うよ、笠地蔵だね」笠地蔵の処は、小さくつぶやいた。


「なんだ?」「ううん、何でもないよ」


 人生って色々あるのだろうけど、こうやって人に喜ばれて、自分も幸せになるのが、一番良いのではないだろうかと思って聞いていた。


父は話を続けた。

「それともう一つやりたいことがある」


「何?」

「子供たちに、勉強を教えてあげたいんだ。自分は先生をやろうと教職を取ったんだけれど、先生にはなり損ねた」

「うん」


「だからもう一度先生をやってみたいんだ。だけど少し違う先生。塾に行きたくても行けない子供達と、一緒に勉強をしたいんだ。もちろん塾や予備校の邪魔はしたくない」


「ひとつの信念を持っている。どちらかと言うと、先生方は学校に着任するとずっと先生をやっていて、社会で働いたことが無いように思う」


「お父さんには、長くエンジニアとして働いてきた実績がある。そうしたことを話してあげたいんだよ」


「理系の夢を語る?」

「そうそう、生徒等にも男子だけでなく、リケジョも作りたいんだ」

「やはり社会で働いた人で無いと、その楽しさや夢は語れないと思う」


「ウン良いね。私もリケジョだから、現役の一人として喋りたいなあ」

「いいよ。ぜひお願いしたい。だから知り合いなんかにも声を掛けたいと思っている」


 なるほど。何だかこちらも載せられて、どんどん元気が出てくる。まあ父親としては、一流ではないかも知れないが、合格点ではあると思う。


 こうやって話をしているだけで楽しくなってくる。これは大人として必要な資質では無かろうか?やはり先生方にも夢に燃えて、理想を語って貰いたいと思う。


「どうした?」「ううん、何でも無い」


 私は、今日はとてもいい気持ちになり、満足のいく一日になった。

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