第2話 登山口に着く
父とそんなことを話していたら、目指す秩父の里山に着いた。ここは、クミコともよく来るところである。
御岳山(みたけさん)と言って、地域の人が良く登る山である。尾根はなだらかでとても登りやすく、頂上は結構広くて眺望が効く。今日はもう一つのピークを抜けて、またここへ戻って来る2時間半のコースだ。
父の初めての登山には、この位の高さが適当だろうと思った。標高450mで、登りは40分足らずで頂上のはずである。
山のふもとにある市営公園の広い駐車場に車を置いた。今日は土曜日であるが公園に来る人も少ないようで、駐車場は半分程が空いている。
二人で山へ登る準備を始めた。
リュックは、私のものを貸してあげた。最初に買ったリュックで良く使っているベージュのもので、とても気に入っている。
父のシャツとパンツは、父がアウトドア用に選んだものだ。ベージュのパンツは、リュックとお揃いで、シャツは格子柄である。なかなか良く似合っている。
靴はと思ったが、今回はスニーカーだ。まあ、この位の山であれば、十分だろう。
私は、いつもの茶のパンツと濃い緑のシャツである。
6月のさわやかな季節である。木々は、少しずつ新緑を深め、葉っぱも多くなっている。
そんな新緑の中を、頂上を目指して登っていく。
父には、先を歩いて貰うことにした。
「お父さん、先に歩いてね。別に高い山ではないから、自分のペースで歩いてもいいよ」
「だいたい30分歩いたら5分休憩だよ。後、景色が良いところに来たら、休憩を取って貰っていいからね。時間は気分次第かなぁ。多分1時間半もすれば頂上へ着くはずだから」
「そうか、わかった。マリの言う通りにするよ。疲れたら、休憩させて貰うから」
「じゃぁ、出発しようか。頂上へ着いたら、山ご飯を作ってあげるからね」
「おお、期待して待っているよ。ビールが上手いだろうなぁ」
父は、お酒が飲めないのに、楽しそうに答えた。
最初の登りは、公園の先をゆっくりまわるように登っていく。あまり木々もないので草原を歩いている感じである。
おばさんの3人連れに行き会った。
「こんにちは」と声を掛けてくれる。歩き慣れている3人組のようだ。地元の人らしい。
父も訳のわからないまま「こんにちは」と返している。
「山では、こうやってあいさつをするのか?」と聞いてきた。
「そうだよ!山ではみんな友達って感じかなぁ。そうやってあいさつを交わしていると自然に元気になってくるよね」
「確かにその通り。気持ちがいい」父も知らない者同士がこうしてあいさつを交わすことを好ましく思ったようである。
草地を抜けると、続く石段があって、それを抜けると樹木の間の細い道がある。
「お父さん、ここから山道だから気をつけてね」
「はい、了解だよ。マリはいつもこんな山道を歩いているの?」
「そうだよ」
「そうか。そうだよなぁ」
何だか会話になっていないようだが、父の言いたいことは良くわかる。年頃の女の子がこんな所を歩いているのを不思議に思っているのだろうと思う。
しかし、父は、私も父のようにみんなとも楽しむが、一人だけの時間も好きなのだろうと納得していると思う。
歩き続けていると、尾根に出た。ここから頂上までは、尾根伝いにアップダウンを繰り替えして辿り着く。あと30分位で着くと思う。
父は、結構いいペースで登っている。そんなに息も弾ませていないようだ。
「お父さん、後30分くらいで頂上だよ」
「そうか。結構気持ちがいいなぁ。お父さんも軽く汗をかいたみたいだ。
汗をかくと日頃の憂鬱が消えていくよ。これは健康にも良いが、精神衛生にも良いなあ」父はいつになく、楽しそうに笑っている。
しばらく歩くと、樹林帯が切れて急に右の視界が開けた。
「おお。良い眺めだなぁ。遠くまで関東平野が広がっている。あれが大宮か?」
「そうだよ。ここはそんなに高くないけれど、見晴らしがいいんだよ。頂上に着けば、もっと広いところがあって、眺めも良いよ」
「そりゃあ、楽しみだなぁ。山ご飯も楽しみだし、どんな料理が出来るのかなぁ」
「大したものは出来ないけど、期待していいよ」私は、笑って答えた。
5分ほど休憩して、水を飲んだ。私は父に行動食のキャンディーを渡した。こうしてキャンディーを舐めると元気が出て来る。
それからまた歩き始めた。樹林帯の道をどんどん歩いていく。何組かのパーティにも会った。
父はすっかり気を良くして、自分から声を掛けるようになっている。「こんにちは」という声の調子を聞いていたら、楽しそうなのが手に取るようにわかって来る。まるで小学生の子供のようだ。
母もよく言っているが、どうも男の人はこうした幼児性抜けないようだ。まぁ、そこが可愛くもあり、憎めない所でもある。
頂上の手前の、あとひと登りのところまで来た。上を見ると、木々もうっすらとして、青空がのぞき、もう少しで頂上であることが良くわかる。
「お父さん、もう頂上は直ぐそこだよ」
「おお、そうか。よく頑張ったなぁ。最後のひと登り、がんばろう」父の声は、とても楽しそうである。
一緒に来て良かった。私も少し嬉しくなった。私もこうして話せる時間を大事にしたいと改めて思った。
頂上は、結構広くて、25メートルプールくらいはある。見通しも良くて、眼下に関東平野が一望できるし、都心の高層ビルも遠くに見える。
「おお、いいねぇ。父も上機嫌である。こんな近くにこんな気持ちの良い所があるなんて、知らなかったよ」
「空気が上手い」と喜んでいる。
頂上には、祠(ほこら)があり、鳥居もある。二人で手を合わせて、お参りをした。父は何をお願いしたのかは聞かなかったが、どうせろくでも無いことをお願いしたに違いない。
聞いてもいつもはぐらかされる。私はというと、いつも一貫して家族の幸せと自分の将来をお願いしている。今の処はやりたいことが一杯あって、時間が無い。
自分は欲が深いように思う。ファッションやコスメやブランド等の物欲には興味は無いが、読みたい本や勉強したいことは山ほどある。
旅行にも行きたいし、茶道にも興味を持っている。山も好きだし、キャンプにも行ってみたい。早く気の合うボーイフレンドも欲しい。そんなことをふつふつと考えていたらお腹が空いてきた。
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