【愛への帰趨】第52話 最期のキスは薬の味

 2人は女の自室に入り、ベットに腰掛けた。


 真っ先に男は女の腕を掴み、腕時計を見て、


「2時30分か…」と呟き、そして、女に言った。


「ベットの下の紙袋、分かったか?」と


 女は「うん!」と頷き、ベットの上に放ったバックから紙袋を取り出した。


 男は紙袋を女から受け取ると、封口を逆さにし、中身をベットに振り撒いた。


「パラパラパラ」と


 長方形をした銀色の板のようなものが何枚も何枚もベットの上に舞い降りた。


 それは、白い錠剤が2個づつ6列に入った包装板であった。


 女はそれを見た瞬間、それが何であるか了知した。


 男も敢えて女にそれが何であるかを説明する必要はないように、微笑みながら女を見遣った。


 女も微笑んだ。


 それは、男が溜め込んだ「睡眠薬と睡眠導入剤」であった。


 男は女に言った。


「一緒に飲もう。」と


 女は「うん!」と頷いた。


 その頃、病院前には何台ものパトカーが赤色灯を点火させ到着しており、複数の警察官がビル入口を封鎖していた。


「男の診断書はありますか。」


「はい。こちらです。」


 男の診断書を職員から手渡された刑事は、携帯電話で本部に連絡し始めた。


「容疑者〇〇△△、年齢55歳、無職、住所…」


 もう1人の刑事が職員に聴取した。


「男が診断室から出たのは午後2時頃ですね。

 杖を突いてる?

 右脚が悪い?

 他に特徴は?」


 本部への連絡を終えた刑事が捜査員らに指示を出した。


「本件は殺人事件と認定。犯行推定時刻は午後2時。容疑者は右脚不全、杖を突き逃走。凶器は現場で発見。


 役割分担は、この近辺周辺捜査、容疑者住所宅の捜査、タクシー会社への通報・聴き込み、三班に分かれて捜査に当たる。

 

 なお、上空からヘリコプターによる捜査及びマスコミへの情報提供は本部役割とする。」


 指示を受けた捜査員らは一斉に病院から出て行った。


 指示をした刑事1人は病院に残っていた。


 その時、死体監察官が診断室から飛び出して来て、


「警部、ちょっと!」と言い、


 その刑事を死体現場に呼んだ。


「これを見てください。」


「あっ、キーボードが抉られている!」


「容疑者はこの出刃庖丁以外に凶器を保持して逃走している可能性があります。」


「了解!本部に緊急手配を要求する!」


 刑事は急いでその旨を本部に連絡した。


 そして、刑事は死体監察官に言った。


「容疑者はこの医師にかなりの恨みがあるな。庖丁3本か…」


「はい。首筋にも切傷が見られます。

 脅された挙句、一発で刺殺された模様です。」


「一刺しか…、なかなか、こんなにグッサリとはできないぞ。」


「通常ではありません。かなりの怨恨関係かと思われます。

 それか、精神異常者か…」


「うむ…、容疑者の病名は「不眠症」とだけ書かれているが、処方薬には「抗うつ剤」が出されている。」


「職員の話では、容疑者は薬を失くしたとし、度々訪れ、処方されていたとのことです。」


「うん…、治療、処方等に不満があるようでもないな。動機がイマイチ分からんな。」


 その時、1人の職員が刑事に声を掛けた。


「あ、あのぉ~、先生の奥様が〇〇さんとお知り合いのようでした。」


「妻と?」


「はい。奥様は病院の看護師で勤めていたんですが、ここ数日、体調不良でお休みなさっています。」


「奥さんは自宅に居るのか?」


「おそらく…」


 刑事と死体監察官は目を合わせ、お互い頷いた。


 刑事は本部に連絡した。


「容疑者と被害者妻との関係あり。怨恨、それも男女関係のもつれ大!」と


 そして、刑事は病院職員にこう依頼した。


「奥さんに連絡してください。」と


 女がベットから立ち上がり、部屋を出ようとした。


「どうした?」と男が声を掛けた。


「お酒、要るでしょう?


 ウイスキー持ってくるわ。」と


 その時、女のバックの中から明かりが点滅した。


 男が女のスマホを取り出し、表示画面を見た。


「病院からだ。」


「出たほうがいい?」


「出て、こう言え。「自宅に居ると、そして、其方に向かうと」、俺の事を聞かれたら否定せず、知り合いだと答えろ。いいか!」


「分かった。」


 女は電話に出た。


「奥様、大変です。せ、先生が殺されました。」


「………」


「もしもし、私、県警の〇〇です。」


「はい……」


「今、ご自宅ですか?」


「そうです。主人が殺されたのですか?」


「はい。」


「私、今から其方に向かいます。」


「あ、奥さん、〇〇という患者、ご存知ですか?」


「はい、高校の同級生です。」


「最近、〇〇とお会いになったりしましたか?」


「いえ会ってません。


 〇〇さんが主人を殺したんですか?」


「断定はできませんが、第一容疑者とし追跡しています。」


「そうですか。


 分かりました。


 今から病院に向かいます。」


「お待ちしています。」


 女はスマホを切った。


 男は笑顔で女に応え、そして、女からスマホを貰い、絨毯の上に置き、柳刃庖丁で突き刺した。


 そして、ズボンから自分のスマホを取り出し、それも同じように柳刃庖丁で突き刺した。


 そして、女に言った。


「これで、1時間、凌げるよ。」と


 女は微笑み、 


「ウイスキー、取ってくるね!」と言い、幾分早足で部屋を出た。


 女が戻ると、男は錠剤の包装板を掴んで、全裸でベットに横たわっていた。


 女は微笑み、男に抱きつき、ウイスキーを手渡すと、急いで、服を脱いぎ、男の横に潜り込んだ。


 男は女を抱き寄せ、こう説明し出した。


「いいかい?


 2人で一緒に数えながら、一錠づつ飲んで行こう。」と


 女はこの睡眠剤の強さを十分に承知していた。


「分かった。私は50錠で意識がなくなる。貴方はその倍はかかるわ。


 お願い…


 私の意識がなくなったら、これで手首を切って!」


 女は男が枕元に置いた出刃庖丁を握り、男に見せた。

 

「分かった。そうする。」


「そ、そ、それと、お願いがあるの…」


「なんだい?」


「死ぬ前に、もう一回、抱いて!


お願い!」


「うん!そのつもりだ。


 だから、一緒に数えながら飲むんだよ。


 ゆっくりとね。」


 女は「好き、大好き!」と言い、男に抱きついた。


「じゃあ、始めよう!」


「一つ」と男が言いいながら2錠口に含む。


 そして、キスにより、一錠、女に吸わせる。


 2人は睡眠薬の味が混じった唾液を舐め合った。


「二つ」、「三つ」、「四つ」、


「五つ」、「六つ」、「七つ」…


 2人は一緒に数えながら、キスを続けた。


 そして、男は5、6個いっぺんに口にほう張り、ウイスキーを口に含ませ、少しずつ、口渡しで、女に飲ませた。


 女の意識は段々と朦朧としてきた。


すると、突然、女が唇を離した。

 

 女は意識がある内に逝こうとした。


 女は自分が一番感じる体位を取ろうと四つん這いになり、後背位により男を求め、そして、こう哀願した。


「き、来てぇ、お、お願い、は、早く、来てぇ、私の意識があるうちに…、来てぇ…」と


 男は見た。


 女の尻を…


 それは、この世のどんなものよりも


 妖艶で、淫靡で、そして、いやらしく、卑猥であり、かつ、綺麗であった。


 男は突いた。


 そして、男はウイスキーで薬を飲みながら、ゆっくり、ゆっくり、女の尻を突いた。


 女は快感によがりながらも、後ろを振り向き、口を開ける。


 男が一錠、女の口に含ませる。


 女は薬を舐めながら、喘ぎ続ける。


 それを繰り返す。


 次第に女の喘ぎ声が小さくなる。


 遂には、女は振り向き、こう言った。


「つ、つ、強く、とどめを刺して。」と


 男は動きを早めた。


 女が無言で大きく仰け反り、そして、ゆっくりと上半身を沈めて行った。


 女は逝った。


 しかし、女は唇を震わせながらも、一生懸命に口を開こうとしていた。


 決して、置いてけぼりにされぬよう…


 男は女を仰向けに抱き寄せ、女の舌の上に、一錠、そっと載せてあげた。


 すると、女は微笑み、こう言った。


「もう、おねだりしないから、置いていかないでね…」と


 そして、女は朦朧としながらも、一生懸命に口を開くのであった。


 男は4錠を飲み、女に一錠与えた。


 そう繰り返すうちに、女の口の中に薬が溜まり始めた。


 そして、女は目を瞑ってしまった。

 

 男は指で女の口から薬を取り出してあげた。


 そして、女の頬に、額に優しくキスをすると、ベットから立ち上がり、よろよろと歩きながら、窓の外を見た。


 そして、こう呟いた。


「一緒に行けない。俺にはお前を切れない。」と


 

 

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