第四部【愛への帰趨】第46話 『怒り』の標的は奴だ!

 男はスマホを閉じた。


 501号室の四隅に陣取る死神がこう問うた。


「女は何と言ってるのか」と


 男はプロセスは言わずにこう答えた。


「同じ時刻に来る。」と


 男も女と同様に「何故」と言う自問の答えを考えていた。


「俺はアイツをどうしたいんだ?


 抱きたいのか?


 痛ぶり、貶し、それでも悶えるアイツに感じるのか?


 アイツの身体が欲しいのか?


 そうではない…」と


 男は実は分かっていた。


 過去を無視して、今とその先のみに答えを出すことの矛盾に…


「アイツは俺の女だ。


 俺だけのものだ。


 アイツの全てを知り尽くしている人類は俺のみなのだ。


 だから…


 俺がアイツを1番感じさせられるのだ!


 俺は感じない。感じなくても良いのだ。


 アイツが他の奴に見せない、露わな、卑猥な、淫靡な姿を俺だけに見せる。


 アイツが自由に飛べば、俺は満足する。」


 死神が言った。


「何故、お前は、女の姿見を性的なものに求めるのか?」と


 男は深い質問に良い答えを出すため、煙草に火を着けた。


 そして、深く深く煙を一筋も空中に出すことなく、肺細胞に吸収させた。


 暫し、沈黙の後、こう答えた。


「心が求める。アイツの白く麗しい裸体を心が求める。


 決して、踏み荒らされてない雪道を歩くよう、俺はアイツの白い身体を踏み締める。


 仮に、誰かが、奴の純白の操を汚しているならば、俺はそれを白く染め直す。


 俺のもので、アイツを他に汚されぬよう、白く白く塗り直す。


 俺はそれを求めている。


 アイツを感じさせ、逝かせることにより、アイツは潤う。


 その汚れの無い、俺が築き上げた潤いの泉に、俺の精魂を放出する。


 そこには誰も侵犯できない。


 俺だけの領域


 それを求め、アイツを逝かす。」と


 死神は、今度は角度を変えて、こう問うた。


「ならばだ!お前はあの女を利用するとした。


 『怒り』を増幅させるために、利用するとした。


 お前が女を逝かしている光景は、正にそのとおりである。


 お前を裏切った雌犬を後悔させるべく、最高の餌である性欲の吐口を与え、取り上げ、そして、また与え、いわば、拷問による調教を施していることがよく窺われる。


 その行為ならばだ、裏切り者の改心が、過去の法滅、お前の「無」となった35年間の犠牲を意味無きものに蔑める、そのことに対する『怒り』、怨念に満ちた『怒り』に向上させると理解できる。


 しかしだ!


 今のお前の答え、実のところの本意は、怨念よりも遥かに及ばない、脆弱な嫉妬、それを拭う自己顕示欲、安堵感に過ぎずだ!


 しからば、お前はあの女をどうしたい?


 その脆弱な念を持って、何も成し遂げるつもりなのか?」と


 男は即答した。


「過去という時間を台無しにし、今更、俺のものを貪りあさる雌犬の愚かさに対する『怒り』よりもだ、


 俺は主に許可なく無断使用した 客の無礼に対して憤りを感じるのだ。


 いいか!


 何度も言う。


 アイツの身体を跨ぐのは俺1人だ!


 これからも俺1人だ!


 それを侵害しようとする輩に、俺は「憤慨」するのだ!」と


 死神が核心たる問いを投げかけた。


「しからば、お前の『怒り』の矛先は確定したということだな。」と


 男は煙草を口から離し、龍の如く、紫煙を吐き、答えた。


「そうだ!


 アイツを抱いた男を殺す!


 アイツの夫を殺す!」と


 死神は男にスッと近づき、さらに、さらに、こう問うた。


「お前は死ぬのか?」と


 男は死神の底知れぬ黒い龍眼を睨みこう言った。


「言ったはずだ。これから先もアイツを犯すのは俺だけだと。


 今世において、アイツを犯す輩は許さない。


 ならばだ!


 死を持って、この運命の双子は幕を閉じるまでだ!」と


 501号室に沈黙の空気が重く冷たく支配した。


 死神は天井の四隅に戻り、大きく大きく青白い炎を、重く冷たい空気を溶かすように吹き捲り、そして、四隅の一点に消えて行った。


 男は死神を見送ると、スマホを取り、女のLINEを開き、そして、こうコメントを書き込み、送信した。


「お前は俺だけの女だ。お前は俺だけに抱かれる。お前は俺だけに感じる。この先も」と

 

 

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