【悪魔の絶頂】第45話 良心と快楽の鬩ぎ合い
女が医師のいるマンションに戻ったのは、やっと曙光が産まれた午前5時頃であった。
女はそっと玄関ドアを開け、忍足で自室まで来た。
女が部屋のノブに手を掛けた時であった。
「何処に行っていた?」と背後から医師の声がした。
医師は女の隣の部屋、今は独立して居ない子供達の部屋で女の帰りを待ち伏せしていたのだ。
女が帰ってきた物音を感じ、子供部屋のドアを僅かに開き、この機会を伺っていたのだ。
女は医師の問いに答えず、振り向くこともなく、部屋に入ろうとした。
医師が女の腕を掴んだ。
「離して!」と女が医師を睨み、強く言った。
医師は女の睨み眼に息を呑んだ。
医師は簡単に女の腕から手を離し、1、2歩後退りした。
あんな鋭い目付きの女の顔を医師はこれまで見たことがなかった。
気弱であり、騒がしい性格の医師は慌てふためいた。
「アイツ、何処に行ってたんだ?奴のところか?
あの眼付き…、薬、やっているんじゃないか?
俺を睨んだ眼…
奴と同じ眼付きだった…
完全に俺を恨んでいる。」
妻である女に恨まれる心当たりが多分にある医師は、朝帰りを繰り返す妻の心配よりも、自分の心配に傾倒し始めた。
居ても立っても居られない医師は、女に対して、LINEで執拗に追求して来た。
「お前の眼付き、薬物障害者のものと同じだ!」
「あの男から薬を飲まされたのか?」
「媚薬を飲まされたのか?」
「麻薬を飲まされ、セックスしたのか?」
「困るよ、心療内科の妻が薬物中毒なんて!」
「お前も分かるだろ?俺の立場が!」
「〇〇家、代々の病院だ。俺の代で閉めるなどできない!」
「離婚したいのか?」
「話し聞いても良いぞ。」
「財産分与は、検討してやる。」
「弁護士沙汰は、お互い避けよう。」
「子供には当分内緒にしておこう。」
等々、愚の骨頂たるLINEコメントが乱射されて来た。
女は通知のみ読み、夫のLINEを開かず、夫のLINEをブロック・削除した。
そして、女は服を脱ぎ、やはり、昨日と同じよう、愛液と精液が染み込んだスキャンティーだけ着けて、布団に潜り込んだ。
「今更、離婚なんて!
遅いわよ!
今度はこちらが利用してやるわ!」
保身に走る情け無い夫の態度に女は苛立ちを覚え、早く寝たいのに、なかなか眠りに入れなかった。
女はあらゆる体液を吸い込んだ小さな布を上から触り、この何日かの激動、淫乱に満ちた時を思い浮かべた。
そして、自身の淫獣と化した変身ぶりを恥じた。
また、そうさせた運命、予期せず、突如として出現した時の流れに対し、威風の念を抱くと共に、ある意味、感謝の念を抱くのであった。
女は、今朝は、流石に自慰行為をする気も起こらなかった。
「私、何時間、逝かされ続けたのかしら…、15時間以上かしら
…、」
女はふと、この長時間のハードな乱行の証として、身体中の痛みに感づき始めた。
喘ぎ過ぎたためか、喉の奥が締め付けられるように痛かった。
そして、15時間もの間、何百回以上も逝き果て、その瞬間に大きく仰反る身体を支え続けた太腿とふくらはぎの筋肉がとても痛く感じた。
さらに、何度も何度も気を失う度に男に叩かれた尻の皮膚がヒリヒリとした痛みを出し始めていた。
女は思った。
「彼、凄い。15時間以上、あんなに大きく、硬く…、」
「昔よりも遥かに凄い…」
「どうしてあんなに続くの…」と
女は思い出した。
「あの人、時折、お酒と何かを口に含んでいたわ…」
「主人が言うとおり、薬かしら…」
「あの人、間違いなく過剰摂取、抗うつ剤を多量摂取しているわ…」
女は急に男のことが心配になった。
「あの人のお母さんが言ってた。多量摂取で自殺未遂した事を…、
あの人、死に急いでいる…、
私と一緒に死のうなんて…、
どうして死にたいの?
私が関係あるの?」
女は嫌な予感がした。
男の昔との変わりようが極端であることに今更気付いた。
それは、自分自身のことを憎んでいるから仕方がないと感じた。
「どうして俺から去ったんだ!」と
男が快楽地獄の中で吠えた台詞を思い出した。
「言えないわ…」と女は呟いた。
女は冷静に考えた。
「もう逢わない方が、彼の為になるのかしら…」
「私が居るから、私が存在するから、彼は怒り続けるのかしら…」
「怒り続け、そのため、薬を過剰摂取するのかしら…」
「私が原因…」
女は行き着く結果に納得し掛かった。
そして、女は自分自身を重ねて見つめ直した。
「私は何も求めて彼に逢いに行くの?
彼の愛?
違う…
感じるために…
そうだわ、私、昔と同じことをしてる。
自分の我儘で彼を追い込んでいる。」
「彼は私に何も求めているの?
愛ではない。
私の身体でもない。
快感でもない。
彼は明らかに『怒り』を求めている。
彼を裏切った私の存在
私が乗り移ったエリート社会
彼は現代社会を恨んでいる。
あの人…
何をするつもりなの…」
こう理論立てをした女は、自ずと結論に達した。
「もう、逢わない!
逢っては、いけないのよ!
彼を死に急がさせないためにも!
そう…
私にも家族が居る。
夫じゃないわ、子供がいる!
彼の為にも子供の為にも、もう、逢わない!」
そう結論付けた女は、ベットから起き上がり、愛液と精液が染み込んだスキャンティーを脱ぎ捨て、シルク色の清潔なパンティーに履き替えた。
そして、スマホを握り、男のLINEを開き、トーク欄にこう記した。
「もう逢わない方が良いと思います。
賢明な貴方ならお分かりになるはずです。
貴方にも御両親がいらっしゃる。
私にも子供が居ます。
お互いの家族の為にも、もう終わりにしましょう。
さようなら。」と
女はそう記すと、スマホを枕の下に潜り込ませ、横になった。
だが、
耳、トキメク心臓、そして、甘く疼く陰部…
女の全神経は、今、枕の下にあるスマホのバイブレーションが震え出すことを期待していた。
送信してから、何分かが過ぎた。何十分かが過ぎた。
待ちくたびれた、女がうとうとし始めた時であった。
「ブゥーン、ブゥーン」と
枕の下のスマホが女の耳に振動を送り込んで来た。
女は直ぐには出なかった。
やがて、スマホの振動が止まった。
女は、そっと枕の下のスマホを取り、通知を見た。
やはり、彼からのLINEメッセージであった。
女は通知メッセージだけ見た。
「夫に何か言われたのか!」とのみ、書かれていた。
女はそんなつもりはない、男を心配して記したのにと、また、誤解による別れは懲り懲りと思い、先程記した二度目の別れの決意は簡単に吹き飛び、急いで男のLINEを開いてしまった。
そして、女はこう書き込んだ。
「主人は関係ありません。離婚するつもりです。」と
すると、直ぐに男の既読が付いた。
そして、こう書き込んで来た。
「そんなことどうでもいい。
明日、何時に来る?」と
女は直様、書き込んだ。
「もう行きません。」と
男の既読が付いた。
何分かして、男からコメントが送信された。
「ならば、どうして、ブロックしない?削除すれば良いだろ?」と
女は泣きそうになった。
痛い所を突かれた。
そうである。
本当に別れる気があるのであれば、先程、女が夫のLINEをブロック・削除したように、男のもそうすれば良かったのだ。
しかし、女はそうはしなかった。
女は出来なかった。
女の潜在的な気持ちは、男に別れを止めて欲しかったのだ。
更に言えば、
女はまだまだ、男に痛ぶられたかった。貶されたかったのである。
返信出来ないで居る女に対し、男は女の真意を見透かしたよう、こうコメントを書き込んで来た。
「折角、昨日以上に逝かせてあげるつもりだったのに。」と
それを見た瞬間、女の子宮が収縮するのを女は感じた。
「いやだ、感じてる、私…」
そう思ったのも束の間、男が追い討ちをかけて来た。
「また来い!気を失うほど気持ち良くしてやるから!」と
「気を失うほど…」
女は男のコメントをオウム返しで呟いた。
そして、こうコメントした。
「同じ時間に行きます。」と
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