【覚醒】第36話 不遇者に愛する者は邪魔なのか…
「明日、行きます。待っていてください。」
男は女からのショートメールを開いたまま、返信せずに、じっと見つめていた。
その時である、
「本当に殺すつもりなのか?」
と、低く野太い嗄れた声が牢獄のような冷たい部屋に響き渡った。
男は天井の四隅の一角に陣取った「死神」を睨んだ。
死神がまた問うた。
「女を殺すのか?」と
男は死神を睨んでいたが、何も答えなかった。
「おい、答えろ!本当にあの女を殺すつもりなのか?おい!」
と、死神が男を執拗に急かす。
男は死神から目を離し、ベットに横になり、そして、煙草を取ろうとした。
「答えろ!女を殺すのか!答えろ!」と
死神が白い炎を吐き、吠えた。
男は仕方なく口を開いた。
「何故聞く?」と
すると、死神が楽しそうに宣う。
「そりゃあ、やっと俺の仕事が終わりそうだから、聞いているのさ。
女を殺して、お前も死ぬんだろう?
お前が死んだら、俺の仕事も終わる。
お前を地獄に連れて行けるからな!」と
「ちぇっ、お前の都合かよ!」と男は床に唾を吐き、死神を罵った。
死神は何食わぬ顔をし、じっと男を見つめ鎮座している。
今度は男が死神に問うた。
「何故、女を殺したら、俺が死ぬと思うのか?」と
死神は、天井からゆっくりと舞い降りて来て、男の目の前に構え、こう言った。
「お前、俺をみくびるなよ。」と
男は一瞬、怯んだ。
死神はゆっくりと物語った。
「お前は分かっているはずだ。お前がどうしてこの世に生まれ、その不遇の人生の中でどのような役目を担っているかを。
お前は不遇なんだよ。
お前に幸福は無いのさ。
お前は絶望と僻み、妬み、恨みを餌に「怒り」のエネルギーを蓄積し、この世を全うするのみなのだ。
鬱々とした灰色の分厚く、汚れた雲の下のみが、お前の居場所なのだ。
そこには、決して光は当たらないのだ。
「鬱」に抗うため、お前は「怒り」を蓄積しようとした。
それは、至って効果的な手法である。
それは、歴史に名を連ねる悪名高き独裁者、暴君らがこぞって実行したやり方である。
怒り狂い、抗う者を虐殺、粛正し、暗黒の闇に見えた人生に、怒りの松明と血で染まった道標を翳すのだ。」と
堪らず、男が口を挟んだ。
「其れが神の望みか?ならば、神は何を企んでいるのか?」と
死神が青白い炎を吐き、吠えた。
「黙れ!愚か者よ!」と
男は黙ったが、死神を睨んでいた。
死神は、体制を整えるよう、尾鰭を逆に畳んだ。
そして、男の問いの答えも含め、物語を再開した。
「もう一度言う。お前の役目は不遇の人生を全うすることだ。
生まれながらの不遇者だ。
お前を不憫に思う者は居ても、お前を心から愛する者など存在しない人生なのだ。
いいか!
神は選別するのだ。
幸福者と不遇者を。
決して、その二つの者が混在しないようふるいに掛けて別つのだ。
何故ならば、神の創造した運命は、「生」と「死」のみであるからだ。
その「生」と「死」の間に、僅かばかりのトンネルがある。
それが、お前ら愚かな人間が俗に言う「人生」だ。
「生」という入口と「死」という出口の間に、神の目が届かないトンネル、それが「人生」なのだ。
神はそのトンネルも支配する。
神は「人生」も支配するのだ!
不遇者は不遇者として「死」の出口に向かうよう目を光らす必要があるのだ。
何故?
愚か者め!
教えてやろう!
純度の高い運命を全うさせ、来世に導くために…、神は人生を司るのだ。」
死神は物語を終え、天井の四隅の一角に戻った。
男は茫然としていた。
そして、男は震える声でこう問うた。
「お、俺は来世も不遇者なのか…」と
死神は答えた。
「それは神が決める。」と
男は叫んだ。
「幸福かも知れないんだな!来世は?」と
「そうだ。」と
死神は、一言だけ答えた。
そして、死神は四隅の一点の中に消えようとした。
男は叫んだ。
「おい!お前の役目はなんなんだ?おい!答えろ!」と
死神は振り向き、こう言った。
「愚かな不遇者が幸福にならないよう監視するのが、俺の仕事よ!」と
男は怒鳴った。
「くそっ!お前が全てを邪魔したのか?」と
死神は怪訝そうに長い口髭を揺らし、こう言った。
「まだ分かってないみたいだな。お前は不遇者として選別され、運命の入口を潜ったのだ。出口も不遇者として潜るのだ。
俺が地獄に連れて行きやすいようにな!」と
男は言った。
「地獄?俺の来世は地獄か!くそぉ!」と
死神は笑いながら言った。
「心配するな。地獄は来世ではない。
来世は地獄の先にある。」と
そして、死神は青白い炎を吐き、吠えた。
「女を殺し、お前の人生を純度の高い不遇に仕立て上げろ!」と
男は固まった。声も出せなかった。
男をよそに、死神は四隅の点に吸い込まれるよう消えて行った。
暫くして、男は目を覚ました。
男は夢を見ていた。
いや、幻想を見ていたのかもしれない。
男はゆっくりと煙草を取り、火を付け、紫煙を吐き、そして、こう感じた。
「『女を殺せ!』か…
そうだな。
アイツが唯一、俺を愛した人間だからな。
不遇者に愛する者は邪魔なのか…」と
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