【覚醒】第32話 お前の十字架ではない!十字架を返せ!

 男は、襟がボア付きの作業用ジャンバーを羽織ると、ベットに腰掛けた。


 そして、男は手首に巻いたGショックの腕時計を見た。


「12時か」と


 男は一言呟くと、ベットサイドのクォーターボトルの角瓶のキャップを外し、抗うつ剤のカプセルを4個、瓶から鷲掴みに取り出し、器用にカプセルを外し、白粉をボトルに注ぎ込んでいった。


 4個の抗うつ剤、全てを注ぎ込むと、男は角瓶のキャップを閉めて、瓶をシェイカーのように振り、そして、キャップを外し、ラッパ飲みした。


 そして、男は首を激しく振り回した。


 すると、抗うつ剤が加味されたウイスキーが胃に届き、そして、血液に行き渡り、脳内に運ばれ出した。


 男はそれを感じた。


 眼球がヒリヒリと熱くなり、眉間とコメカミの血管が隆起するのを感じた。


 男の心も沸々と煮えたぎっていった。


 男は、また、ベットサイドに手を伸ばし、ショート・ホープの箱を握り、シュッと一振りし、煙草を箱から飛び出させ、狂犬のように煙草を咥え込み、ジッポで火をつけた。


 そして、男は一飲み、深く、紫煙を肺細胞に吸収すると、ベットの下からガラス製の大きな灰皿を取り出した。


 男は煙草を咥えたまま、もう一回、ベットの下に腕を伸ばし、例のファイルを取り出した。


 そして、ファイルから女の写った写真を一枚、一枚、取り外し、灰皿の上に翳し、ジッポで燃やしていった。


 男は最後の写真に火を着ける前、何気なしに、その写真を見遣った。


 その写真は、女が夫と高校の同窓会に参加し、2人が和かに笑っている写真であった。


 男は思い出した。


 この写真は男の旧友が、ありがた迷惑に送って来たものであった。


 写真を送った旧友は、こうメールで認めていた。


「お前を裏切った〇〇の写真だ。ウザい医者の嫁になり、意気揚々と同窓会に夫婦揃って出席して来やがった。偉そうにね。綺麗だが、胸糞悪い女だよ。全く。悪友の嫌がらせ、送ります。」と


 男と旧友は親友であり、男が女と別れた後、男の愚痴をこの旧友はいつも聞かされていた。


「理由も言わずに消えちまったよ。」


「もう忘れろ!あの女は医者の卵と付き合っているみたいだぜ!」


「俺のどこが悪かったんだ…」


「お前の頭が悪かったんだよ。二浪もするからさ!」


「そんなにエリートが好きなようには思えなかったよ…」


「女なんて、そんなものさ。結婚相手にはお金持ちのエリートを選択するんだよ!」


「そんな女じゃなかった。」


「事実そうなった。それでお終いさ。」


「そんな女じゃなかった。」


「諦めの悪い奴だなぁ~、今頃、医者の卵に抱かれているぜ。あんな裏切り女、忘れてしまえよ!他にも女は一杯いるさ!」


 男は、今、女と別れた直後、旧友に慰められた、こんなやり取りを思い出していた。


「あの野郎、面白がって、こんな写真、わざわざ送って来やがって…」と男は苦笑いした。


 そして、再度、まじまじとその同窓会の写真を眺め、こう思った。


「さぞかし自慢気なんでしょうよ!夫婦揃って、同窓会に出席するなんてよ。高いマンションから俺を見下し、唾を吐きやがる。俺との人間の格の違いを見せつけやがる。


 何も言わずに消えやがり、心配した矢先に、医者の卵と付き合い、結婚しやがって。


 5年間も付き合って、忽然と消えやがり、理由も言わず、別れを懇願し…


 言えば良いじゃないか!


 二浪の落ちぶれ、ジリ貧の俺より、将来ある医者の卵の方が好きになったってよ!


 腐れ!」


 男の脳の血管がドックン、ドックンと音を立て始め、眼球が見る見るうちに充血していった。


 男はその写真にジッポで火を着けようとした。


 その時、男は気づいた。


 写真の中で微笑む女の首筋に金色のネックレスが見て取れた。


「このネックレス…、あの十字架のネックレス…」


 写真の下の方に僅かに十字架が写っていた。


 男はジッポの蓋を閉じた。


 そして、男はその写真に向かって吠えた!


「お前のネックレスじゃない!


 お前にあげたものじゃない!


 愛する人、俺を決して裏切ったりしない、優しい人、エリートに駆け寄ったりしない、俺を心から愛してくれた彼奴にあげた大切なネックレスだ!


 お前のものではない!


 十字架を返せ!」


 男は角瓶を一飲みで飲み干すと、瓶を壁にぶち投げた。


 物凄い破裂音が部屋中に響き渡った。


 男は写真をベットに置いた。


 そして、腰から柳刃包丁を抜き出し、取手を両手で握ると、頭上高く振り翳し、写真に写る女の顔を目掛けて、包丁を突き刺した。


 男は怒り狂っていた。


「1000mg」の抗うつ剤が、「怒り」のエネルギーを充満させた。


 男はベットに突き刺した包丁をそのままにし、台所に行き、空っぽの角瓶に灯油を注ぎ込んだ。


 そして、作業着ジャンバーを脱ぎ、左側の裏地に裂目を入れ、その中に、灯油の入った角瓶を忍ばせた。


 男は重くなった作業着ジャンバーを再び羽織ると、台所の戸棚から、ジッポライター用のオイルを作業着ジャンバーのポケットに押し込んだ。


「十字架を返せ!お前のものではない。それは俺の愛した人のものだ。決してお前のものではない。」


 そう呟くと、男は杖を取り、501号室を後にした。


 もう二度とこの部屋に戻ることはないかのように、鍵を閉めることもなく…

 


 

 

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