【覚醒】第28話 教会を燃やせ!

「神を模倣する愚か者」


 男は死神の捨て台詞を何度も呟いた。


 そして、ベットから起き上がり、北窓を開け、外を見遣った。


 501号室の北窓


 何度も開けようとしたが、これまで一度も開けたことがなかった。


 男は窓から下を見た。


 そこには実家の庭が見えた。


 彼は猫の額程の庭には何の思い出もないと言わんばかりに、唾を吐き捨て、そして、空を見上げた。


 しかし、空を見ることは出来なかった。


 隣接するマンションに囲まれた空中の囲にゅう地


 青い空など全く視界に入らない。


 彼は自分のマンションを四方八方から囲む高層マンションを下から睨みながら見遣った。


「下から睨んでもへの突っ張りだ」と呟いた。


 そして思った。


「神は上から物申す。地底からは現れない。上から見下す。あの夫婦も神の模倣者だ。高いマンションの9階の部屋から俺に向かって唾を吐いてやがる。俺を見下し、勝ち誇ってやがる。


 ならば、俺は地底奥深くから這い上がってやる。


 土と泥に塗れた汚物の存在として地表に現れ、お前らの唾を餌に「怒り」のエネルギーを蓄えてやる。」


 男は沸々と湧き上がる「怒り」の感情を口内で唾液に混ぜ込み、また、実家の庭に唾を吐き捨てた。


 男はこうも思った。


「何で俺は地底に居るんだ。」と


「天空と地底、物理的に存在するのはまだしも、どうして、生きる者の人生に空と地が隔てられるのか。


 俺が奴らより劣っているのか?


 いや、そんなことはない。


 時代だ…


今居る時代がこうさせた。


 今居る時代


 俺にとっては、恐竜が絶滅した氷河期と同じだ。


 神が時代の衣替えをし、その結果、俺は無用の長物となったのだ。


 臆病者の時代が到来し、ゴマスリ人間と女供が重用される時代


 血気盛んな猛者は居場所を失い、事勿れ主義を遂行する保身者がまかり通る世の中だ。


 腐れた時代だ。」


 男は胸ポケットからショート・ホープの箱を取り出し、その中にある2、3本のシケモクを指で摘み出し、横口に咥え、ジッポライターで器用に火を付けた。


 殆どヒィルターと化したシケモクが陽炎の如く終焉の煙を上げた。


 男は大麻でも吸うように唇を尖らせシケモクを吸い終わると、唾と一緒に、空に向け吐き飛ばした。


 そして、男はマンションの谷間から一点に光る太陽の光を見つけ、その光を目で吸い込むかのように睨んだ。


「何もかも一欠片ズレた人生だったな。これも運命、仕方がない。


 ただ、


 この運命と人生に恨みはある。


 この運命を与えた神


 この人生を翻弄した社会


 俺を上から見下ろす雑魚供


 俺を汚物のように扱う雑魚供


 ならば、俺のこの無様な人生の最期は派手にやらかして貰う。」


 男はそう誓い、部屋に戻り、殆ど割れ落ち原型を留めていない洗面所の鏡を覗き込んだ。


 鏡の中に男の汚れた顔が映った。


 もう何ヶ月も顔など洗った記憶もない。


 無精髭は顔の大部分を占拠していた。


 男に身嗜みを整える必要など無かった。


 この汚れたままの自分が望ましい自分であると男は感じていた。


 見せかけ


 小細工


 忖度、ゴマスリ


 保身、体裁


 それに媚びいる者達


 男の脳裏に其れら調子の良い輩の顔が浮かんで来た。


 会社関係の人々


 家族の人々


 愛したとされる人々


 其れら人々は、今は何処にも居なくなった。


 無用の長物の男を見捨てるように立ち消えた。


 男は鏡の破片を睨みながら、こう唸った。


「其れは其れでよい。


 しかしだ!


 奴らの勘違いを正す必要がある。


 奴らは決して神ではない。


 神の模倣者だ!


 俺を上から見る資格などない。


 綺麗に着飾った無能力の連中供よ!


 貴様らをタダでは済まさぬ!」


 その時、鏡の中に映る男の瞳が、男にこう言った。


「教会を燃やせ。神を名乗る模倣者、教会を燃やせ!」と


 男はハッと気づいた。


「教会を燃やせ…、神の模倣者を抹殺する。格差を是正する。階級を平たく舗装し、エリート、インテリを潰す。


 そうだ。


 俺を見下し、のうのうと生きてやがる、あの医者夫婦、インテリ夫婦を抹殺してやる!」


 男は、スターリン、ポルポトの如く、上流階層のご立派な、人生の幸福に浸っている柔な人間に牙を剥いた。


 そして、男はこうも思った。


「俺を惑わし、俺を裏切った、あの女さえ、俺の人生に現れなかったなら、俺の人生はこんなに弱体化してなかった。


 あの女が俺のアイデンティティである「怒り」の天賦を脆弱させた。


 アイツさえ居なければ、俺はこんなに弱くなかった!


 アイツが俺を駄目な人間にした。


 アイツとの交わりが俺の人生を敗北へと導いた。


 狡い女


 その時の寵児に媚びを振り、調子良く男を利用し、渡り歩く、寄生虫


 俺の「怒り」のエネルギーをすっかり吸い取り、おれを蛻の殻にしやがった!


 そして、俺の抜け殻を無惨に捨て去り、今度は社会的インテリに飛び移った蝙蝠女め!


 アイツだけは絶対に許さぬ!」


 男の標的は絞られた。


「俺はあの教会を燃やす。ヒトラーがシナゴークを燃やしたように…」

 

 

 

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