【覚醒】第25話 怒り狂う化け物となる!
男は診断室に案内された。
医師は2日前と違い椅子から立ち上がり、従順な飼い犬が尻尾を振るように、似合わぬ笑顔を作り、男を迎えた。
「○○さん、また、薬を失くしたんだって?」
医師は背一杯の親しみを込めて、気軽に男に話しかけた。
男は何も言わずに医師の前まで進み、そして、医師を無言で睨んだ。
医師はギョッとした。
男の眼は、自分らでは到底、敵わない次元の生き物、いや、怪物の持つような、殺気に満ちた眼であることが、明らかに感じ取れた。
完全に目が据わり、「怒り」、「冷酷」、「殺意」、「怨念」と言った、「死」の周辺に台座する不吉な種類の感情に溢れたものであった。
医師は蛇に睨まれた蛙の様に呼吸を止め、次なる脅威を覚悟した。
「座るのか?」と男が言った。
医師は頷くのがやっとであった。
男はゆっくりと医師の前にある丸椅子に腰掛け、杖に顎を乗せた。
医師もそっと腰を下ろした。
恫喝染みた発言を覚悟していた医師はホッとし、また、同じことを男に聞いた。
「○○さん、薬、失くしたの?」と
男は、それを聞くと、一旦、下を向き、そして、床に向け、まるで地底奥深くに吠える様、低く太い声でこう言った。
「タメ口はするな。」と
医師はピックンと姿勢を正し、「すいません…」と謝罪した。
男は顔を上げ、こう言った。
「面談は終わりだ。早く薬を出せ!」と
医師は場当たり的に用意しておいた質問をしようとしたが、素直に諦めた。
医師は感じた。
「この男、前も同じ様になことをしている。薬を渡す必要最小限の医療行為である面談という言葉を…、確信犯だ…」と
医師は同席している看護師に退室するよう目で合図をした。
看護師が退室すると、医師は恐る恐る男にこう聞いた。
「薬は渡す。だから…」
「だから、何だ!」
「だから、妻への接触はやめてほしい…」
男は医師の想定外の言葉に一瞬、女の心を考察した。
「アイツ、旦那に何も言ってないのか?俺に睨まれ、電話で怒鳴られた事を…」
「俺はてっきり仲の良い夫婦、仕事も生活も共に支え合うオシドリ夫婦かと思っていたぜ…」
「違うんだ。そりゃ、面白い!あの女は使えるぜ。この間抜けは用無しだ。」
そう考えを整理した男は、医師にこう言った。
「どうして、患者の俺がお前の女房に用があるって言うんだい?おい?同窓生って、言っただけだよ、俺は!」と
医師はおずおずとこう言った。
「貴方は…、その…、妻と高校時代に…、あの…、付き合っていたかと…」
男は笑った。
男は医師を馬鹿にする様に高らかに笑った。
「おいおい、昔の事、何十年前の事、お前、言うなよ!お前、知っていたのか?」と男は医師に釜を掛けた。
「はい…」と医師は素直に返事をした。
「それで、俺が今更、お前の、あのババァを寝取るかもと思ったのか?お前は?」と男が面白そうに尋ねた。
医師は下を向いた。
俺は杖を振り翳した。
医師は「ひっ」と悲鳴を漏らした。
男はゆっくりと杖を医師の肩に下ろし、トントンと軽く叩き、こう言った。
「自信を持って!お前は医者だ!エリートなんだろ?あのババァもお前を愛しているんだろ?俺は何もしやしないよ。」と
医師は杖を手でゆっくり払い、男の目を覗いた。
男の眼と視点が合った。
医師は驚愕した。
男の眼は、優しい言葉と裏腹に燃え滾るように怒っていた。
「腐れ!絶対に勘違いするな!俺を見くびるな!お前の腐れ女房など俺の眼中にはない!いいか!」と男は怒鳴った。
医師は土下座をするよう身体をかがめ、平謝りに何度も謝罪した。
男は用は済んだとばかりに診断室から出て行き、そして、扉の前で振り返り、こう言った。
「医師と患者の信頼関係だよな。お前がそう俺に言ったよな。当分、世話になるよ。」と
医師は「はい」とだけ返事をした。
男が受付に行くと、既に薬は準備されていた。
受付の職員が男との会計を担当した。
女はその隣で下を向いたままであった。
男は女に何も言わず、会計を済ませると病院を後にした。
女は、男の後ろ姿さえ見ることが出来ず、その両膝はガタガタと震えていた。
男は501号室に戻った。
男は真っ先にベットサイドに向かい、「250mg」のカプセルを貯蓄している瓶の蓋を取り、本日の成果物、「250mg」を30個、パラパラと流し込んだ。
これで80個は貯まった。
男は常時、100個は貯めるつもりでいた。
この2日の猿芝居はこれが限度と思っていた。
これ以上、やり過ぎると、あの臆病者の医者は、ポリ公に頼るような気がしていた。
男は、次なる計画として、受診日を10日ほど早めることを繰り返し、徐々に貯めることを計画していた。
1日「1000mg」4錠の服用を1か月継続し、あの頃の「怒り」に満ちた破天荒極まる自分を復活させ、「痛み」、「不安」、「悲しみ」、「優しさ」等々、軟弱な精神を払拭しようとしていた。
大いなる「報復」を実行するために!
男は一定の満足感に浸り、ベットに横になりウイスキーを口に含んだ。
その時、ある思いがよぎった。
「アイツ、旦那と上手く行ってないのか…、どうして、俺の事、旦那に告げないのか?俺のこと、覚えていたのか?」
そう思うと、男は首を強く振り、ボトルをラッパ飲みした。
「くそっ、まだまだ、生っちょろい温情が残存してやがる!俺は怪物になる!」
「そうだ、俺は、怒り狂う化け物になり、奴らを叩き潰す…」
そう心に誓うと、男は瓶の蓋を開け、「250mg」を鷲掴みし、口に放り込み、ガリガリと、歯で砕いた。
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