【覚醒】第21話 抗うつ剤は「怒り」の映像を稼働させた!

 男は501号室に戻った。


 計画通り、獲得した薬袋を床に放った。


 男は苛立っていた。


「あんな腰抜けに引っ付きやがって!」


「医者なら、エリートなら、誰でも良いのか?」


「何も言わず、消えやがって!」


「くそぉ!」


 男は洗面所に行き、鏡を見ながら被っていたニット帽を脱ぎ捨て、寝不足で目付きが悪く、無精髭を生やした犯罪者みたいな鏡に写る自身の顔を睨みつけた。


「人の顔をジロジロ見やがって!野良犬を見るように、憐れみやがって!汚い物を見るように…」


 男も女を意識していた。


 意識しないはずがない。


 35年ぶりの再会であった。


「アイツはあの医者、あの男の何処に惚れたんだ?不細工面でいかにも人を見下す態度、かと言って臆病で怖気付く気の弱い男。俺はあの腐れ野郎に負けたのか…」


「理由も言わず、何も言わず、何度も何度も訳を聞くのに…、何も答えず…」


「不治の病か、とんでもない不幸に直面したのか、俺ではどうしようも出来ない状況であったのか?、何とか助けてあげたいと…、心配で、心配で、毎日、お前が無事でありますようにと、神様に祈っていたのに…」


「何のこっちゃなかった。心配無用だった。エリートと付き合い結婚しやがった!」


「俺が何をした!」


「俺が二浪したからか?頭が悪いからか?」


「エリートでないからか?」


「そんな事、知っていただろうに!くそぉ!」


「エリートが好きなら初めから言え!俺と付き合う前から、そう言え!」


 男は未だに女を憎んでいた。


「くそぉっ!アイツら叩き潰してやる!」


 男は鏡に拳を打ち込んだ。


 激しい破壊音が部屋中に響き渡った。


 男は右拳に食い込んだガラスの破片を、犬のように歯で咥え抜き、手慣れた様子で石鹸粉を傷口に刷り込み、その上から軟膏を塗り、血を止めた。


 男は居間に戻り、床に投げ捨てた薬袋から「250mg」の数字が印字されている薬だけを取り分け、別袋に入れ直した。


 そして、ベットに横になり、残った薬である睡眠導入剤と睡眠薬のカプセル4、5個を口に含み、ベットサイドのテーブルの上からウイスキーボトルを掴み、水のようにラッパ飲みをし、意識が薄らぐのを、天井を見つめながら、そおっと待った。


 いつの間にか男は寝入った。


 久々の投薬による睡眠であった。


 男は夢を見た。


【女が忙しそうに料理をしている。

 

 キッチンスペースには、複数の重箱が置かれている。


 コンロには鍋が2つ置かれ、煮物等を作っている。


 女は冷蔵庫から数の子、車海老が入ったパックを取り出し、丁寧に重箱に飾っている。


 鍋が吹き上がり、貝杓子で直接味見をし、「うん」と一つ頷き、鍋から深皿に筑前煮を移し、そして、重箱の紙桶に綺麗に盛り付けて行った。


 女は正月のおせちを作っていた。


 毎年、正月は、夫の実家に女の手作りのおせちが飾られる。


 そこに夫である医者が顔を出した。


 おせちを味見し、「旨い!」と微笑む。


 女もニッコリ笑い、「つまみ食いはダメよ」と夫を嗜める。


 場面が変わった。


 女の家族が初詣に向かう山道を歩いている。


 すれ違う人々がお辞儀をする。


 家族は神社に着いた。


 正月用の記念写真をスマホで撮っている。


 夫と子供、女と子供、そして、夫と女、それぞれ、映し手が変わりばんこに写真を撮った。


 そこに、高校の同級生と思われる男が近寄り、医師夫婦に声を掛けた。


「今年、卒業して初めての同窓会をするから、来てくれよな。君達夫婦は、俺たちの憧れの同級生夫婦だからな!同窓会の花になるよ!」と


 夫と妻は、照れ笑いを浮かべる。


 夫がこう問うた。


「みんな、集まるのかい?」と


 同級生の男が、夫の言葉のあやを察し、こう答える。


「来るよ。ただ、社会的に成功している奴ばかりさ!アイツは来ないよ!」と


 それを聞いた夫婦は、安堵の息を吐き、お互いに見つめ合い、やれやれといった感じて苦笑いを浮かべた。]


 男は目を覚ました。


 男は呟いた。


「怒りを蓄えないと」と


 そして、男は徐に起き上がり、「250mg」の抗うつ剤の袋を持ち出した。


 男は「250mg」の抗うつ剤4個、合わせて「1000mg」を口に含み、噛み砕き、一飲みした。


「怒り」の元素が喉を通り、胃の中に落ちた。


 男は「怒り」の粉をいち早く血液中に溶かし込もうと、鬼神の如く、鷲のような鋭い目付きで前方を睨んだ。


 次第に、男の眉間の血管が浮かび上がり始めた。


 明らかに通常の4倍量の抗うつ剤が脳に浸透し始めていた。


 そして、男はあの頃の感情が蘇りつつあることを感じた。


 脳内の映像が切り替わったのだ。


 女と医師の笑顔、会社の人間、道で肩をぶつけた通行人の顔等々


「怒り」の映像が映写機に映されるよう、男の脳裏に表出した。


 抗うつ剤をエネルギーとして…


 


 

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