【覚醒】第17話 別れの真実
男と女は高校1年から大学2年まで付き合っていた。
大学2年までといっても、男は二年間浪人した。二浪であった。
告白は、女から男にしたものであった。
高校1年のバレンタインデーの日に
男も女のことを前から好きであった。
言わば相思相愛であった。
2人は中学校も同じであった。
男は野球部のキャプテンで、やんちゃであったが、何かにつけて目立つ存在であった。
女はどちらかと言えば大人しい性格であったが、前も言ったとおり、その容姿は抜群に美しく、勉強の成績も学年のトップクラスであった。
2人は、中学時代は会話をしたことはなかったが、お互い密かに意識はしており、特に女は毎日のように男の野球部の練習を見に行くほどであった。
2人は同じ高校に入学したが、男は文系、女は理系とクラスは別々で階層も違っていた。
高校はマンモス校で一学年の人数も500人規模であったため、2人が顔を合わせることも中学時代に比して少なくなった。
それでも女の男に対する気持ちは日に日に昂まっていき、いつしか彼女になりたいと思うようになっていた。
そして、高校1年のバレンタインデー、女は友達に頼み男を呼び出し、チョコレートを手渡し、愛の告白を行い、男もそれを受け入れた。
恋人になってから、2人はいつも一緒に居た。
当然、クラスが違うため、授業時間は離れ離れであったが、登校、下校、休み時間、休日等は、必ず2人で居た。
本当に仲の良いカップルであった。
特に男が高二で野球部を退部してからは、学校が終わると毎日、2人は図書館に行き、読書に耽った。
2人とも本を読むことが好きであった。
パンセ、カミュ、ドストエフスキー、スタインベック、フォークナー等々、世界的な文豪の名作を2人で読み漁り、そして、その感想を話し合った。
そんな初々しい高校生カップルであったが、男には悪友の友達も多かった。
時に、男はトラブルの渦中に巻き込まれることも多々あった。
破天荒で男気のある男には、いつも喧嘩の舞台が用意され、他校の不良との抗争にも引っ張り出されていた。
そのため、教員受けは悪く、問題のある生徒として監視されていた。
当然の如く、男は学業を疎かにし、女との成績は雲泥の差があった。
しかし、2人は同じ大学に行くことを夢見ていた。
男もそもそもは勉強は苦手ではなく、中学生の頃は女と同様、学年トップクラスであった。
男は高校三年から猛烈に勉強した。
しかし、現実はそう甘くはなく、大学受験の結果、女は合格し、男は浪人の身となった。
男は隣県の予備校に入校し、アパート暮らしを始めた。
女も違う隣県の女子大学に入学し、寮生活を送ることになった。
それでも2人の関係が醒めることはなかった。
醒めるどころか、益々、濃厚になって行った。
女は週末は必ず男のアパートに行き、そして泊まった。
言わば、半同棲生活のようなものであった。
至極当然として、2人の関係は深まり、いつも激しく愛し合った。
そんな中、女は、時折、自身の存在が男の学業の妨げになっているのではないかと心配になったが、男は成績は上がっているとし、今までどおり、女を求めた。
しかし、男はその年の大学受験にも失敗し、二浪することとなった。
女は、男の心中を察し、暫く、男と逢うことを遠慮し、大学の春休みを利用し、実家に帰省していた。
男もアパートを引き払い、実家に戻っていた。
男は、二浪目は女の大学のある県の予備校に行くことを目論み、親を説得しようとしていたが、親は他県予備校のアパート生活では学業に集中できないとして、二浪目は実家から地元の予備校に通うよう逆に男を説得していた。
そんな最中に悲劇は起こった。
女は男と逢うことを自重していたが、どうしても逢って渡したいものがあった。
女は正月明けから男のために手編みのセーターを編んでおり、それが丁度、完成したのだ。
女はセーターを渡すだけと決め、勇気を出して、男の家を訪ねることとした。
女は男に今から行くことを電話で知らせることもなく、この勢いで行くこととし、もし、男が留守であれば、家の人に渡しておけば良いと安易に考えていた。
女の家から男の家までは、徒歩で30分ほどであった。
女は男の家の位置は、男から聞いており、近くに小学校もあることから、大凡、見当は付いていた。
女は、心地よい春の日和の中、ゆっくりと歩いて男の家に向かった。
男の家の前まで来た。
女は玄関の呼び鈴を鳴らした。
暫くし、家の者が玄関のドアを開けた。
男の母親であった。
女は微笑みながら、名前を名乗り、「○○君は居ますか?」と尋ねた。
母親も微笑みながら、留守にしていると答えた。
女はそれではと、セーターを渡してくれるよう母親に頼んだ。
その時であった。
それまで微笑んでいた母親が、表情を怖ばせ、女にこう言った。
「丁度良かったわ。○○さん、あなたと息子の事は承知してます。いつか、あなたに会ってお話ししておきたいことがあったのよ。あのね。もう、息子と逢うの止めて欲しいの。息子、二度も受験に失敗したでしょ。女性と付き合っている暇はないと思うの。あなたも息子のことが少しでも好きであるのならば、私が言ってること分かると思うの。頼みます。今は息子から距離を置いてください。」と
女は余りのショックに何も返答できず、呆然と立ち尽くしてしまった。
そして、女は動揺して脈絡もなく、母親にこう答えた。
「もう逢いません。約束します。最後にこのセーター、渡してください。」と
女が頭を下げ、母親にセーターの入った包みを渡そうと両手を差し出したが、母親はそれを受け取ることもせず、「もう、帰ってくださる。」と言い、玄関の扉を閉めてしまった。
女はその後、余りのショックにどうして家に戻ったかも記憶にない。
ただ、帰る途中、橋の上から河の中にセーターの包みを放り投げたのは覚えていた。
それから、女は男との連絡を一切絶った。
息子の母親は、この事を息子には何一つ言わなかった。
実は、母親は、女の顔を見るまでは、あんな酷い事を女に言うつもりはなかったのである。
母親は3人の子供の中で、唯一、母親似である男を溺愛していた。
出来の悪い子ほど可愛いと言うが、正にそのとおりであった。
そのため、母親は女を見た瞬間、母性の本能として「息子をこの女に盗られる!」と感じたのだ。
また、母親は女性として女に敵意を感じてしまった。
息子の母親は教師をしており、若い時は美人教員として、地元テレビ局が取材に来るほど、その美貌は地域で評判であった。
その母親が女を見た瞬間、女に嫉妬心、いや、対抗心を抱いてしまったのだ。
「こんな綺麗な女性と付き合ったら、息子は私の所に帰って来なくなるわ…」
「この人は絶対駄目。息子から離さないと…」
そう思った母親は、女に対して、あんな辛辣な言葉を発してしまったのだ。
母親は息子から嫌われたくなかった。
母親はその日の女との出来事を息子に言ったならば、息子は必ず激昂し、家を飛び出しかねないと思い、全てを秘密にした。
さらに母親は女の勘として、あの女も今日の出来事を息子に話すことはないと思った。
そのとおりとなった。
女は母親の言うことが正しいと思った。
女も感じていたのだ。
今、男は自分と付き合っている場合ではないと。
女は思った。
「あの人の人生を台無しにしたくない。私のせいで、素晴らしい男性を駄目にしたくない。」と
一方、そんなやり取りがあったことなど全く知らない男は、急に連絡の途絶えた女を心配し、何度も何度も電話を掛け、大学の寮、女の実家に逢いに行き、手紙も何通も出したが、女がそれらに応じることはなかった。
そして、男は最後に一度だけ会って欲しいと認めた手紙を出し、女もけじめとして、それに応じ、女の大学の近くの喫茶店で落ち合った。
そこでの話は前に話したとおり、女は男に理由なき別れを強要し、男は最後にそれに応じた。
これが2人の別れの真実であった。
男は今尚、この真実を知る由もない…
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