【覚醒】第13話 優等生の医者と腐ったミカン

 その日の診断室の中にはある種の緊張感が張り詰めていた。


 医師も看護師の女も、いつも以上、会話をすることなく、淡々と診断を続けていた。


 12時の昼の休憩に入る前、医師がその沈黙を破り、受付に行き、こう指示した。


「午後1時からの体制は、妻と受付の○○君のローテーションを変更します。」と


 女は無表情に立ち上がり、診断室から受付へと移動した。


 そう、午後1時が男の予約時間であった。


 医師は悩んでいた。


「奴は偶然、俺の病院を選択したのか?いや、目的は妻に会うためではないのか?本当にメンタル疾患なのか?年明け早々、厄介な奴が迷い込んで来たもんだ。」と


 また、医師は男を恐れていた。


 医師と男は同じ高校の同窓生と言っても、全く接触することはなかった。


 医師は名門の付属中学校からその高校に入学し、医者になるため学問に打ち込んでいた。所謂、ガリ勉であった。


 方や男は高校でも有名な不良であり、度々、暴行事件など謹慎処分を受け、学校のお荷物、いわば「腐ったみかん」のような存在であった。


 2人は正に水と油の存在であった。


 医師は当然、男のことを知っており、極力、関わらないよう、避けるよう遠回しに男を観察していた。


 優等生である医師にとって、このような不良を観察するとした関心を示すことは通常あり得ないところ、女が絡んでいたのだ。


 医師と女は高校1学年の時、同じクラスであり、医師は女に一目惚れした。


 しかし、女はあの不良男の彼女であった。

 

 女と男は同じ中学校からこの高校に入学し、女の方から男に告白し、付き合うようになった。


 医師は、どうしてあんな不良と才色兼備である女が付き合っているのか合点が行かないでいたが、男から女を奪うには、医師は臆病過ぎた。


 因みに、男は医師の存在を全く持って知らなかった。


 医師は卒業しても女のことが好きであった。


 この優等生は、女が不良男と別れるのをひたすら待っていた。


 また、医師は、優等生ならではの感覚で、才色兼備の女性と腐ったみかんの不良は、絶対に釣り合わない、必ず破綻する。少なくとも結婚は女の親が許さないと踏んでおり、姑息にも、卒業してから、高校の同窓生とし、女の家に執拗に電話を掛け、女に言い寄ることなく、女の母親に対して、医科大に在学し、将来は医者になるなど、恰も婿候補としてのアピールを行っていたのだ。


 その甲斐あってか、医師は女と結婚できたのだ。

 そう、女と医師の間を取り持ったのは、女の母親であった…


 医師は、女の母親との接触を継続する中、女が男と別れたことを女の母親から聞き出し、この千載一遇のチャンスを看過することなく、予想どおり弱っている子鹿を捕らえるが如く、執拗に女に近寄り、外野である女の母親を味方に付け、強引に結婚に持って行ったのである。


 その時、医師は急ぎに急いだ。


 あの男が女の所に戻ってくる前に決着を付けないとと…


 結果、男が女の前に姿を現すことはなく、医師は女と結婚した。


 しかし、このような姑息な手段、外野である親御の意向を第一義としたことから、当然、当事者である女の気持ちを完璧に惹きつけたものとはならなかった。


 医師は分かっていた。


 女が結婚を承諾した時も、女は男より医師を選んだのではなく、医師しか居なかったので、仕方なく医師と結婚したことを。


 そのことを医師は今でも感じており、そして、闇夜に消えた悪霊に怯える狩人のよう、女と別れてから全く音沙汰のない男の存在に怯えていたのだ。


 医師がDV、モラハラ的に女を拘束し続けるのも無理はなかったのだ。


 医師は、いつか、いつか、必ず男が女の前に現れると怯え続けていたのだ。


 それが今日、事実として訪れる。


 ましてや、女だけではなく、医師、己の面前に、あの男が現れるのだ。


 休憩所で昼飯の弁当を食べる医師の持つ箸は、小刻みに震えていた…

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