【覚醒予兆】第10話 青白い炎は息子の怨念
鬱との共存を決意した夜、俺はこんな夢を見た。
「久々、帰省した俺は実家の墓参りに行った。
氷雨がそぼ降る冷たい日であった。
墓洗用の水・バケツは必要ないかと思いつつ、花も何も持たない俺は墓参りの外観上の格好とし水の入ってないバケツと柄杓を手に取り、墓へと向かった。
墓の前に氷雨に濡れ立ち尽くしている人影が見えた。
親戚だろうと思い、俺は下を向き、その者に近づき、挨拶のため、面を上げた。
俺は思わず息を呑んだ。
それは人ではなく、青白い炎であった。
青白い炎は、空気が凍り、それに氷雨が打ちつけ、その水飛沫により、外郭を明認していた。
人の姿のように…
そして、透けて見える内部には一つの蝋燭が灯っていた。
青白い炎は、墓の前に立ち、その周囲に僅かばかりの光を放っていた。
「待っていたよ。お父さん」
突然、青白い炎が俺に話しかけた。
「僕だよ、〇〇だよ。」と青白い炎は俺の息子の名前を発した。
俺はそっと持っていたバケツと柄杓を下に降ろした。
「あの日も寒かったよ。ずっと、お父さんを待っていた。」と青白い炎は続けて話した。
息子が自殺したのは、年明けの1月10日、今日みたいに冷たい雨が降っていた。
息子は始業式の後、学校内の体育倉庫の中で首を吊り、自殺した。
遺書は無かったが、妻が言うには学校内でいじめに遭っていたそうだ。
息子は吃音が酷く、幼い頃から友達から揶揄われていた。
中学生になっても吃音は治らず、一層、酷くなっていたとのことである。
息子が中学に入る時、俺は既に家には居なかった。
息子が学校生活に馴染めず、悩んでいることは、別れた妻から電話で聞いてはいたが、この頃、俺は東京の本社勤めで忙しく、年に1回帰省すれば良い方であった。
妻はよく俺にこう言っていた。
「私は平気だけど、子供のために帰って来て」と
俺はこの「私は平気だけど」という言い回しが嫌いだった。
既にこの頃から妻との関係は悪化していた。
とにかく、忙しかった。
そして、仕事の方が家族より価値あるものに見え、家族の声は全く耳に入らない時期でもあった。
俺の心は非常に強くなっていたが、その分、非常に冷たくなっていた。
父親でありなが、いじめる友達と同じく、吃る息子が悪いと感じていた…
それに、子供の問題は母親である妻の役割だと明確に隔てていた。
息子が自殺する直前の時間帯
俺の携帯に息子から電話が入っていた。
俺はそれに気づいたが、電話に出ることはなかった。
俺は何も言わず、青白い炎の内部に灯る蝋燭を見つめていた。
氷雨が降り止み、一瞬、木枯らしが墓場を通過した。
青白い炎の人影は、瞬時に消えていた。
そして、墓場の香炉に突き刺さった1本の蝋燭から白い煙がか細く揺らいでいた。」
俺は目を覚ました。
目尻が涙で冷たくなっているのを感じながら目を開いた。
暗闇の中、エアコンの緑の動作ランプが点灯していた。
エアコンの排出口から吹く温風の音色が泣いているように聞こえていた。
「ごめんな」
俺は一言謝った。
そして、無性に腹が立った。
誰に?何に対して?
俺を家族から切り離し、利用するだけ利用し、用が済んだら、ゴミ屑の様に俺を捨てた会社組織にだ!
この腐れ会社の為にうつ病を患うまで頑張ったのに、簡単に首を切りやがって!
息子は夢で何を俺に伝えたかったのか?
俺は息子に向けて語った。
「お父さんもお前と同じだ。決して、強くないんだ。仕方なく強くなっただけだ。自分の病気を利用して、会社で潰れぬよう、偽りの強さで身を纏っただけなんだよ。強くなりたくて強くなったんじゃない。もっと、弱く、そして、優しい人間で居たかった…」と
するとエアコンの温風音がけたたましく高く細い鳴き声のような音色を立てた。
「お前を守ってあげなくて、ごめんな」
「もう、お父さんが守るべきものは何もないんだ。」
「お父さん、本当の獣になってやる!」
「約束する。俺からお前を切り離した会社組織、いや、その会社の後ろに聳える社会に対して、俺は復讐を行う。
それが逆恨みと言われようが、構わない。
俺は今度こそ、俺の心の感じるまま、そこに向かう。
そこが地獄であろうとも」
死んだ中学生の息子が、綺麗事など言うはずがない。
息子は俺を恨んで死んだ。
息子は俺に裏切られたと思い、首にロープを掛けた。
「俺はお前を裏切っちゃいない!決して、見捨てて居ない!
このように仕向けた社会を抹殺する!
この手で…」
「俺と俺の家族の仇はこの手で行う。」
何度も何度も、復讐の誓いを俺は暗闇に連呼した。
その時、ベットサイドに置いていたスマホの待受画面の日付が変わった。
1月10日に…
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