【覚醒予兆】第9話 戦火の如く輝くために
こうして、投薬治療は抗うつ剤の調整により進められた。
投薬量MAX250mgから減少枠50mgの範囲で、その時々の体調に合わせて調整が行われ、治療開始半年が経過した年明けから、大凡、150mg処方が固定化されつつあった。
そんな時分、異動辞令が下り、4月から他県勤務での単身赴任となった。
俺は今後の治療方法について医者に相談し、医者は月1回の帰省の際、受診すれば薬は今までどおり処方するとしたが、次期役職及び配置先からして、帰省は3か月に1回が限度であるため、勤務地で心療内科を新規に受診するに当たっての紹介状を書いてもらうこととした。
その際、抗うつ剤について、医者は現在、落ち着いている150mgで記載していた。
しかし、俺としては、初めての県外勤務及び単身赴任であることから、通常よりもストレスの度合いが強いことが心配であると相談したところ、医者は「250mg」と書き直してくれた。
これが全てだ!
何が全てか?
うつ病が治癒したのも、会社をクビになったのも、息子が自殺したのも、娘が病んだのも、妻が逃げたのも、何もかも、抗うつ剤250mgにその原因が詰まっているのだ。
何故ならば、俺は正に軍の実験兵士の精神状態、「戦闘的精神」をこのカプセルにより完備できたのだ。
このカプセルにより、凶暴で暴力的な企業戦士に成り上がったのだ!
そうである。
俺は、このカプセルの服用により、新天地でも臆することなく、単身赴任でも孤独を感じることなく、今まで以上、バイタリティ溢れる仕事振りがこなせ、加えて、全くストレスを感じない自分を見ることができたのだ。
「これ以上の服用は暴力的になる」との医者の忠告を敢えて実行したのだ。
通常150mgが適正量のところ、プラス100mgの抗うつ剤の服用により、脳内セロトニンは過剰に分泌され、より積極的でポジティブな俺が出現したのだ。
当然、不必要な分野も現出されていた。
攻撃的、暴力的と言った粗暴な面が見え隠れし、言葉使いも荒くなっていた。
しかし、その粗暴さを抑える必要がなかったのである。
これが運命である。
新天地は、全国的に激務の勤務地であり、顧客にも反社会的な輩も混じり込んでくる土地柄であった。
俺の過剰に分泌したセロトニンによる粗暴な性格、怖いもの知らずの性格が、クレーマー対策等に対して、会社が期待する以上の成果を上げたのだ。
ましてや単身赴任である。この暴力的な精神が身近な家族の害になる要素は物理的に存在しなかった。
これで味をしめた俺は、新たな心療内科に対して、抗うつ剤250mgの継続を確保するため、受診時には、必ず衰弱し切った趣きで臨んだ。
こんな猿芝居も心療内科には簡単に通用した。
俺の仕事が広域移動を伴うことから、一心療内科への掛かりつけ期間が1、2年と短期間であったこともあり、心療内科の医者共も、下手をすれば「通りすがりの通行人」を診るかの様に、最も簡単に俺の期待どおり「250mg」を処方してくれた。
患者が客である以上、一見さんの取り扱いは、心療内科も飲食店も同じということである。
このコツを掴んだ俺は、勤務地が変わる度、この手法で通し続けた。
更にだ!
次の診断日を早めることにより、俺は徐々に徐々に「250mg」カプセルのストック量を増やしていった。
それにより、俺は次第に薬物の過剰摂取へと足を踏み込んで行った。
その頃は、肝心要の「うつ病が治癒したか否か」は、どうでも良い事として、俺の関心からは遠く離れてしまっていた。
治癒したんであろう…
いつの間にか…
これが、今回の過去への期待である「うつ病治癒」の振り返りの答えである。
俺はこの過去を振り返りながら、当初の目的である「鬱への対峙」から違う方向へと心が動き始めていることに気づいた。
この数日のパニック障害如きに臆し、鏡の中に映る、怯えた眼光
怒り漲る鋭い眼光は全く持って消え失せ、落武者、負け犬の情けない眼差ししか、見えて来ない!
俺は考えを改めた!
「鬱との共存」
そう、俺は決めた。
過去への期待により、過去を振り返ったことにより、埋没していた俺の輝きを取り戻すべく禁断の方法を!
それにより、何もかも失った事など、最早、どうでも良いのだ!
失った物、家族も職も金もキャリアも、それらは所詮、過去の遺物なのだ。
過去への期待、そして、それに従った過去の役目は終わったのだ。
過去は過去だ!
俺は鬱と死神と結託することを決断した。
攻撃的に暴力的に野蛮になる!
眼光に漲る力を取り返し、現在と未来で戦火の如く輝くために…
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