【覚醒予兆】第8話 投薬治療の佳境と本性の覚醒
抗うつ剤250mg
そもそも、抗うつ剤の効用は、脳内ホルモンであるセロトニン分泌の安定化にある。
セロトニンとは、必須アミノ酸トリプトファンから生合成される脳内の神経伝達物質のひとつである。
セロトニンの役目は、他の神経伝達物質であるドパミン(喜び、快楽など)やノルアドレナリン(恐怖、驚きなど)などの情報をコントロールし、精神を安定させる働きがある。
この、セロトニンが低下すると、これら2つのコントロールが不安定になりバランスを崩すことで、攻撃性が高まったり、不安やうつ・パニック症(パニック障害)などの精神症状を引き起こすといわれている。
これまでの抗うつ剤150mgの処方では、低下したセロトニンの向上を促すまでには至らず、あくまでも様子見の段階処方であった。
これから行う抗うつ剤250mgの投与がセロトニンを本格的に分泌させ、脳内ホルモンの分泌・安定化を促進するのである。
「俺に再び喜びが戻ってくるのか?」
「今あるこの恐怖を払拭してくれるのか?」
「頼むから効いてくれ!」
俺は新たな抗うつ剤の増量投与に過大な期待を抱かざるを得ない心理状態であった。
医者は期待すると、その分、反動的に落ち込むため、精神状態が不安定になる。
よって、期待感は持たないでくれと言う。
無理な注文である。
苦しみ、踠いているうつ病患者に対し、それは酷と言うものである。
せめて、即効性はないと言葉を濁して欲しかったが…
俺は、禁断の期待に心膨らませ、服用し始めた。
この時、既に医者の忠告など脳裏の片隅にも無かった。
2、3日服用し続けるが、何の変化もなく、効果の微塵も感じられなかった。
1週間経った。
効果と違い、焦りが高まる。
「全く効かないじゃないか!」
「もう治らないんじゃないのか?」
得難い恐怖感が新たに発生して来た。
その時気付く。あの医者の言葉を。
「今までの倍、苦しみが発生する。」と言った忠告を直に感じる。
俺は意気消沈し、心療内科の門を潜る。
医者は俺の顔色を見て、こう言う。
「皆さん一緒ですから。増量投与の初期は皆さん、こうなりますから。大丈夫ですよ。」と
俺は心に思う。
「そんな慰めはいいから、科学的根拠を示してくれ!MRIか何かでセロトニンの増えている映像を見せてくれ!」と
「心療内科に科学的治療法などあるのか!
ないだろう!
経験則ばかりじゃないか!
俺は投薬実験のモルモットじゃないんだぞ!」
次第に俺の気持ちは医者への不満、信頼感の失墜にまで上り詰める。
「余計、悪化させてどうなる?」
「藪医者が!」と
そんな苦痛、怒りに満ちた日々が続いた。
増量投与して1か月が過ぎた時であった。
急にである。
食欲が湧いて来たのだ。
うつ病が本格的になってからと言ったら、毎朝一本の缶コーヒーしか食してなかった。
それがだ!
病気になって初めて、空腹を訴える意識が蘇ったのである。
夕食を家族と一緒に食した。
何か月振りかであった。
次の週、このことを医者に報告した。
医者は言った。
「効いて来ましたね。食欲が生じ出したことは、セロトニンの分泌が安定化している証です。後、1か月250mgを継続しましょう。」と
俺はふと疑問に思い、こう質問した。
「このまま250mgでは、駄目なんですか?折角、良くなっているのに。」と
医者は言った。
「250mg投与は後1か月が限度です。それ以上継続すると、セロトニンの過剰生成に繋がり、病状が不安定になります。」と
「不安定になる?」
「そうです。イライラ感が強まり、暴力的、凶暴的な精神状態になってしまいますから」
俺はこの医者の理屈に納得した。
以前、ある戦争映画で見た一コマを思い出したからだ。
それは、戦争と医学を題材にした映画であった。
その医学とは
それは精神医学であり、麻酔治療の分野であった。
麻酔物質とは、
モルヒネだ。
モルヒネとは、麻薬と科学物質を混合したものだ。
モルヒネは、第二次世界大戦中、負傷兵の治療用の麻酔として活用していたが、軍はその目的外の効用に気付いた。
「戦闘的になり、恐怖を感じなくなる効果」に
そう、精神医学の発達は、正に戦争に勝利することを命題としていたのだ。
科学物質で人間の精神をコントロールすることを真の目的として発展を遂げた分野であったのだ。
俺はそのことを思い出した。
「成る程、良い塩梅を超えると暴力的になるのか」
そう思った俺は納得した。
この納得が、後々、俺という人間を変える事になる。
いや、変えるのではない。
俺の本性を覚醒させる事になる…
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます