第14話 祝祭への気概は人それぞれなり 後編
何とも切ない気持ちになりながら2年生の教室から離れた後、源治達は昼食を取ろうと屋台のある中庭に降りた。校舎1階端の家庭科室と掃き出し窓を隔てた位置に設けられた屋台には鶴巻生による大行列ができており、PTA役員の保護者達が湯気の立った寸胴鍋と業務用炊飯器を家庭科室から運んできては流れ作業で盛りつけと販売をこなしている。
「どれ食べよー」
「カレーは鉄板じゃない?」
「皆ポテト食べるでしょ?」
カレー、炊き込みご飯、唐揚げ、フライドポテトという数限られたメニューの中で目移りする女性陣の賑々しい様子は先程までの切ない出し物が夢幻の類であったかのように思わせる。
端からカレーを食べるつもりでいた源治は颯太と「この後どうやって時間を潰すか」と話し合いながら、ふと中庭一帯に聞き知った洋楽が流れているのに気づいた。源治が自宅での筋トレ中に流しているバラードで、自身の失恋談について歌い上げる女性歌手のしっとりとしながら力強い歌声が意外にも筋トレに合うのだ。
しかし中庭で流れているのは聞き慣れた声ではない。しかし本家に劣らない程には上手い。音源を探して源治が辺りを見回すと、中庭の中心に設けられた生徒会主催の特設ステージでよく見知った金髪美女がマイクを握っていた。
「エラ先輩上手くねぇ?」
同じくステージに目を向けた颯太が感嘆するのに源治は心の底から同意した。ステージを囲む大量の鶴巻生も誰ひとり騒がずに聴き入っているのが文化祭の光景として些か異様ではあるが頷けると思った。
間もなくエラが歌い終えると静かだったステージが一転、拍手喝采に包まれた。恥ずかしそうに「アリガト」を繰り返しながら各方向にお辞儀をするエラの所作は本当に留学生なのか怪しく思える程には畳化している。
行列の中から源治も密かに拍手を送っていると、ステージの上で司会の生徒と話していたエラと目が合った。次の瞬間、中庭に中津留源治の名前が響き渡った。
『聞こえたか中津留源治ィ!デッカイから遠くからでもわかるぞ!私の歌声聴いてくれたかぁーい!?』
周囲の視線が源治に集中する。同時に「久留島さんいるんじゃない?」「友達と固まってる」「可愛い」という声が囁かれる。初華を初めとした女性陣が困惑する中、颯太から「どうする?」と尋ねられた源治はエラを見つめたまま「そうだな」と返した。
「とりあえず先輩しばきついでに文芸部の展示見に行くか」
無事に昼食を調達できた源治達はそのまま校舎2階の美術部、写真部、書道部、文芸部が合同展示をしているという多目的教室に乗り込んだ。
校内施設や果物の描かれた絵画作品や学校周辺の風景写真、掛け軸の台紙を模した色紙に貼りつけられた書道作品などが壁に張り巡らされた教室の中心には長机がロの字型に並べられ、複数人の生徒達が漫画を読んだりスマホをいじったり雑談したりしている。その殆どが文芸部の部室で会った生徒だった。
「来たか中津留源治!」
奥の席で部長とトントン相撲をしながらエラが呼びかけてきた。源治は瞬く間にエラの傍へと歩み寄りトントン相撲の土俵を人差し指の爪でドンドン叩きエラの駒を場外に出してしまった。
「何てことをするんだー!」
「中庭でマイク使って人の名前呼ぶからです。注目されて恥ずかしかったんですよ」
「だからって我が無敗王ヌルハチを…!」
紙の力士に大仰な名前をつけ大仰な悲しみようを見せるエラを尻目に源治は部長へ顔を向け「ここで飯食って良いですか」と尋ねた。
「良いよー適当な所に座って」
「あざす」
エラを気にかける様子も無い部長に促されるまま源治は適当な所へ座りカレーを食べ始めた。誰でも食べられるように配慮したのかルーが甘く刺激に乏しい。
颯太と女性陣はいまだにヌルハチの名を叫び続けるエラを不思議な生き物でも見るような目で眺めていたが、5秒ほど眺めたところで飽きてきたらしく「俺達も食おう」と続々と席についた。
「源治くん、唐揚げ1個あげるよ」
源治の隣に座った初華が唐揚げを1つ源治の皿に乗せた。源治は「悪いよ」と遠慮したが、初華は「シェアするつもりで買ったんだよ、私炊き込みご飯あるし」と残りの唐揚げを全員に1つずつ回していく。
お言葉に甘えてと源治が唐揚げをスプーンで掬おうとすると、横から細長い腕が伸び手に持っていたフライドポテトの袋から4〜5本、源治の皿にサラサラと入れた。誰かと見上げてみれば紫杏が立っていた。
「これもシェアする奴だから…」
ぶっきらぼうに言ってから、紫杏も全員にポテトを回した。
豪華になったカレーを源治が妙な気持ちで眺めていると、ヌルハチへの慟哭はどこへ行ったのか不気味な程にニンマリと笑みを浮かべたエラが覗き込んできた。
「先輩またヌルハチが負けますよ」
「ヌルハチは過去の男さ。それより君、豪華なカレーだねぇ」
「何か言いたげですね」
カレーとフライドポテトを一緒に掬って口に運ぶ源治の耳に、エラがそっと口を寄せた。
「ぶっちゃけどの子が好き?」
小声で囁かれた問いに源治は答えなかった。「またそういうヤツか」と呆れながらカレーを口に運んでは咀嚼を続ける。
「何だよう、何か言ってくれよう」
「先輩、根元黒いっす」
「根元は余計だっつってんだろ。地毛がブルネットなんだよ」
「えっ先輩ブルネットなの!?」
反論ついでに放たれたエラの告白に、お洒落に敏感な紫杏達の目が輝いた。
「ブルネットの先輩見てみたーい!」
「絶対可愛いじゃん!」
「ていうかなんで金にしたんですか!?」
昼食をほっぽり出して感想やら質問やらを好き放題ぶつけまくるギャル4人にエラは「おう、おうおう」とたじろぐ。
その間に源治はカレーをたいらげ、教室の出入口脇に置かれていた文芸部誌に目を通した。二つ折りしたザラ紙を十数枚ホッチキスでまとめただけの簡素な部誌の、思春期の葛藤を描いた短編小説や直情的な俳句、短歌が並ぶ中『詩』の名の下に綴られた英文を見つけ、源治は「多分これが先輩だろうな」と思った。案の定題字のそばには『Ella Smith』と書かれていた。
「それ先輩の?源治バカだから読めねえな」
横から覗き込んできた颯太の眼前に源治は「じゃあお前読んで」と部誌を差し出した。颯太は「読めましぇん」とおどける。
英詩の下に和訳が書かれていることには2人とも気づかなかった。
それから文化祭は他校の不良生徒による乱入も、バンド部への助っ人としての参加も、ミスコンなど絵に描いたようなイベントも起こらぬまま夕方に閉幕してしまった。片付けの必要も無く、源治は平常と同じようにまだ日の落ちきらぬ通学路を初華と共に歩く。
本当に文化祭などあったのだろうか?いつも通りダルい授業が続いてなかっただろうか?印象の薄すぎる文化祭は自分が授業中に居眠りして見た夢じゃないかと思い始める源治に初華が「ねえ」と声をかけた。
「今日の文化祭さ、ステージが良かったよね。面白かった」
「ん?ああ、良かったね」
文化祭はやはり現実に存在していた。
源治からすればステージもそんなに良いものとは思えなかったが、初華に「良かった」と言われると実は良いものだったんだろうなという気になってきた。
「ダンス部のパフォーマンスは見入っちゃったかも」
「友達があんなかっこいいダンスできるってすごい特別な感じ。林田っていう先輩もすごかったね」
「林田先輩は俺達の入学式にも乱入してスピーチしてたよ。尤もらしい喋り方してんのに実は大したこと喋ってなくてめっちゃ面白かった」
「えー聞いてみたい」
満開の花にも似た初華の笑顔に源治は時が止まったような衝撃を覚えた。源治が初華と出会ってから何度も見てきたハズの笑顔なのにも関わらず、源治は何度でも心を射抜かれ見惚れてしまうのだ。
文化祭の薄い思い出が初華の笑顔に上書きされていく。
「あっそういえばエラ先輩が金髪にしてる理由聞いたら『英国の留学生といえば金髪美少女だと思った』って言ってた」
「えっ意味わからん」
源治はせっかく初華の笑顔で満ち足りた脳内にエラの高笑いが響いてくる気がした。
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