第13話 祝祭への気概は人それぞれなり 前編

『文化祭』と言われて源治がまず頭に思い浮かべるのは屋台とステージ、各教室で催される華やかな出し物だ。漫画にしてもドラマにしても判を押したように描写されるのがこの3つだからだ。

だから自分が高校生になったらこういう文化祭に参加することになるのだろうと思っていた。休み時間や放課後など時間さえあれば装飾の制作に勤しみ、当日は屋台で買った焼きそばやらを食べながら他クラスの出し物を冷やかしに行く。外部の人間も多数訪れ、中には他校の不良生徒がいたりして少し騒がしくなる。そういう経験をするんだと思い込み、制作はちょっと面倒臭いなどと考えていた。

だからこそ鶴巻高校に入学して初めての文化祭を迎えた時、源治は思っていたものとあまりにかけ離れていて脱帽した。午前中は体育館に缶詰にされ、やけに演技の上手いコメディ劇や吹奏楽演奏、教師によるバンド演奏などを見せられ、午後からようやく校舎内の出し物を巡ったり屋台に行ったりといったことができるようになる。屋台といってもPTAによるカレーと炊き込みご飯か近隣の軽食屋が毎年好意で出店している唐揚げとポテトの屋台だけであるが。しかも開催日が平日で且つ昨今の教育機関は外部の人間が申請無しに立ち入ることができない為、ほぼ内輪だけの祭りとなっている。

冷静に考えてみれば社会を知らない学生に食品の取扱や大掛かりなセット制作をさせるなんて県内でも中の下にあたる偏差値の進学校でやるわけが無い。食中毒や事故の類でも発生すれば学校が責任を取らなければならないからだ。

以前のLHRでも山際から似たような話をされたじゃないか、と自嘲しながら源治が他の観衆と共に観覧した体育館ステージは殆ど彼の印象に残らなかった。集中して見られたものといえば林田という校内では有名なひょうきん者の2年生が主演を務めた茶番劇と、紫杏、マナカ、恵の3人が所属するダンス部のパフォーマンスぐらいである。

林田は劇中の各所に少年漫画の小ネタを仕込んで「お次は何かな」とワクワクさせ、ダンス部は既存のダンスミュージックを部員の数に合わせたフォーメーションで披露したものだったが、教室では温厚なマナカが躍動し曲調に合わせて勝ち気な笑みを浮かべる様が美しく源治はずっと見惚れていた。すると隣に座っていた颯太から「また姫野さん見てるぅ」と茶化され、源治は思わず颯太の鼻を摘み上げてしまった。




時刻が12時を回ってようやく体育館から解放された源治は初華と颯太、合流してきた紫杏達と共に校舎内を巡ったが、全員して出し物に(わかってはいたが)拍子抜けした。

出し物を担当する2年生は7クラスあるが、そのうちの3クラスが体育館でパフォーマンスを行った為に教室展示を行っているのは4クラスのみとなっているが、そのどれもが寂しさを醸し出しているのだ。

あるクラスは教室の片隅にルーブ・ゴールドバーグ・マシンを作り、見張り役らしい3人の男子生徒の操作のもと朝夕の教育番組で見られるようなビー玉やドミノ倒しによるカラクリの連鎖を見せた。またあるクラスは教室の黒板に鶴を描いたモザイクアートを飾り、その隣のクラスは前後の黒板に鶴巻地区の歴史を掲示していた。


「高校の文化祭ってこんなに寂しいんだ…」


「見る人はともかく展示物の当番すらいないってどうなの」


「ていうか皆どこ?」


「屋台か生徒会のステージだろ」


「そういえば昼飯食べてないなぁ」


あまりにもヒト気の無さすぎる校舎に各々不安を吐露していると、他のクラスから階段とトイレを挟んだ先にある教室から女子の笑い声や男子の叫喚など楽しそうな声が聞こえてきた。ドアの上、2年5組と書かれた表札の下には『メイドのゲームセンター』と丸文字で書かれたハートだらけの垂れ幕。

初華に手伝いを依頼してきた少年のクラスだと気づいた源治は一体どんな出来になったのだろうと、近寄りたがらない初華を紫杏達と共に待たせ、颯太と『すごい興味ある』と目を輝かせた恵を連れて覗き見に行った。

他のクラスに比べて賑わいを見せる教室では正面黒板の右端、左端、背面黒板と感覚を空けて『あっち向いてホイ』『神経衰弱』『オセロ』のコーナーが設けられ、それぞれにメイド服を着た男子生徒と女子生徒が3人ずつ、机に座って挑戦者に対しあざとい所作でディーラーを務めていた。


「他のクラスより面白えな」


「あの件が無かったら遊んでたかもな」


「ウチだけ行って来ようかな…」


他のクラスと一線を引いた出し物の様相に思い思いの感想を述べつつ観察を続けていると、オセロコーナーでメイド服の格好をしていたあの少年と目が合った。ギョッと目を剥いて気まずそうにする少年。

少年の隣にいた事情を知らない男子生徒が「お兄さん達もどうですかぁーっ」とメイド姿に合わない野太い声で呼び込みをかけてきて、源治達は慌てて「大丈夫でーす」と愛想笑いを浮かべて逃げ出したのだった。

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