第12話 阿傍羅刹は馬頭の為に咆哮する

「ウチの文化祭、1年生と3年生は特に出し物とかしないからね」


午後に設けられたLHRの時間、担任の山際が放った言葉に1年3組の生徒達はスンとした薄い反応を見せた。

2日間に渡って開催されるという鶴巻高校の文化祭は2年生が主導となって出し物の手配をする。初めて文化祭に触れる1年生と受験で忙しい3年生に配慮してのことらしい。

『1年と3年も申請すれば出し物はできるけどね』と山際は続けたが生徒達の反応は極々薄いもので、この1年3組というクラスが学校行事というものに対していかに消極的かというのを山際に思い知らせた。


「センセ〜、2年生はどんな出し物をするんですか〜?」


颯太が手を挙げながら尋ねた。山際は「正確には決まってないけど」と前置きをつつ例としてルーブ・ゴールドバーグ・マシンの展示や演劇、楽器演奏などを挙げた。すると颯太はいかにも不満といった表情を見せた。


「塩月どうした〜?まさかメイド喫茶とか期待したのか〜?」


「そのまさかで〜す」


教室中が笑いに包まれた。「お前そういうとこな」「さすがすぎる」「包み隠さねえ」と称賛なのか野次なのかわからない声が颯太に降りかかり、颯太は「どーもどーも」と満更でもなさそうな様子で手を振る。対して山際は騒がしいクラスを嗜めるでもなく「漫画で見るよなぁそういうの、俺も好きだよ」と呑気に頷いた。


「でもなぁ、メイド喫茶とか食べ物を取り扱うわけだからなぁ。食中毒とかのリスクを考えたら子供にはさせらんないよ。それとも屋台やってくれるPTAのお父さんお母さんにメイド服着てもらうか?」


「あ、お母さんはともかくお父さんはいいです」


お母さんは良いのかよ、と再び教室が笑いに包まれた。






「源治ィ〜初華ちゃんがメイドやるの見たくない〜?」


西陽が差し込み始めた放課後の教室で、源治の背後に位置する席の、椅子の上に直立した颯太が紙飛行機を構えながら源治へ問いかけた。教室には颯太と源治の2人のみ。2人共、英語の中間テストの成績が芳しくなく職員室に呼び出された初華を待っている。


「ちょうど家に馬の被り物があるから馬頭(めず)ぐらいはさせられるぞ」


「冥土じゃねえよぉ!」


颯太の眼下でスマホをいじりながら源治がかましたボケに、颯太が声を裏返しながら突っ込んだ。同時に颯太の手を離れた紙飛行機は作り方が悪かったのかクルクルと螺旋を描きながら落ちていく。


「ていうかメイド服ってそんなに良いもんかね」


「可愛い子にさせたい格好の鉄板ネタだろ。むしろ源治は女の子にどんな格好して欲しいのよ」


どんな格好をして欲しいか。源治はスマホをいじる手を止め考えた。初華とマナカのような日頃から意識している女性の姿からリスペクトしているEXIST TRIBEの妹分『E-ladies』のメンバー達の姿まで、様々な女性の顔を頭に浮かべる。

人生で1番ツボにきた服装は何だろうか。胴を引き締め身体のラインを美しく見せるビスチェか、ショートパンツをオーバーサイズTシャツで裾まで覆い隠し脚の長さを際立たせる格好か。颯太のメイド服に沿ってコスプレのカテゴリで考えるならスリットの入ったチャイナドレスか。

ぐるぐると考えを巡らせたのち、源治は気づいた。自分は身体のラインが、特に脚を長く見せる格好が好きらしいと。


「…スタイルと脚が強調されるやつ着てほしいな」


「範囲広すぎぃ〜」


あまりにも茫洋としすぎた源治の好みに颯太が呆れた顔を見せた。

そこへ教室の引き戸が開き、トイレに行っていた初華が戻ってきた。その表情は浮かない。


「初華ちゃんおかえり〜何かあった?」


初華の顔を見るなりデレデレと頬を緩めて迎える颯太に初華が「そこで2年の先輩に声かけられて…」と返しつつ教室の外を指す。そこには真っ黒なナチュラルヘアの大人しそうな少年の姿。


「またナンパかなぁ?おい源治ィ」


「おうおうおう当社のアーティストを困惑させるような真似はやめて頂きたいですねぇ」


芸能人のマネージャーを気取った言い回しで圧をかける源治に少年は狼狽えながら「ナンパじゃない」と返した。


「ウチのクラスでメイド喫茶的なことをやるんだけど、話題作りの為に久留島さんにも手伝ってほしくて…」


源治と颯太は顔を見合わせた。メイド喫茶といえばLHRの時間に「させられない」と言われたばかりである。



「メイド喫茶は食品衛生上の問題でできないって聞いたんですけどねぇ」


「食べ物は扱わない。メイドとあっちむいてホイとか簡単なゲームをしてもらうって奴で…久留島さんがメイドのコスプレしたら沢山の人が喜ぶと思うってずっと説得してんだけど、断られて…君達からも説得してもらえないかな」


真剣な眼差しで頼んでくる少年を見下ろしながら源治は「キモォ」と思った。

源治の見る限り少年は自らの達成感の為に他人を巻き込むタイプの人間に思える。自分が頑張った気分に浸りたいが為に、初華を見世物にして面識も無い不特定多数の男を喜ばせようとしているのだ。本人が嫌がっているのを周囲の人間に説得させてまで。

少年の真摯で失礼で強引な発言には流石の颯太も引いているらしく「そりゃ個人的には見てえけど本人がさ…」と言葉を濁している。当の初華は黙って俯いている。

少年の眼差しと初華の顔を見比べるうち、源治の心の底から怒りが込み上げてきた。


「先輩、ウチにちょうど馬の被り物あるんで初華にソレ被せたら良いって話ですよね?」


「え、いやそれじゃ意味無い…」


「なんでぇ!?だって冥土でしょお!?冥土っつったら牛頭(ごず)と馬頭(めず)でしょうがぁ!」


「え、いや」


「アンタには冥土がお似合いですわぁ!達成感出してえが為に!嫌がる女を見世物にするアンタには!」


源治の怒声を浴びた少年はハッとしたように目を見開くと「ごめん」とだけ言って逃げ去ってしまった。

怒鳴るのはマズかったかな。少年がさっきまで立っていた出入口を見ながら源治は自省したが、颯太と初華から「よく言ったよ」「ありがとう」と肯定されたことで少しだけ救われた気がした。


「ていうか源治、さっき初華ちゃんのこと下の名前で呼ばなかった?」


「え、ウソ呼んだ?」


颯太の指摘に源治は驚き目を見開いた。少年への怒りが溢れていたことだけが記憶に残っており、いつどういう風に呼んだのか全く思い出せない。

初華に目を向けると彼女はニンマリと愛嬌のある笑みを浮かべて「呼んでたよぉ」と返した。


「ずーっと私のこと『久留島さん』って呼ぶのが余所余所しいなぁって思ってたからぁ、名前で呼んでもらえた時は嬉しかったなぁ。ね、これからは名前で呼んでよ」


手を握りながら頼んでくる初華に源治は「お言葉に甘えて…」と名前を呼ぼうとしたが、いざ意識して呼ぶとなると何と呼んだらしっくり来るかがわからなくなった。『初華』は馴れ馴れしすぎて抵抗があるが『初華ちゃん』は自分の柄に合わない気がする。しかし『初華さん』はもっと違う。

脳内で様々な呼び方を試したが、結局しっくり来なかった源治は「当分『久留島さん』のままで」と言って初華と颯太から猛烈なブーイングを受けたのだった。

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