第10話 虚構で紡がれた伝説ほど当局は動かぬ

エラと出会った日の放課後、源治は颯太と初華を連れて文芸部の部室があるという部室棟を訪れた。彼女とのやり取りの後、教室で斎藤達にエラのことを尋ねた瞬間、颯太が「今日でも遊びに行こうぜぇ」と鼻息を荒くして持ちかけてきたからだ。

鶴巻高校南西の片隅、体育館の脇にひっそりと存在するという部室棟は錆に覆われた鉄扉が10個並んだコンクリート製の平屋で、外側から見ただけでは倉庫の類にしか見えない。この部室棟の左から7番目の鉄扉が文芸部の部室だ。

部室の扉を開け放ったまま前でミーティングをしていた陸上部の視線を感じつつ源治が文芸部の扉を開くと、仄暗い室内では少年少女5〜6人が円を描くように座っており、皆が驚きと警戒の色をもって源治達に目を向けた。そんな彼等の手には扇形に広げられたトランプ。


「やあ、本当に来たね」


ざわつく部室の奥で丸椅子に足を組んで座り、彫りの深い美貌に笑みを浮かべて手を振ってくるエラに源治は「遊んでません?」と思わず突っ込んでしまった。


「交流会だよ。それより中津留くん、せっかく来たんだから入りたまえよ。お友達もご一緒に」


相変わらず尊大な口調のエラに促されるまま源治達は部室の戸を潜り、出入口そばに座っていた小柄な女子部員が出した丸椅子を拝借した。室内奥ではローマ数字の『Ⅲ』が刻まれた襟章を着けた痩身の男子生徒が「部長みたいな顔して仕切るやん…」と困惑しており、源治はこの人が部長なんだろうと推測した。

丸椅子に腰を落ち着けてから、源治は部室の中を見回してみた。コンクリートの壁に囲まれた4畳半程度の室内に、最奥の壁に申し訳程度につけられた格子付きの小さな窓。まるで牢獄のような造りをした室内の右端には数冊の古い漫画と歴代の部誌が立てられた2段程度の本棚、左端には木製の長机が設置され、辛うじて文芸部らしい空間を作り出している。

それにしても暑くないか。額から汗が流れ落ちるのを感じながら源治は思った。隣に目を向ければ初華が手動式のハンディファンをカシュカシュと握り、隣に座っている女子部員の顔に風を当てている。颯太は「あちーっすね」と正直な感想を口にしつつスポーツタオルで汗を拭っている。


「客人達、気づいたかい?ここは夏が暑くて冬が寒い地獄の部室だよ。だからちゃんとした活動をする時は空いてる教室を借りるのさ」


何故かドヤ顔で語るエラの手にも汗拭き用のハンカチが握られており、どんなに細身の人でも暑さは感じるんだと源治は感慨深い気持ちになった。

気候が落ち着くまでは自習室でも借りてはどうなのか。タオルやハンカチで顔を拭いながら雑談やトランプに興じる文芸部員達を見ながら源治は思ったが、自習室で同じ光景を繰り広げたら間違い無く先生から怒られるだろうと考え直した。

せめて空気が籠もらないようドアは開けさせてもらおう。部長とエラに「開けてもいいっすか」と確認し、源治は部室の鉄扉を開いて外気を浴びた。まだまだ気温は高く風も少ないが、密室よりは遥かに居心地が良かった。部室の奥からも「涼しーかも」「なんで今まで開けなかった?」と様々な声が囁かれている。

外に出たついでに源治が屈伸運動をしていると、体育館の陰からクリップボードを抱えた制服姿の女子生徒が2人、源治に対し「中津留くん?」と尋ねながら歩み寄ってきた。よく見れば2人とも同級生で、片方はクラスメイトの前嶋という少女だ。


「中津留くんどうしたん?部活やるん?」


「いや、文芸部に知り合いがいて…」


「そうなん。ウチらも生徒会の用事で文芸部の人に会いに来たんよ」


サラサラとして清潔感のあるセミロングヘアを靡かせて話す前嶋の顔は暑さを感じていないのかと思うほど涼しげで、日々の充実を感じさせる明るい表情をしている。

生徒会の仕事は忙しいだろうに、なんて楽しそうなんだ。部活はおろか委員会活動すら面倒臭がって活動の少ない委員会を選びがちな源治の目には、前嶋の表情はあまりにも眩しく感じられた。

それはそうと前嶋の来訪を文芸部の面々にも伝えねば。源治が背後にある部室を振り返ると、いつの間にかエラが入口で仁王立ちをしていた。陽光を浴びた金色のショートウルフヘアはサテン生地のような艶を帯びていて美しい。


「生徒会がここに何の用かな?廃部とかいう話なら受け付けないぞ」


不敵な笑みを浮かべ高らかに言うエラの態度は好戦的というかアグレッシブというか、生徒会に対し少なからず敵意を抱いているような様子が見受けられる。

文芸部は生徒会とトラブルでも起こしたのだろうか、廃部をほのめかされる程の。エラと前嶋の間に立たされ困惑する源治のそばで、前嶋と同行していた女子生徒が苦笑いを浮かべながら胸の前にクリップボードを掲げた。挟まれた紙には『文化祭企画リスト 文化部』という見出しと部ごとに分けられた記入欄。文芸部の欄だけが空白だ。


「文芸部だけ文化祭で行う出し物の報告を受けてないので、確認しに来ました…」


「Oh…」


やっちまったと言わんばかりの表情を浮かべるエラに、源治は呆れと軽蔑を孕んだ笑みを浮かべて「先輩〜?」と呼びかけた。


「真面目に仕事してる下級生になんて態度取ってんですか。あと髪の根元黒いぞ」


「髪は余計だけどホラ…我々みたいな弱小部の部室に生徒会が来たら廃部の奴だってセオリーあるじゃん…」


「ねーよ。何見たらそんな偏見が培われるんですか」


紅潮していく顔を伏せながら、エラが懐から何か取り出してきた。恐らく弱小部か同好会の類を主人公の所属先にした学園ライトノベルと思われる、制服姿の美少女が表紙に描かれた書籍。


「…フィクションは話の膨らみを持たせる為に生徒会の権限を強めてると思われましてね」


諭しつつ源治は「一応アニメ系とか嗜むんだ」とよくわからない感動を覚えた。

源治の視界の外では初華と生徒会2人が楽しげに話し、颯太は男子部員達とババ抜きにでも興じているのか「ババはどれだろうな〜!?ハハハ!…ハ?ハー!?」と雄叫びを上げていた。

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