第6話 恵まれた者は闇を纏う

コンビニの1つすら無い小さな漁師町で久留島初華は生を受けた。

町で1番のハンサムと呼ばれた市役所勤めの父親とケーブルテレビのアナウンサーを勤めていた母親から生まれた初華を町の人々は「とんでもない美人になる」と口々に言い彼女の将来に期待を寄せた。




初華が思春期を迎えた頃、彼女は地元民のみならず町をたまたま通りかかった外部の人間すら息を呑む程の美少女になっていた。柔肌は磁器のように白く、長い睫毛に守られた目とスラリと筋の通った鼻、やや口角の上がった薄桃色の口唇はまるでフランス人形のようだと褒めそやされた。

身体の発達も著しいもので、小学4年生になった頃から発達し始めた胸は中学生になる頃には水着や体操服を着ると目立ってしまう程には大きくなってしまった。




初華が成長するにつれて周囲にいる男達の目の色が変わってきた。

初華と同じ学校に通う男子達は初華が走り、跳ね、他の友達と身を寄せ合って戯れる度に揺れるバストを目に焼き付けてはヒソヒソと耳打ちし合い、夜は何度と無く反芻しながら過ごした。

若い息子を持つ壮年の漁師達は「自分の息子が初華ちゃんだったら」と夢を見ては息子に言い聞かせた。若い漁師は外を歩く初華と会っては「すっかりお姉さんやな」と褒めてから「もうちょっとしたら俺が養っちゃろ」などと冗談めかして言っては初華を苦笑させた。




そうして初華が高校1年生になった年の初夏、あと2ヶ月で16歳になろうかという初華のもとに信じられないような話が持ち込まれた。隣家の老婆が「16歳になったら息子とお見合いをせんか」などと持ちかけてきたのだ。

老婆の息子といえば40歳を過ぎた肥満の男で、酒乱が原因で妻と子供から逃げられたといういわくつきの男である。初華は男の妻について、いつも顔のどこかに痣があり生気の無い表情をしていたのを覚えている。

まだ10代半ばの子供をアル中の中年男の慰み者にしてたまるか。父母は断り続けたが老婆はしつこくお見合いを迫り、街に住む懇意な者にも何やら吹き込んで回った。

その後、老婆の執着に辟易した両親は夏休みの訪れに合わせてこの忌々しい漁師町から初華を連れ出した。




新学期を間近に控えた夏の日、緊張と不安を紛らわす為に訪れたショッピングモールの中で、初華は生まれて初めて男という生き物に好意を覚えた。

相手は格安スマホ業者のしつこい勧誘から自分を引き剥がしてくれたお団子頭の大男。初華の手を取ってズンズンと歩く大きな背中、ゴツゴツとした温かい手、そして「最近のティッシュ配りはすぐ営業に持ち込むから避けた方が良いですよ」と警告してきた時の無愛想ながら真っ直ぐでいやらしさの無い目つきに初華は胸の奥が心地良い熱に満たされるのを感じた。その熱は男と別れた後もしばらく止まず、鎮まっても男の顔を反芻すればいつ何時だろうとすぐにぶり返した。そしてその度「会いたい」と願った。




現在、初華は再会を切望した男と毎日のように学校へ通っている。奇跡か運命か、転校先の教室にあの男がいたのだ。

男は初華の美貌にあてられやすいものの、いやらしさの無い真っ直ぐな瞳は変わらない。その瞳に見つめられるのが永遠に自分であれば良いと、初華は心の底から思っている。

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