第4話 舞台袖で女優は胸を焦がし

初華から登下校を共にすることを提案されて以来、源治は必ず初華と登下校をするようになった。身長190cmのチョンマゲチンピラと美少女転校生が仲睦まじげにする様はあまりにも情報量が多く、源治が懸念した通り2人の関係はクラスや学年の壁を通り越して注目の的となり様々な噂を呼んだ。

中でも初華を転入当初から狙っていた男子生徒達の衝撃はかなり大きいらしく、絶世の美少女のハートを射止めた男をこの目で見てやろうと1年3組の教室に乗り込んではテンションの低いチョンマゲ筋肉達磨に見下ろされた上「何ですかね」とドスのきいた声を吐かれオメオメと帰っていく様々な学年の男子生徒が校内にて散見された。






「お前見てると最高に気持ち良いわ〜」


昼休みが訪れ色めき立つ1年3組の教室。源治の席を囲むようにして教室の後方を陣取っている男子グループの中で、源治の向かいに座っていた野球部の斎藤が米とオカズの詰められた大容量タッパーを開けながら言った。


「イキリ散らしてた先輩達がお前見てビビッてんのがどんなコントよりも面白えわ」


「そう思うなら唐揚げ1個くれや」


「ダメ」


タッパーの中に詰まった唐揚げに向けて源治が伸ばした箸が斎藤の手に阻まれる。


「なあ中津留、お前マジで久留島さんと付き合っとるんか」


斎藤の隣に座って三角チーズパンを齧っていた志山が尋ねた。周囲で昼食を取っていた他のグループが静かになる。

絶対に訊いてくると思った。弁当箱を持つ手が汗ばむのを感じながら、源治は教室前方にいる初華に目を向けた。すっかり紫杏達のグループに馴染んだ初華は志山の問いが聞こえていないらしく、西洋画のような美貌から快活な笑い声を響かせている。


「付き合って…はいないんだな、コレが」


「あんな仲良さげなのに!?」


源治の隣に座ってコーンマヨパンを食べていた颯太が信じられないといった表情で声を上げた。


「あんな朝も夕方もイチャついといて『付き合ってない』は無いわー!正直なところを吐けや!」


源治の頬に高い鼻を突き刺しそうな勢いで顔を近づけて問い質す颯太に、源治は「ちゅー」と言いながら口を尖らせた。仰け反る颯太。「キメェよ」と笑いに包まれる男子グループ。

してやったりと笑っていた源治は、いつの間にか斎藤達の後ろに姫野マナカが立っていることに気づいた。トイレから戻ったばかりなのかハンカチを胸の前に抱き源治を見つめている。しかし源治の視線に気づくや何事も無かったかのように紫杏達のもとへ戻ってしまった。源治は何事かと目を丸くしてマナカの背中を見守っていたが、気のせいかと思い直して颯太達との雑談に戻っていった。






その日の放課後、源治は初華を狙っていたと思われる3年生の飯島という男子生徒から呼び出され校舎裏を訪れた。クラスメイトの武田という少年から伝令を受けての呼び出しで、行かなければ武田が殴られそうだったので仕方なく足を運んだのであるが、いざ対面してみると飯島というのは髪型を流行りの形に整え着崩したYシャツでガリガリの身体を隠しただけの小男で、彼より遥かに背が高くガッシリした源治が睨みをきかせるとドモり気味に「一回見てみたかっただけ」と弁解して去っていった。

面倒なことになったが、初華の身の安全を考えたら今後も自分が一緒に登下校をした方が良いだろうな。教室で待っているであろう初華のLINEに『幼児終わったから帰ろう』と誤変換に気づかぬまま用事が終了した旨を知らせるメッセージ送信し、教室へ戻ろうと2棟の校舎の間にある玄関へ入った。そこにショート丈の白いTシャツと黒いジャージパンツを履いた姫野マナカが待ち受けるようにして立っていた。


「姫野さん誰か待ってんの?」


マナカの装いが彼女の所属するダンス部の練習着であることに気づいた源治は、こんな場所にマナカがいることに疑問を感じ問いかけた。ダンス部の部室は校舎の中にあり、且つ既に練習が始まっているハズだからだ。


「中津留君を待ってたんだよ。初華ちゃん今ダンス部の部室に入れてるの。部活の見学と、あと教室に1人にすると初華ちゃん目当ての先輩とか来るから」


マナカの言い回しから源治は後者が本当の理由だと察し猛省した。目当ての女が下級生と付き合っていると知るなりイキリ散らすケダモノが多いとわかった以上、初華を1人にしておくなど最悪の未来しか想像できない。女性が多く紫杏達もいるダンス部への避難を思いついたマナカの判断は英断だと言える。

源治はマナカに感謝し、マナカと共に4階にあるダンス部の部室へ向かった。その道中、階段を登っていた矢先にマナカが唐突に「1個訊いて良い?」と源治に問いかけた。


「何?」


「初華ちゃんとは付き合ってないんだよね?」


源治は戸惑いがちに頷いた。昼休み、マナカが源治達のそばに立っていたのは彼等の会話を聞く為だったのだ。


「付き合ってない、けど、どうしたの」


「知りたかっただけ。初華ちゃんに訊くと『付き合ってない』とは答えるんだけどほっぺた真っ赤にするからどっちか分かんなくて」


だから中津留君の話が聞けて良かった。そう言うとマナカは残り僅かな階段を駆け上がり始めた。直後、段差を越えきれずにつまずくつま先。

前のめりに倒れるマナカを支えようと源治はマナカの二の腕を掴んだ。筋肉で重くなった身体は不安定な階段の上であろうとふらつくこと無く、しっかりとマナカの身体を引き寄せ持ち直させた。


「中津留君ありがとう…」


「いや、腕掴んじゃってごめん。痛めてない?」


呆けたように立ち尽くすマナカの二の腕を源治は右手で掬うように支え、左手で肘を軽く曲げさせようとしたが、マナカはやけに赤い顔で「大丈夫」と返すとその腕を引っ込め、再び階段を駆け上がっていった。




2人が部室に辿り着くと、初華は同級生から先輩まで多くの女子に囲まれメイクやヘアセットを施されていた。「映える〜」「可愛い〜」と褒めそやす女子達の中から源治の到着に気づいた紫杏が「来ました!」と叫ぶ。


「アレ中津留君?デカ〜!」


「カッコいい〜!」


「初華ちゃん共々ダンス部入らん!?」


黄色い声を上げて寄ってくる先輩達に困惑しつつ源治は初華を呼び寄せ「ありがとうございました」と頭を下げ部室を出ようとした。その時ふとマナカに目を向けると、彼女は先輩達に交ざって手を振っていたが、その顔はどこか寂しげだった。

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